25:春雷
春雷が空を刺している。
緑と黄金がまざった独特の光をしており、きびしく大地に降り注いだ。
そのたびに刺激されるものがある。
地中深くに眠ってしばらく経つ、起きることをもう忘れていた芽。
──春は芽吹き。
けたたましい音でワイルドに起こされるとは思ってもいなかったが、植物は歓喜した。春龍のいる空の頂に向かって、ぐんぐんと芽を伸ばす!
空を春龍が飛んでいる。
「春龍様ああああ〜〜! せめて! せめて安全運転でお願いしまっ……せん!」
『ふふ。覚悟を決めましたね冬姫エル。よろしい』
「ええまったくよろしいわあ! きゃあ〜! もっと飛ばして飛ばしてぇ〜!」
「風が気持ちいいな」
「──! ──っ!」
ハオラウは己が高所恐怖症だということを知った。
(※ふつうこの高さにあればだいたいの人間は怖がるものだ)
ああだから自分は国の外に出ることが怖かったのだ。霧も息苦しいこの場所に引きこもろうとしてしまっていたのだ。ゴンドラが怖かったから……と思った。
(※この高さを怖がりすぎて少々思考が飛躍している)
シートベルトなし、獣たちの崖っぷち走行大好き事件によってエルはすこしだけ耐性があった。雪山でさんざんユニコーンとフェンリルに驚かされていたからだ。
タウ姫はたとえ落ちたとしても死にやしない妖精女王。
フェンリルは根性が座っている。
影はというと、地上で雷に打たれていた。そして体が黒焦げになって消えていく。
屍妖精のまま地上にとどまり過ぎていては、やがて生き物の循環がおかしくなる。一定以上生きた屍妖精というものは春に生まれ変わるものだった。また真新しい妖精として生まれ直して、このたびの春を知る。
みずみずしい目で環境を楽しみ、加護範囲の植物の世話をして、まっさらな舌でよく食べて育つのだろう。
たいへん晴れやかな表情をしていた。
エクスタシー。
『春よ』
春龍が呼ぶ。
己の中に沈んでいた、この地をもっとよく知りたいという願いを込めて。
春の淑女は好奇心旺盛で深い愛情を持っている。だから現れて挨拶をしましょうと呼びかけた。芽吹いて、芽吹いて。
『春よ』
己の記憶が呼び起こされた。かつて幼龍だったとき、花枯れた谷の奥で先代春龍は言ったのだ。その時々の春をよく学びなさいと。引きこもってばかりいてはいけないわ、人型になって人の世に遊びに行きなさいと。人はよく学び、歴代のことを書物に収めている。技術をその子孫に継承していく生き物だからと。
懐かしさに喉が潤う。
『春よ!』
これがこのたびの春だ。
ずうっと停滞させていた。
春龍も、周りの環境も、妖精たちも人々も、滞ったものをどうすることもできなくて。
けれど冬フェンリルがやってきて知恵を貸してくれたから。
だから試してみましょう、またここから、現代に生きるものたちの可能性を信じて。
このたびの四季は手を取り合うのだわ。
風のように巡ってゆく。
腐って膿んだ根が春雷に焼かれて。
黒焦げの地面から新たに緑が咲き乱れる。
めちゃくちゃな交配によって生み出されていた珍種や外来種の生命たちをも、緑の魔力は手厚く包んで。
春龍の尻尾のひとふりで、生きものたちが隊列を組んでまとめて空に飛び出した。
春の嵐を起こすのだ。
『アーーーーーッッハーーーーーッッッ! 愉快だわ』
「どうどう」
エルが、アツくなりすぎた春龍の体をひんやりと癒す。
氷の指先に魔力を込めて撫でてあげるのが有効だった。
春龍の体力は尽きることがなさそうだ。
なにせフェンリル族最盛期まで生命力を回復させてなお余るエルの魔力が味方している。枯渇する、癒す、枯渇する、癒す──と春らしいサイクルを繰り返す。春龍はもう完全に情緒がキマっていた。
細胞が入れ替わるように、すっきりと春龍の体が美しい艶をもつ。
古いウロコがぱらぱらと落ちてゆく。
破格の高級素材なのだが、それにツッコミを入れるべきハオラウはしがみつくことに必死だった。意識を保っているだけ褒められるべきところである。
(これを、俺が見ておかなくては)
霧がまとめて空にのぼり、やがて雨となる支度をしている。
すっきりと空気が澄んだ、ラオメイの様子はひどいものだった。
(たったあれだけの風で倒壊している市民の家がある。夏の国のように整備されていれば防ぐことはできたはずだ。ああでも中に人はいない、とっくに脱出して、比較的頑丈な地区長の家に避難している。これだけ練習されていたということは、国に、とっくに期待していなかったのだ……)
(なぜあの人気のない市民街の影から重役たちが出てくる? フェンリル様方のもてなしで宮殿に召集されていたはずだろう、勝手な行動をしていたのか。別途の指示が行われていたのか。それは誰の思惑なのか。僕は知らないことばかりだ。関心が足りなかった)
(宮殿に雷が落ちている。春の怒りと捉えることもできよう。春の恵みと捉えることもできよう。あそこは根が腐ってしまっているからな。生まれ変わるとしたらもう今この時しかない)
「宮殿燃えてない?」
『ちょっと怒りが大きくて……タウが酷い目に遭ったそうだし……』
(怒りの方だったか! 消火を頼まなければ……風!風!!)
「氷でもなんとかなるか」
「冬と春はつながっているし、まあいいだろうと思うよ。大精霊の暴走くらいちょっとした箔が付くさ」
(ちょっとしてない!)
「「永久氷結」」
(永久にーーーーー!?)
エルとフェンリルが繋いだ手を宮殿の方に向けると、氷の柱が現れた。おそろしいほどの冷気をまわりに撒き散らし、発火の勢いをとめて、違法栽培されていた外来植物をしおしおと枯らした。人々が逃げ惑っているが、死にはしないのでちょっとしたクスリである。
「あそこは特に、夏の魔力も多くて乱れてたからねえ。しばらく冷やしてから、春の魔法をかけてあげたらちょうど良さそう」
(ちょうどいいとは何がどれくらい!?)
「しかし冷やし過ぎかもしれない。数人倒れているな。春龍よ、あの氷の柱へ春雷を頼む」
(ちょっ)
『イエエエエエーーーーーーーイ!』
「きゃっほうーー♪」
大はしゃぎのタウ姫にいいところを見せたくなったらしい春龍、雷の精度を引きしぼり、まっすぐな針のようにする。
永久氷結の氷柱に突き刺して、真ん中からカチ割った。
ドゥゥゥン……と氷の柱が複数に分かれる。
それを必死に支えて、建物を壊さないように努力している間だけは、宮殿内はまとまらざるを得なかった。
筋肉運動が多かったので体が温まってギリギリ冷えに耐えているようだ。
ふと、ハオラウは目をギュッとつむった。
緑の目を見開きすぎて、乾きが辛くなったのだ。
ドーーーーン、ドーーーーン、という雷の音で己の内側からむくむくと湧き上がってくる緑の魔力を感じる。
再び目を開くと、視界は鮮烈にうつくしかった。
春龍たちは森林地帯の真ん中に降りる。
春龍が人型になると、その肌はシワこそあるもののつやつやとしていた。桃色に上気した頬がいかにもご機嫌だ。口元は自然に笑みを作っていた。
『はーーっ楽しかった……!』
「私もエルと冬を呼んだときは楽しかったな。エルの勧める四季は刺激的でよい」
「フェンリルそれは私の独裁すぎるって。変なイメージが根付いちゃうから、みんなのアイデアが良かったね、でどう……?」
撫でられてごまかされた。
ハオラウが国の方を見上げてから、春龍に向き直り、きちっと90度の礼をした。
「これから宮殿に戻ります。人間の世のことを、治して参りたいと思います」
覚悟が前に出た声だった。
春龍は肩にそっと手を置いた。
『いってらっしゃい、気をつけてね。人はよく間違うから、言っておこうかしら。治すのではないの。春は新しい命を芽吹かせるためにくる。だから今を生きるあなたたちがね、新しい流れを作ってごらん』
震えたハオラウの肩の、反対側にも手が置かれた。
「タウも行ってくるわあ!」
『あらあらウフフ、気をつけて。ああでも、心配ねえ……。みーんな連れて行きなさい』
「うんっ」
「みんな!?」
ヴヴヴヴヴヴ! と虫の羽音がものすごい。
この森に現れていた規格外の虫たちである。
グロテスクな見た目だったところに苔が生えて、空とぶマリモのようになったのは愛嬌があるのだが、こうもでかくて数が多いと不気味だった。まあいいや。
タウ姫の周りには生まれ変わったばかりの緑の妖精がふわふわ浮いている。これも連れていく理由は、社会見学のようなものだ。
その中の一体が、先ほど友達になろうとしたばかりの”影”であると聞いたハオラウに衝撃が走った。でも、まあいいや、ということにしないと動けないと悟った。
頭でっかちでは決まりごとを待つばかりとなる。
またとない生まれ変わるチャンスを逃さない。
友も、そうだったのだろう。
「いこう! きゃあ」
「ああ」
妹を抱えて(妖精なので花のような軽さしかない!)ハオラウはみなぎる緑の魔力を体に纏うと、頭の上には龍のツノのような延長が生まれる。
(あら懐かしいわ。よく勉強していたのねぇ)と春龍が微笑んだときには、爆発的に飛びだして行った。あとを虫たちが追ってゆく。
「私たちは森の整備を手伝おうか。エル」
「そうだね〜。大精霊が手を貸せるのはどちらかといえば自然のほうだから。春龍様、大丈夫?」
よろけた春龍をエルが支えた。
『ええ、ええ。ハジケるって最高の気分だわ! これぞ春!』
読んでくださってありがとうございました!
ちょっと急なつめあわせになりましたね。
このあとに、角キャラとそこでの出来事を丁寧に書いていきますね。ロックンロールと筋肉でまとめますのでまた読んでみてください♪
本日は、
まんが王国様でコミカライズ更新です!
エルとミシェーラが話し合うところです。
シリアスあり、コメディあり、とにかく惹きつけられる……しろくま先生の漫画がはちゃめちゃにうまい回です!
ぜひぜひっ!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
そしてコミカライズ・書籍版もぜひ手に入れてください♪ あとがきのおまけ絵がまたとっておきのモフモフなんです♪
ひんやりモフ好きさんに迎えてもらえますように。
ではまた更新しますね〜!




