62話 乱世の終焉
上手くいった。
いや、上手く行き過ぎているように思う。
荊州土着のほとんどの名士や武将は軒並み自分の傘下に降った。
これほどの将兵を平穏にまとめていた蔡瑁の手腕は、十二分に評価できるだろう。
降った兵数も、期待を大きく上回る数であった。
武具も兵糧も多数、無傷のまま手に入った。
多少は劉備が横取りしていったが、それほど多い数ではない。
ただ、張遼が急ぎここに駆け付けなければ、その被害は荊州全土に及んだはずだ。
本来ならば、蔡瑁にその牽制を任せたかったが、劉備と野戦が出来る様な器ではない。
そこまで望むのは酷だし、城を固く守れと言い渡したのは自分だ。
「しかし……兵が増えすぎたな。とにかく、船が足りない」
曹操が今、頭を悩ませている問題はまさにそれだった。
夏口に居る劉備を叩くには水軍が必要である。
しかし今、曹操の手元には二十万を超える規模で、兵を乗せる船は無かった。
襄陽と江陵は荊州の一大拠点だから何とか揃うだろうと思っていたが、荊州のほとんどの船は夏口に集めていたらしい。
確かに、荊州の敵である孫家への警戒として、船は必要だ。
しかしこの数の偏り方はあからさまだ。襄陽と江陵の数を合わせても、全体で一万の兵力を乗せる程しか残っていない。
「俺との決戦を予見して、劉備が動かしたな。いや、劉備ではなく、諸葛亮か」
劉備陣営に入った、若き軍師だ。
今の劉備の動きは、諸葛亮の建てる戦略に従っていると聞く。
「丞相、軍師のお二方が参上なさいました」
「入れ」
部屋に入ってくるのは、今回の戦を担当してもらおうと思っていた軍師が二人。
不健康そうな顔の方が「賈詡」、至って平凡で凡庸な顔の方が「荀攸」である。
賈詡は謀略や調略に、荀攸は戦術の組み立てに秀でており、今回の戦にはうってつけの人材だと思っていた。
「賈詡よ、孫家への調略はどうなってる」
「内部は大きく揺れています。張昭は表立って異を唱えてはいませんが、不満を周囲に漏らしており、他の文官の多くも同じです。また軍部も、程普が筆頭の宿老達と、周瑜が筆頭の若手で分裂しています」
「分裂しているが、現に抵抗している。そこを崩すのがお前の仕事だろう」
「孫権が、周瑜と魯粛に強い軍権を与えています。今や周瑜の力が孫権より強い、それほどまでに。そのせいでうまく崩せないのが現状です。時間がかかります」
「時間はあまりかけたくない。劉備が逃げれば、まだ乱世が続く。あいつの首を取るまで、統一が成らん」
明らかに優位な立場なのに、曹操の焦りは募るばかりだった。
劉備は今最前線に立って挑発をこちらに繰り返している。調べさせれば、裏では逃げ支度も密かに整えているとか。
ここで負ければもう劉備には抵抗する土地は残っていない。しかし、あいつはそれでも抵抗する男だ。
それがあまりにも煩わしい。あの男の首を取るしか、この苛立ちを抑える術はない。
他にも、涼州に不穏な動きがあると荀彧が言っており、河北に留まっている夏侯惇も、袁煕が兵力を集めていると報告してきている。
両方とも異民族への抑えとして兵が必要との名目であったが、明らかな悪意がこもっている。
彼らが動けば、抑えきれる自信はない。後方に残している兵力は僅かなのだ。
「荀攸、船はどうなっている」
「襄陽にて、于禁将軍が指揮を執って建造を進めていますが、二十万人分は時間も金もかかりすぎます」
「もし、二週後に進軍するとすれば、どれほど揃う」
「多く見積もっても、五万が限界です。しかも水兵の調練も考えれば……」
ここまで大軍の指揮というのは煩雑なのかと、曹操は痛む頭を抑える。
今まではずっと寡兵を率い、神速のように動き、並み居る敵を滅ぼしてきた。
思えば、これほどの軍を率いるのは初めての事でもあった。
「賈詡、結果を急げ。戦わずに勝てるならそうしたい」
「はっ」
「丞相。やはり、郭嘉殿の言うように、ここへ兵を残して守りを固め、都に引き返してはどうでしょう? 圧力をかければ、孫家は自然に瓦解します」
「臆したか荀攸」
「い、いえ、左様なことは」
「今まで俺は、動き続けて勝利を得てきた。それに、もう若くもない。戦が長引けばそれだけ国家も疲弊する。統一は、早い方が良い」
統一を成していない状態で、その後の事を考えてはいけない。
郭嘉が何度も言ってきたことを、曹操は忘れていた。
今、郭嘉には後方拠点の襄陽にて、于禁と張遼の補佐の為に残している。
また病が篤くなり始めたのを案じて、後方へ無理やり留まらせたのだ。
それでも毎日のように、献策の書簡が届く。
戦わずに、耐えれば勝てる。
郭嘉は繰り返しそれを説くが、それは兵法の上での話だ。
戦って、ここまで来た。それが間違っているなんて思うことなどできない。
「戦わずに耐え、その間に孫家の意思が周瑜の方に固まったらどうする。劉備がまた荊州内部での反乱を煽ったらどうする」
「大局に変化は生じません」
「袁紹は、病で死んだ。袁術もだ。若い頃はよく、一緒に遊んだ仲であった。無二の友人だった。しかし、死んだ。ならば、俺が病で倒れぬ保証がどこにある? 袁家の二の舞になるか?」
孫権や周瑜、諸葛亮の若さが羨ましかった。
思えばこの乱世を生き延び、最前線を駆け抜けてきたのは、自分と劉備のみとなっていた。
「荀攸、急げ。賈詡が結果を出し次第、進軍する」
「承知しました」
「決戦の地はどこになる」
「恐らく、烏林の辺り」
「分かった。下がれ」
負けるはずのない、必勝の戦。
焦ることはない。自分と、袁紹は違うのだから。
「この戦で、乱世を終わらせる」
曹操は長く、息を吐いた。
賈詡と、荀攸。
なんだか、懐かしい気がする(ぇ
次回は、雷華が頑張って、徐庶さんも頑張ってます。
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それではまた次回。




