26:森林再生
私とフェンリルは、森林地帯を見て回ることにした。どちらかといえば魑魅魍魎の樹海だけどね。
春龍様が体調を回復されたから、空気がきれいだ〜!
さっきまでのこもるような息苦しさや、ねっとりと不気味な感じがなくなってる。産毛がピリピリするようなこともない。
大雨洪水暴風雷ではあるけれども!
足元に冷風を纏わせて、薄氷のショールを巻きつけるようにして進む。
やがて雨足が、徐々に弱まってきた。
重い雲は移動しているみたい。
「えっと、フェンリル、確認したい。私たちが見たものを春龍様に伝えるのが一番重要なんだよね?」
「そうだ。彼女はおおらかな目を持つが、細部を眺めるのは苦手なようだから」
なるほど。
たしかに雨の降らし方など大雑把だ。そして上空から広く見ることはできていても、木々の多いところを飛び回るのは無理だろう。
私たちがその目の役割をするのね。
「おそらく、妖精王と女王などが細部の補佐をしていたのだろう。しかしそれがいなくなったところから、バランスが崩れ始めたのではないかな……」
「どうしていないんだろう」
「それは、私たちが考えているよりも伝承を知っているものに出会った時に聞けばいい。ここでどれだけ話し合っても憶測しか生まれないから」
「そうだね。今ならタウ姫がいるから頼もしいしね……?」
新しい手はあるのだし!今は今!
「まあ私も不安はあるが。成るように成るしかないのだ」
「その成功率を上げたいな!」
「エルは真面目だな」
フェンリルもね。
木々をよく確認している。
そして、異常にきれいな大輪の花が咲いているのを見つけた。
妖精の泉に繋がるワープゲートだ。
声をかけると、小さな妖精たちが現れる。
「私たちが教えるから、この辺りの環境を整えるお手伝いをしてくれないかな? あとで、タウ姫にも教えてあげてほしい」
<我らが?>
<女王に!>
「おお、そういうのやる気出るタイプ? じゃあびっくりさせちゃおうよ〜」
例えば、こういうの。
腐った大木がぬかるんだ坂を転がって来そうだ。その木を分解して、端に寄せておく。
雨に強く打たれて根こそぎ地表に出てきた植物を、埋め直す。
魔力を帯びた虫が集まっていたら、空気中魔力が濃くならないよう分散をうながす。
とかね!
しばらく歩き回って、ともに作業をした。
緑の妖精たちは非常に従順で、覚えるのが早い。
よし。だいたいの傾向はつかめた。
大木には雷が落ちてきていて焦げている。
大地は泥による地滑り。
外来種の植物は、この春の恩恵を受けられずに流されているか枯れており、春本来の植物たちがものすごい勢いで根を伸ばしている。
生態系が急速にリセットされている。
「これは……自然の循環って考えたらいい?」
「そうだね。不自然なところは治すのだが」
「雪山の経験が活かせそうだね!」
細やかな改善のほうが得意だから!
フェンリルがポンと私の肩を叩いた。
「エルは先入観がない。この地域の環境に合うように新しく考えられているね。私だけであったら、まるで冬のように整えてしまったと思う」
「でもフェンリルのゴーサインがあったから進めるんだ。獣の直勘も頼りにしてる!」
「それはありがとう」
フェンリルは微笑むと、獣の姿になった。
おおおお、春色の巨大オオカミだ〜!
「…………あれ、他の季節ではそういうの難しいんじゃなかったっけ!?」
<春龍と冬フェンリルの魔力が混ざっているだろう。だからだろうか、春龍が嵐を起こしている間はこうできるような気がしたんだ。エルも試してみるか?>
「やめとく。まだ幼狼になるの慣れてないし、下手したら、人面犬とかになりそうだから……」
<じ、じんめんけん>
久しぶりのフェンリルの大笑い、キマシター。
大精霊がすこやかだと空気が美味しくってイイネ〜!
トーントーン、って岩の上を渡ってゆく。
<私が足元を汚すとエルが嫌がるだろうからね>
「よくわかってるぅ! フェンリルの毛並みは宝!」
だんだんと森林地帯から、岩がゴツゴツとした一帯にやってきた。
どうしてここに? って言いかけて、わかった。
空気がものすごく澄んでいる。
<さてエル。雪国でいうスノーマンのようなものを探しているんだ。その心は?>
「スノーマンは精霊種。環境にある魔力を己にとりこんで、使うことができる。スノーマンはとくに、クリーンにしてまた排出するっていう環境魔力保持の力をもつからだ」
<よくできた>
んへへ〜。嬉しい。
<この峡谷においては、アレだな>
「なにアレぇ!?」
大岩が積み上げられたようなオブジェがあった。
ええと、岩のスノーマン10段重ねって感じ。
<なにか、は私も知らないな。直感であれが精霊種だと感じるだけだ。エル、尋ねてもらえるか?>
うん……翻訳については私が一番適任だ。このファンタジー世界にやってきたときに、あらゆる言語が理解できるようになっていた。獣の声は獣耳で、人の言葉は人間の耳でそれぞれ聞き分けることができるし、私の言葉もこの世界のいろんな種族にとって聞き取りやすいみたい。
おそらく緑の魔力をもつ方々でも同様だろう。
──ちょ、攻撃体制!?
ガチャガチャと岩が動いて、苔むしたゴーレムのようになった。しかも拳法のような構え!
「待って! 私たちは敵じゃないの。氷の魔力が満ちるところからきた大精霊・冬フェンリル」
<ググ、グググ>
「春龍様とともに春の再生をしています。だからあなたにも力を貸してほしい。同じ心を持っていると感じるから」
<グググググ>
「周りにたくさんいるよね、小動物たち。あなたが守ってくれると知っているからみんな頼ってここにいる。その心を沿わせてくれませんか」
フェンリルが立ち止まっているから、大きな獣耳の間でパンプスを脱いで、立ち、雪国式の礼をした。
伝わるかなあ。
<グググググ……グゥ……>
拳を下ろしてくれた。よっしゃ!
<アレを回復できたら、周辺環境がすぐさま整い始めるはずだ>
「そうだね。春龍様から鱗をいただいているので」
じゃーーーん! しかもいっぱいある。蛇の脱皮みたいに繋がってる。これめちゃくちゃ貴重品だと思うの。博物館レベル。
でも使っちゃおう。
大事にしまっておくよりも今必要なら惜しまないことが、次に繋げられるコツだから。
岩の精霊の割れたところに押し当てて、手のひらに魔力を込めてから撫でてゆく。なじむように。まるで湿布。
ギギギギギギギギギ!!
うぎゃあ!? 元気になりすぎだよ。
ちょ、ちょっと機械怪物思い出してドキッとしちゃったじゃん……。
上を向いて、岩の中心がギラギラと光る。ちょっ…………
ドーーーーーーーーッン!
まるで地上からの逆雷。
うーんロックンロール。
超みなぎったあと、しゅうううっと霧を吐き出して落ち着いていった。
岩の精霊から清らかな空気がブワッと溢れる。地面がまたたくまに乾いていったら、その水分をグンと吸ったのであろう草花がのびのびと成長する。
あっという間に、新芽だらけに。
さっきの逆雷ビームが雲を突き破ったので、ここにだけ日差しが差し込んでいて、光合成も完璧だね。
春、力強い。
<成功例ができたな。このような手順を、妖精たちに鱗を渡して命じてみよう。しかしタウ姫が戻ってからがいいだろう>
「賛成。万が一、別のものに鱗を当てちゃったらどう変化するかわからないからねぇ」
<ふあぁぁ>
「フェンリル?」
大あくび! 上を向いたから、頭の上で、落っこちないようにしがみついたよ。
長毛種からちょっとだけ短くなっていたから、焦った〜。
まあ落ちても下はフェンリルの背中だから痛くはないだろうけどさ。
<眠ろう。エル>
「寝るの!?」
<焦っても仕方ないのだ。ハオラウたちが宮殿に立ち向かうことも大事。フェルスノゥの使節団が他国の災害に手を貸すことも大事。であれば私たちは、出遅れることも大事>
「それぞれの領分の成長をうながすのかぁ」
ワンマンプレーは厳禁。
私たち以上に、あの人たちがこれからもこの土地で生きていくのだから。なんとなくセンチメンタルな気持ちになって、空を見上げた。
<おや、春龍がまた一休みしてから空へと>
「ワイルド!」
<ははは>
──環境が整ってきたから心地いい。新しい空気と緑の匂いがいっぱいで、岩の精霊の穏やかな存在感と小鳥たちの唄声。
雨がさわやかな涼しさ。
フェンリルの首の後ろをよじよじと降りていって、くるりと体を曲げているお腹のところにすっぽりと収まる。最高っ。
すぐに眠気がやってくる。
「全員が気を張ってたらすぐにチームごと潰れちゃうもんね……もしもダウンしたときに、手を取れるように、休んでいいよぅっと……ふあぁ……」
<友であるしな?>
「あは!」
ここぞと強調したフェンリルと笑いあって、そうしたらすぐにストンと眠った。
さて仮眠を終えて、また動こう。
読んでくださってありがとうございました!
3/25のコミカライズは休載です。
来月また覚えていてもらえたら嬉しいです♪




