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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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65話 出陣


 本当に「郭嘉の生存」が天下の情勢に影響しないのだろうか。

 徐庶さんの報告を聞いた後も、僕はずっとそのことばかりを考えていた。


 郭嘉は聞けば病が篤く、後方で待機しているしかない有様だとか。

 確かにこれでは動きたくとも動けない。赤壁に直接影響しない。

 そう見るのが当然だ。


 それに、いくら袁煕が動いているとはいえ、軍閥を一度解体され、夏侯惇の監視下にある今、迅速に動くのは無理だ。

 涼州はまだ可能性はあるが、動くのは赤壁の勝敗を見極めてからだろう。


「いくら考えたって、仕方ないか」


 戦というのは、まるで生き物の様だと、歴史上の名将の多くが言う。

 その動きは誰にも読めず、一瞬のうちに全てが変化してしまう。

 敗因こそ分析できても、勝因というのはその大部分が「運」に過ぎないのだ。


 孫子にもそれは記してある。

 勝つべからざるを為すも、敵に必ず勝つべからしむること能わず。


 敵に負けないように努力することは出来るが、敵に必ず勝つことはなかなか出来ない。


 どんな名将でも、これは同じだ。



 すっかり夜も明け、日が昇り始めている。

 朝になっても起きて来ない僕を不思議に思ったのか、蝉がわざわざ部屋を訪ねてきた。


「起きていらしたのですか」


「眠れなくてね」


 史実道りなら孫劉連合が勝つ。

 ただ、今回の戦は曹操が史実よりも優位な状態で兵を進めてきている。


 だからこそ余計に不安だ。

 交州が交州としてあり続けるには、一族の立場を守り続ける為には、曹操の天下統一だけは避けないといけない。


「若旦那、何やら城内が慌ただしいですが」


 促されて外を眺めると、確かに兵士があちらこちらに走り回って忙しない。

 この騒がしさに気づいてなかった自分にまずは驚いた。


「戦が始まるんだ。天下の行く末を決める、後世に残る戦が」


 何やら胸騒ぎがする。

 見落としは無いか。そもそも、戦とは何なのか。


 一睡も出来ないまま、早朝に慌ただしく兵士が駆け回る外を、ぼんやりと眺める事しかできない。


「そろそろ交州に戻った方が……ここは危険じゃないですか?」


「今から外に出る方が危険だ。最後まで、見届けよう。交州を守り抜く為にも」


 ついに戦が始まる。

 両軍の状況、規模、戦地。


 それを簡単に記した書簡を閉じ、親父宛として、魯陰の手の者に預けた。





 鎧を身に包み、腰の両側に剣を下げる劉備。

 その周囲には陣営の主だった文官、武将のみが集められていた。


「ついに、曹操が動いた。ようやく……ようやく、あいつとの戦だ」


 表情こそいかついが、劉備の大きな体はガタガタと震え、鎧がうるさい程に音を立てていた。


「この日を、待ち望んでいたようにも思う。だが、怖すぎてどうしようもねぇんじゃねぇかと思っちまう俺も居る」


 喜色と恐怖が見え隠れする目の色。

 決して敵わないと、曹操を見た時からずっと劉備は思い続けてきた。


 そしてそう思ってしまった自分を何度も恥じた。

 絶対に乗り越える。その先にしか、自分の生の意味はない。そう思い続けてきた。


「諸葛亮、兵数を」


「はい。曹操軍、水陸合わせて二十万の規模で夏口へ進軍中。周瑜軍、およそ三万の水軍は迎え撃つべく、烏林の南岸へ着陣」


「我が軍は」


「水陸合わせ、およそ二万。周瑜軍と合わせても五万程。曹操軍の四分の一程度の規模です」


 その報告を聞いてもなお、劉備の配下の者達は、一つも目の色に怯えを見せない。

 ただひとり、劉備だけが震えていた。


 戦を「怖い」と思うことが出来る。それは、軍の指揮官に立つ上で必要な要素だ。

 誰だって怖いのだ。将も、兵も、民も、全て。

 その恐怖を全て背負い込んだうえで、戦わなければならない。


 あぁ、この指揮官は、誰よりも戦っている。

 寝ても覚めても、ずっと、ずっと戦い続けている。

 だからこそ将兵は皆、この男の為に戦えた。


 この「馬鹿」な男の「夢」の為に、前に進むことが出来た。


「よし、よし……関羽!」


「ハッ」


「お前を先鋒とし、二千の荊州軍を預ける。決して戦うな。旗を高く掲げ、劉備軍の威勢を敵味方に見せつけろ」


「御意!」


劉封りゅうほうは、関羽の副将だ。俺の旗を預ける、戦が終わるまで、決して降ろすな」


「お任せを!」


「残りの軍は、着陣した後、すぐに烏林を越えて襄陽からの水路を抑える。張飛!」


「おう!」


「お前にその軍の先鋒を任せる。先行して陣を組み、俺の到着を待て。趙雲!」


「ハッ」


「お前は俺の側に付け。護衛兵の指揮を任せる」


「御意」


「徐庶は張飛に、諸葛亮は関羽の側に付け。そして本軍は、俺が直接指揮を執る」


 もう既に、劉備の震えは止まっている。

 戦が始まる前は、いくらだって怯えても良い。

 しかし、戦がいざ始まれば、一瞬たりとも負けることを考えてはいけない。


 劉備の中では、今まさに、戦が始まったと言える。


「麋竺」


「ここに」


「お前にこの城の守備は任せる。兵の指揮官は、糜芳だ。残せる兵は千のみだが、しかと劉埼殿を守れ」


「我が命に代えても。殿の、御武運をお祈りいたします」


「出陣だ!」



 獣の雄たけびに似た宣言。

 諸将はその声に答える様に吠え、空気を震わせた。



ついに「赤壁の戦い」が始まります。

ちなみに今回の話で意識したのは、劉備はやっぱり関羽と張飛にしか軍権を委ねないんだなぁ、ってとこですね(ぇ


次回は、この戦いの鍵を握る「書簡」が曹操の下に届きます。



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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[気になる点] 鎧を身に包み、腰の両側に剣を下げる劉備。 「鎧に身を包み、」ではないでしょうか。
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