60話 相談相手
不安な面持ちの雷華を連れ、再び劉備の元を訪れる。
あの書簡が届いて、四日後の事であった。
居並ぶのは、劉備、徐庶、諸葛亮、麋竺。
軍人は趙雲、そして髭長の大丈夫、力士の様な体格をした虎髭の大男。
彼らが「関羽」と「張飛」だろう。
劉備陣営の幹部格たる人間が勢ぞろいし、僕らを囲んでいる。
「雷豊、返事を聞きたい」
「我が一存では決めかねます故に、交州へ戻り、主人と話をした後に返答を致します」
「俺は、兄貴には返しきれねぇ程の恩がある。あの人は、俺の憧れそのものだった。だからこれは、運命の出会いのようにも思っている。恩を返す機会なのだ」
「お許しくださいませ」
ペースに、そして空気に飲まれないように、僕はただただ平身低頭の姿勢を続けた。
歯向かえば、押し潰される。だったら最初から身を低くし、潰れておけばいい。
耐えるだけだ。弱く、醜く、小さく、震えながら。
恐竜が世を支配していた頃の鼠のように。
「何事にも『機』というものはある。分かるか?」
「一介の商人には、分かり得ないものやもしれません」
「逃しちゃいけないもののことだ。その為になら、なりふり構わず、手を伸ばさなくちゃならねぇもののことだ」
「はい」
「俺は、欲しいと思ったものは、絶対に掴み取る。その為の『力』だと思っている」
劉備が手を上げる。
ぞろぞろと兵が押し寄せ、僕に矛を突きつけた。
「さぁ、もう一度聞く。雷豊よ、返答は如何に」
☆
あの書簡が届いた夜の内、僕は早速行動に移した。
雷華の意志は固いのだ。だったら僕は、そんな友の為に走らないといけない。
「女の子が泣いているのは……見ていて気分が良いものじゃないね」
まだ、アイツを抱き寄せた胸の内が温かい。
それに僕だって、雷華と離れたくはない、そんな言葉にし難い思いが強く喉を締め付けていた。
劉備という男は、史実を見る限り、相当「自分本位」な人間だ。
自分が決めたことは何が何でも押し通すし、自らが兵を率いる際は、決してその軍権を誰にも渡さなかったという。
関羽と、張飛くらいなものだ。劉備が軍権を分けていた将軍は。
ただ、相当頑固な頭をしているものの、心を許した相手の話には素直に耳を傾けるような柔軟さも持っている。
この二面性こそが、劉備が人を惹きつけ、人の上に立つ要因になったのだろう。
頑固過ぎれば、過ちを犯しても軌道修正をしなくなる。
逆に人の話を聞き過ぎれば、乱世を乗り切れるほどのパワーを持ち得なかった。
ここに、説得の余地がある。
僕はそう考えた。
「このような夜更けに、如何されたのです?」
眠気眼を擦りながら、僕の訪問に快く対応してくれたのは、糜芳さんだった。
「……なるほど、左様なことが」
糜芳さんは神妙な面持ちで、難し気に頷く。
「何とか、お力添えを」
「うぅむ」
雷華の身の上のこと。
劉備から、雷華を身請けしたいと言われたこと。
隠すことなく、全てを話す。賭けにも近いが、この人なら信頼しても良いと思えた。
僕が今相談できる、力ある人物というのは限られている。
麋竺さんと、徐庶さん。まずはこの二人が、そうだろう。
しかし、信頼に足るかと言われれば、否だ。二人とも劉備に対する忠誠が強すぎる。
別に糜芳さんが忠誠心のない人だという気はない。
むしろ二人に劣らない忠誠心を持っているだろう。
ただその忠誠心は、糜芳さんの持つ多分な感情に基づくものだと、僕は思った。
麋竺さんなんかは、劉備が何をしようとそれを全力で支えようとするに違いない。
しかし糜芳さんはどちらかと言えば、違うものは違うと言える。そしてその判断は彼の優しい性格からくるような、そんな人だ。
確固たる倫理観があるというか、自分なりの価値観を持っている、そう思える人だ。
「雷豊殿、残念だが我が殿の言を曲げることの出来る人物は、ほとんどいないのだ」
「糜芳様でも、でしょうか」
「私なんてとても、意見できる立場にもない。兄上ならば可能であろうが、そもそも兄上は殿の意見には絶対に逆らわない人だ」
「他の方は」
「殿に近しい方々は皆、殿と意見を共にしている。あの諸葛軍師でさえ、殿の意見を曲げることは出来ない」
糜芳さんは深く溜息を吐き、頭を掻く。
「雷豊殿のお気持ちは分かる。殿に道理が通っていないことも含めて、だ。あまりに急な話であり、雷華殿の生い立ち、心情を考えれば、再び戦場に身を置くことは酷であろう」
「覚え知らぬ血統のせいで運命が定まってしまうには、雷華は若すぎますし、逆に歳を重ねすぎてもおります。それに、言いづらいですが、この曹操との戦、勝てるかもまだ分かりません」
「……そうだな。外部から見ればむしろ、敗色濃い陣営だ」
それでも、糜芳さんは笑う。
負けるとは到底考えていない、そんな笑顔だ。
劉備陣営の将兵は、皆、同じように笑う。
我が殿が、負けるはずがないと。
これが不思議だった。戦を経験したことない自分には、分からない心境だった。
「分かった。難しき道だが、殿には道理を貫いてもらわねばならん。今は、戦時だ。斯様なことに目を向けるべきではない」
そう言うと静かに筆を執り、さらさらと書簡をしたため始める。
僕はただ、それを見守っていた。
いくらか待った後、筆は書簡から離れる。
「雷豊殿。殿を動かし得る、二人の御仁に書簡をしたためた。これを直接お届けし、話をしてみるといい。きっと耳を貸してくれるはずだ」
「有難う御座います。この御恩、如何にして返せば良いか」
「あの葡萄酒とかいう酒は、旨かった。王侯でもない自分が口に出来たのだ。それに報いる為なら、むしろ安いものだろう」
糜芳さん、イケメン(ぇ
自分で書いててなんですが、中々、好きなキャラです。糜芳さん(笑)
次回は、今回の続き。
お酒が大好きな二人が活躍します(*´ω`)
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それではまた次回。




