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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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53話 虚実の策


 孫子の兵法において、一貫して言われている大原則がある。


 それは「自分よりも強い相手とは戦うな」という点だ。

 戦の「敗北」は、ともすれば国の滅亡にもつながる。

 だからこそ、負けない為にどうするか。それが孫子の兵法で散々述べられている点だ。


 日本の剣豪であった「宮本武蔵」がどうして負けなかったのか。

 それは、自分よりも強い相手と決して戦わなかったからだ、という話がある。


 他にも、あの「織田信長」がどうして戦国の覇者となり得たのか。

 その要因の一つに、戦国最強と言われる「武田信玄」「上杉謙信」と直接対決をしなかった為、というのもあるだろう。


 勝ちたければ、強い相手とは戦わずに逃げなければならない。

 劉備も今まで、そうやって生き延びてきたはずだ。曹操が来たら、逃げる。


 しかし今回の戦は、そうもいかない。

 袁紹に曹操が勝った今、この戦に敗れれば、劉備が逃げることの出来る地は既に無い。


 徐庶は、それが分かっていた。

 誰よりも、自分の主の命が今、如何に危ういかを知っていた。

 曹操という大波の前で、懸命に逆らおうとする砂の山だ。飲み込まれてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。



「私は、商家です。商いの話しかできません。されど商いは、戦にも通ずる。互いに損益が大前提としてあるからです」


 麋竺さんは、僕と徐庶さんの様子を、汗を滲ませ眺めていた。

 僕は言葉を続ける。


「兵法論において、強者との闘いは避けるべき、という記述はよくあるものでしょう。商いも同じ。大商人の占める地区で新規の事業を起こしてもすぐに潰されます」


「軍師たる私に兵法を説くか。続けよ」


「しかし、皆初めは、少ない元手から商いを始めます。初めは強者を相手に、やっていかねばいけないのです。故に、事業を大きくする為に意識しておくべき点、というものが存在します」


 指を二本立てる。

 この二つの原則こそが、弱者が強者に勝り得る要素。


「一つは、先を制すること。新たな事業の気脈を感じ取ったならば、誰よりも先にその位置を取り、先行有利を勝ち取ることです。例えば、自分にしか出来ない技術を誰よりも先に確立させれば、その位置においては弱者であろうと、利益を総取り出来ます」


 ベンチャー企業が取るべき戦略が、まさにこれだろう。

 いきなり大企業と同じ土俵に立てる訳もないのだから、どこかで先行有利を確立することで事業を軌道に乗せるのだ。


「二つは、集中すること。そもそも元手が少ないのだから、全てを一つの事業に投じるというものです。大きな資産を持っている商家は、採算を合わせる為に様々な事業に手を出しています。なので、全力を出せばこの事業において上回れる、という個所を見つけ、集中することで勝ちに行くのです」


 大企業があまり本気を出してない事業に腰を据えて、位置を確立するやり方だ。

 廃れた商店街が、チェーン系のスーパーやコンビニに勝つためには、敵を知り、敵の持たないところに力を集中させる。

 商店街の駐車場を利用すると、ショッピングカートの使用が可能という「洪福寺松原商店街」なんかはその好例であろう。


 この二つの戦法とも、よくよく見れば「強者から逃げ、勝てる相手と戦う」という理には適っている。

 相手の得意に立たずに、隙間で勝っていく戦術。これこそが、弱者の戦法だと言える。


「孫子の『虚実』の兵法と同じだな」


 徐庶さんは考えこむように、その場で唸る。


 そう、まさしくそれだ。

 どうしても強者との戦いに臨まなくてはならないとき、それを孫子は「虚実」の章に記している。

 大勢ではなく、局所で勝っていく。これでのみ、弱者は強者と対抗出来るのだ。


「これを戦場で考えるならば、まずは曹操軍を分散させ、こちらは戦力を集中。局所的な要地を先に抑え、主戦場を敵に見誤らせ、奇襲で砕く。これが勝利の大前提となります」


「その通りだ。まさしく。兵力差ばかりに目が行っていた気がする。だが……相手は、あの曹操だ」


 それがやはり、一番の懸念点だった。

 曹操はまさしくこの戦術を神の如く用いることで、袁紹を降したのだ。

 こちらの思い取りに動く相手ではない。


「しかし、一つ、曹操軍は今、隙があります」


「何?」


「それは、勝ち過ぎていることです。人の心は万能ではありません。一番気が緩むときというのは、勝ち過ぎているときです。孫子にもあります。大勝してはならない、それは大敗に繋がるからだ、と」


「何か、必ず勝てる策、それはあるか?」


「私は軍人でも、軍師でもありません。商人です。徐庶様以上の策謀の知恵は持っておりません。道理をわきまえるのみ」


「まさしく、そのとおりだ。ここで必勝の策を言われてしまえば、雷豊殿は、韓非と同じ運命を辿ったであろう」


 徐庶はそう言って笑い、短刀を抜くと、鞘に戻して懐に収める。

 気づけば、服は雨に打たれたかのように、汗で濡れていた。



「雷豊殿、武具の件は保留とする。ただ、明日より私の側に付け」


「な、わ、私が、ですか? 先にも述べましたが、私は軍人ではなく……」


「知ってる、何度も言うな。話し相手になってくれるだけでいい。我が策謀が正しいかどうか、貴殿の意見を聞きたくなった」


「し、承知しました」


「よろしいですかな、麋竺殿。貴殿の客人であるが、少し貸してくれ」


「雷豊殿が承知したならば、言うことはありません。それにしても、肝が冷える思いをしました」



 涼やかな表情なのは、徐庶一人。

 絶対に僕の寿命、何年か縮んだよ、これ。




今回のお話は、書いていて結構、楽しかった印象があります(笑)


あ、話に出てくる「韓非」ですが、簡単に言うと「有能だった為に妬まれて殺された人」です。

そのうち絶対、キングダムでも出てくると思う。うん。


次回は、魯粛と張昭が大喧嘩の巻き。


面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

また、誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 顔面入れ墨の若いのが軍師一人に圧迫面接されてる図を想像してみると、それもまた面白い [気になる点] 韓非子って書物のタイトルで、人名は韓非じゃね?
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