表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
四章 南越の小国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/102

78話 赤き紐


 少し前までの戦場が夢だったかのように、ゆるゆるとした気楽な旅であった。

 久しぶりに心穏やかなまま過ごせているように思う。


「うん、段々と顔料も落ちてるね。何だか、そっちの方に慣れちゃったから、少し不思議な気分だよ」


「帰る頃には元に戻っているかな」


 やけに顔を近づけて、僕をまじまじと見てくる雷華から目線を逸らす。

 もうすでに雷華は男装ではなく、女性らしい着物と、化粧を施していて、何だかふわりと良い匂いもする。


 馬車は揺れ、外は気持ちの良い快晴であった。


「それで、このまま真っすぐ戻るのか?」


「え、あ、あぁ、そうだな。本当なら、『武昌』も近いから士キン兄上に会いに行きたいけど、迷惑になるからやめておくよ」


「あー、蓮さんの旦那さんね」


「うん……うん? え? 今、なんて?」


「あれ? し、知らなかった? やべ……言っちゃいけなかった、かな」


「おい、詳しく教えろ」


 今まで蝉も、そんな話は一回もしなかった。

 ということはつまり、たぶん話しちゃいけない内容なんだろう。

 ただ、聞いてしまったからには問い詰めないといけない。


「いや、その……士キンさんってさ、あの料亭の常連客で、っていうのは知ってる?」


「まぁ、何となく聞いてはいた。でも、あんまり聞いちゃいけないものかとも思ってた」


「何がきっかけかは知らないけど、その、蓮さんと士キンさんが仲良くなっちゃって。蓮さんは今でもたまに、暇があれば、個人的に武昌まで行ったりしてたり……」


「それを僕が聞いてないとすれば、隠してたんだろうな」


 兄上と蓮さんでは、身分に大きく差がある。しかも蓮さんはバツイチだ。そのあたりの引け目があったんだろう。

 ただ、マジで何も知らなかったな……驚いた。どおりで兄上が、婚姻の話にあまり興味を持たなかったわけだ。


「もう、子供もいます」


「おいおいおい、あの真面目な兄上が……これ、親父にバレたら、どうなるんだよ」


「っべ、本当に言っちゃいけなかったやつじゃん……え、えへへ」


「それで、性別は」


「男の子じゃなかったかなぁ……たぶんもう、二歳とかになってると思うぅ」


「よりによって、男。下手すれば、兄上の跡取りにもなり得る……いや、交州の跡取りにも」


 血筋というのは、この時代はとても厄介だ。本人の意思に関わらず、運命を大きく変えてしまう。

 それは、雷華を見ていればよく分かった。


「蓮さんはそういった跡取りとかの話が嫌で、隠してたんだろ。じゃあ、逆に交州に居ると危ないかもしれない」


「え、危ない、っていうと」


「親父を快く思わない連中に、担がれる危険性がある。孫権なんかは、ウチの政権をよく思っていないからな。でも兄上の近くに居れば、交州での火種にはならない。あくまで兄上の近くの出来事だ」


 政治に関わっていない雷華からすれば、まるで絵空事の様な可能性。

 しかし、こういうのは実際にあり得る話だ。


「こういった政治的な平衡感覚は、誰よりも兄上が優れているはずなのに。恋の前に盲目となったのか……それとも、蓮さんがこれを、兄上に伝えてないのか」


「ご、ごめん、こんな大ごとになるとも思わなくて」


「いや、あくまで仮定の話だ。むしろ早く知れて助かった。とりあえず帰ったらすぐに、蓮さんを保護して、父上に相談しないと」


 ただ、あの料亭には本当に素性が明らかな、ウチの政権とズブズブな大商人しか入れない仕組みだ。

 交州内に関わらず、天下の情報も広くあの場に集まる。商人の情報網はとにかく広いからだ。

 蓮さんの身の内の話も、あそこから洩れる心配はないだろう。とは思う。



「帰ったらしばらくはゆっくりできるかと思ったけど、まだまだやることは多そうだ」


「あ、そ、そうだ、帰ったらの事なんだけど、ちょっとウチのお父様が、士徽に話したいことがあるって、い、言ってた」


「うん? そうなのか。まぁ、今回はとても世話になったし、僕からもお礼を言わないとと思っていたんだ」


 蝉が隊列を止めて、僕のところへと駆け寄ってくる。

 近くに村を見つけたらしく、今日はそこで夜を明かさせてもらおうという提案だった。


 僕はそれに頷き、蝉の指す方向へと、隊列の進路を変えた。





 それは深い夜のこと。全員が寝静まり、うるさい程に虫の音が聞こえる。

 僕もまた借りた宿で旅の疲れを癒していた。


 近くに、気配を感じ、飛び起きる。

 昔からこういうのは敏感な方だった。


 僕の枕元には、一人の女性。顔を隠しており、魯陰の使っている間者だというのが分かる。


「夜に、ということは危急の用事か」


「はい、こちらを」


 渡された書簡は、赤い紐で封がされている。

 これは相当な危機があった時にしかされない封の仕方だ。


 急ぎ紐を解き、内容を確かめる。


「……な、これは」


「士徽様は一刻も早く、お戻りになられますよう。これは、命令に御座います」


 あり得ない。誤報だろうと疑うような、そんな報告。

 目の前がぐらりと揺れ、力が抜ける様な衝撃に襲われる。

 頭は真っ白になり、息が苦しい。



 ──士燮が、交州内にて刺客に襲撃され、現在重篤。至急、戻られよ。



 寝巻のまま部屋を飛び出して、蝉を呼びつけた。



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 雷華といい雰囲気になったかと思ったら状況急転ですね。 現状だとまとめ役がいなくなってしまうと一族が分裂する可能性が高いのはちょっとやばいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ