27:ラオメイの姿
(ハオラウ視点)
雨の降り注ぐ中、霧深い森を抜けて。
ぬかるみに足を取られながら、妹の体を抱えて。
洗い流すように雫の滴りおちてくる階段を、どこまでも登ってゆく。
この階段を登りきった、切り立つ岩山の頂上に、ラオメイの宮殿があるからだ。
僕は不出来な王族の代表としてそこに行かねばならない。
まわりに芽生えゆく緑の若葉を通して、春龍様もご覧になっているだろうから。
はたして僕たちは、”ろっくんろーる”とやらにふさわしく、動けているのかどうか……。
春龍様のお考えを分かったなんてまだ到底言えそうもないから、せめて、無様な姿はみせまいと駆けるのみ。
このままではいけなかった。
だから動乱を納めてから、難しいことは考えてゆこう。
「きゃー! もっと飛ばして頂戴! オホホホー!」
……タウの機嫌がよすぎて、いっそじょうずに肩の力が抜けてくれるものだな。
「なんだあれは!?」
「止めろ。森の奥から森林生物が溢れてきたようだぞ……ッ!」
門前のところにいた駐屯部隊が、僕たちを”まとめて”そう叫んでいた。
そう見えるのだろうな。
僕は、緑の魔力をありったけ全身にまとい、緑に発光しているような外見だ。
タウは香り立つように美しく、陶器のような浮世離れした肌をしている。
そして、苔がもふりと生えている巨大な虫たち。
彼らが、混乱するのも当然だ。
刃を向けられるのは仕方がない。……が、それでも、僕であるとわずかでも気づかれなかったことは残念だ。
それほどまでに、僕は、このものたちと顔を合わせてこなかった。
「あっちから攻撃を向けられると、虫が暴走しかねない。十分手が足りることをアピールする。タウ、戦っていくから僕に捕まっていろ」
「ハデにやって頂戴なぁ〜! いええ〜い!」
「……」
タウを抱える方と反対側の腕に、緑の魔力を集めて伸ばしてゆく。
イメージした通りになめらかな緑の長棒となった。棒術であれば相手を殺してしまうこともない。
「はッ」
短く息を吐いて、瞬間、力を乗せる。
武器を持っていた彼らの手の甲を弾けば、得物が落ちる。
みなの首後ろの布地に棒をひっかけて、遠くにふっ飛ばした。あの辺りは地面がぬかるんで柔らかくなっているから、落下しても大怪我にはならないはずだ。
計四人をそのように遠ざけてから、また階段を登る。
タウは「あらあらぁ」と間延びした声をあげた。
僕の肩の後ろ側から、どこか指差す。
平民街……。なにか問題が起こって困っているのだろうか? と意識を向ける。拡張された聴力が声を拾った。
「まあ。人々がまとまって移動しているのって、綺麗ねぇー。人が背の高い順からよく並んでいて、見ていて気持ちがいいわねぇ」
平民たちは老人・子供を守るようにしながら大人たちが誘導を行っていた。そう決めていたことを、正しく守っているのだろう。
豪雨と落雷で、家々は壊れているところもあるのに混乱はほとんどみられない。
ホッとする。
ふと、集団に、毛色が違うものが見えた。
あのフェルスノゥの双子がめいっぱいの笑顔で周りを励ましているのだ。
「みなさんすごいです。非常時でも街を守れるように訓練していたなんて〜。うん、全員いらっしゃいますねー」
「大丈夫です。だって空にいらしたのは春龍様でしょう。尊き冬フェンリル様たちが、春龍様をとーっても元気にしてくれたに違いありません。だから雷も豪雨も怖いものじゃありませんよ」
フェンリル様たちを連れてきた彼らだからこそ、あのように言って、説得力があるのだろうだな。
泣いていた子供が目をこすって泣き止もうとしていたら、双子は、自らが羽織っていた綺麗な着物を肩にかけてやっていた。フェルスノゥは王族と平民の距離が近いとは聞いていたが、それよりももっと根本的な、人間を人間としていたわる気持ちをあのような幼少期から持ち合わせているのだ。
いつもならばため息を吐いているところ。
今は、奥歯を噛み締めた。
平民街が無事でよかった。
ここで立ち止まる必要はなさそうだ。
国家の王族よりも、他国の双子が支持を得ていて、胸の中に少々モヤモヤしたものは生まれているが……それもまたツケの反動なのだ。
「ワー! ハオラウ王子頑張ってくださーい!」
「キャー! こっち手を振って〜、こっちで〜す!」
双子がヤーヤーと騒ぎ立てている……。
この状態で手を振れとは……何を考えているのかくらい、やっと、分かるようになった。
「タウ。手を振ってやってくれるか」
「そちらは棒術で忙しいものねぇ。よろしくてよぅ〜。声援をありがとーう」
タウ、僕の分までと思ったのかもしれないが両腕を大きく揺らすんじゃない! 袖広の着物のせいで視界が塞がれる……!うわっぷ。
家々の間から、敵対する意思のあるものが攻撃してくるというのに。
あの者たちの格好からして、平民ではない。警護部隊でもない。大臣が秘密裏にひそませていた間者ではないか。
これらが平民に危害を加えても問題なので、腕を折っておく。腰を打ち据えて転がしておく。あとでラオメイ王家秘伝の治療薬を与えたら回復するはずだ。
今はこの者たちが動けなくなることが優先される。
家々の陰に居たものも念入りにしとめて。
背中を向けて慌てて逃げようとした者たちは、報告に向かおうとした文官か。
それを食い止めることができたら、平民街はもう意識の外においておける。
感覚は研ぎ澄まされていて、悪意がどこにあるのかもよくわかった。
そして、察するつもりはなかったのだが、平民たちの困惑していた雰囲気が、やがて柔らかくなってゆくのがわかり、むず痒いような心地になった。
タウが大きく手を振っている。
手を振ることや、目に見えて守ってみせること。
それによって信用が生まれたりもするのだと──。
平民街を駆け抜けて、上門を超えて──。
ここからは足元がしっかり修復されていて、通るものが少ないのに整備に金をかけられていることを覚えておく。
これを国王が指示したのだろうか。
それすらも、会話が少なかった僕には不透明だ。
話さなくてはならないな。
父と、ではなく、国王と。
緑が濃くなった視界で上を見れば、渦のように空気が濁っているのが見える。
興奮を示す”気”が満ちている。
しかし、真っ黒ではなく、あくまで緑が濃くなったような気配なのは意外だった。
悪意、敵意、憎悪、そのようなものだけが宮殿にはあるだろうと僕は考えていたのだが。
……あとは現場を見てから判断するとしよう。
「きゃっ。もう、なぁに? 木のかけら。雷に打たれて木々が倒壊しているのねえ。危ないところからは逃げないのはどうしてなのかしらぁ? のんびりと戦っているなんてタウには不思議よ」
タウにそんなつもりはないのだろうが、非常に毒の効いた言葉だな。
「どうして、どうして、どうして〜?」
(揺・ら・す・な……!)
くっ、これに答えなければタウの機嫌が傾くのか。
適当に答えてしまおうかと思った。急いでいるし。
けれど、僕の首に手をかけて横側に顔をもってきた彼女は、ハッとするくらいまっすぐな目で見つめていた。
「戦わなければいけない理由があるはずだ。これから僕たちがそれを聞きにいく」
「そうなのね! タウも聞いてあげるわぁ〜」
「僕が聞くからおとなしくしてなさい」
「嫌よ」
「さわがない」
「だってぇ、初めて知ることだわ。それってタウは好きなの。初めて知ることってとても素敵!」
まるで妖精のようにふわふわしたことを……とはいえ、実際に妖精の女王になっているのだからなんとも真の姿なのだよな……。
走りながらであっても言い聞かせておかなくては。
「聞いた結果、襲い掛かられても、自らの身を守ることができるか?」
「タウは二度と死ななくてよ。妖精たちが言っていたもの」
「緑妖精は妖精の泉で休むことができ、傷つけば生まれ直す……。けれどその時、毎度記憶を失っているとフェンリル様たちから聞いている」
「まあ」
「それは、僕は嫌なんだ」
「じゃあ守って頂戴ね」
なんとも軽く言ってくれる。
そしてなんだか、グッと胸の内が満たされたような気がした。
返事よりも、崩れ落ちてきた宮殿の門を避けることを優先した。
軽く上に跳ぶつもりが、大人四人分ほどもあるくらい高い跳躍となった。
「やっほぅ〜!」
この身体強化はすごい。春龍様の応援を強くいただいているためか、これまでとは桁違いに体が使いやすい。
けれど緑の魔力も無限ではないのだ。
急ごう。
「まるで似ていないわねぇ?」
春龍様をかたどってきた、さまざまな木像が散らばっている。
木に色をつけて、こうだろうかああだろうかと、鱗の色を想像して。どのような姿をしているのだろうかと東西様々な龍・ドラゴンの文献を漁って。
そうして歴代国王が春龍様のお姿を象らせたのだと聞いたことがあった。
森の奥を訪ねてみればよかったのにな。
そうしたら、春龍様は迎えてくれたのではないだろうか。
あの方なら、散らばった木々に対して、こういうだろう。
『古きものは新しく芽吹き直すの。だから踏みつけて前にゆきなさい!』
と柔和な笑顔で──。
僕たちだけが木片を踏みつけつつ、まっすぐ進む。
周りの兵たちは、木片を踏まないようにとフラフラと戦っていた。
ふと、冬フェンリル様や冬姫様であればどうとらえるのだろうかと意識した。
『傷ついたものを治したいなら治せる。まったく同じにはならなくても、癒してあげることはできるから』
やはり、未来を見ているのだ。
四季獣様たちはふりかえらない。
季節を走り抜けてゆく。
その力を借りていくつもりで、速度を上げた。
僕に気づいて攻撃を仕掛けてきたものもいたが、それが届かないほど早く通り抜けて、あとに続いてきた虫たちに総じて倒されていったようだ。
「くさい!」
タウがわめく。
おかしなにおいが漂っている一帯があるのだ。
それにしたって顔の中心にしわを寄せて口角を曲げるのはやめなさい……生前の彼女なら絶対にしなかったブサイクな顔だ……まるで西方のブルドックだ……。
「くさいわよぅ。あそこ、あそこだわぁ。離れて頂戴!」
「よくやった」
「近づかないでッ!?」
文句を言うタウをしっかり捕まえて、問題の場所へ向かう。
雷の直撃で焼かれているものの、見たこともない植物が散乱していた。
範囲はなかなか広い……この場所は、兵たちの兵舎のはずだ。汗臭くて女官は近寄ろうとせず、乱暴者であるからと馬の合わない文官もわざわざ訪れない。僕が修行のために鍛錬場にいくときここの側を通ると、仕事の文書などを担当大臣が持ち込んでいたのを見たことがある。
今思えば、あれは業務用の文書だったのか?
「このにおいのせいか……」
周りで、武器を手に持ったものたちが一心に打ち合っている。
文官、武官、女官、大臣、どれもが入り乱れて、槍や暗器、緑魔法の植物などで、攻防を繰り広げている。
どう見たって尋常ではない。
まずはこれを止めなければ。
読んでくださってありがとうございました!
やっとこ更新できました……!
お待たせしてしまいすみません(。>ㅅ<。)
中途半端なところですので、近々また更新できるようにいたしますね!
本日からまたまんが王国様でのコミカライズも再開です。しろくま先生が復帰なさったので、ぜひクリスとミシェーラの姿を見に来て下さい♪
それではまた!




