47話 後悔の呻き声
とりあえず秘密裏に準備は進められていくこととなる。
まず、急に僕がこの交州から姿を消したとなれば流石に不自然なので、魯陰が配下の間者から僕に似た替え玉を用意してくれた。
そして交州の南端、僕のお爺ちゃんがかつて治めていた「日南郡」という小さな土地に、赴任するという形となる。
ここで裏方の仕事を主に行っていれば、流石に歩隲も気づくことはないと思う。
まぁ、あの人はあまり裏工作に聡いというタイプではない。孫権が直々に調査をしない限りは大丈夫だろう。
そして、劉備陣営に僕が居ることがバレても問題、というのがあった。
そこで僕は配下として、あの山越族の「蝉」を連れていくことにした。
彼らの部族には独自のフェイスペイントや髪形の風習がある。それを簡単に施してもらうのだ。
雷家において、主に薬草類の仕入れ・販売を担当しているとして、異民族と交流を深めるべくこういう姿なんだと説明すればいい。
あとは、戦場になり得るのだから、複数人の医者もつれていこう。主に外科を専門とした者達を、だ。
技術の向上にもつながると思うし、学び得る者も多いだろう。
儒教の思想が強い陣営では「外科医」は正直タブーな目で見られるが、戦場に生きる劉備ならきっと治療を任せてくれると思う。
「若旦那! この顔料は、一度塗ったらなかなか消えませんが、良いのでしょうか?」
「構わないよ。少し長い滞在になるからね」
目の下に黒い円がいくつも描かれ、あごや頬に赤色の模様が走る。
伸ばした髪は頭頂部にまとめていたが、それは数珠みたいに垂れ下がる様に束ねられた。
「さぁ、どうでしょうか?」
銅鏡に映し出される僕の姿は、がらりと雰囲気が変わっていた。
なんというかイメチェンをして大学デビューを意気込んだ、あの苦い記憶が蘇るな。
にしても、これはまぁハッチャけ過ぎだけど。
「蝉の部族はみんなこれを?」
「役によって違いますね。戦闘や狩りをする大人は顔全体を黒くし、白い文様をそれぞれ描きます。まるで、骸骨のように」
「それは、夜に見かけると腰を抜かしそうだな」
「そもそもが威嚇の目的でしたので。姐さんも若い頃は狂戦士として活躍していたので『紅の骸骨』の異名を持っていたこともありました!」
「えぇ……あー、えっと、じゃあ僕のこれは?」
「主に裏役の男に施すものですね。儀式や交易、部族の運営に関わるような、そういった役の人間の模様です。太陽の意味が込められています」
「なるほど」
こういうのも話を聞いているとなかなか興味深い。
部族ごとに文化も伝統もことごとく違うのだ。
こういうのを根気強く理解していくことが、多民族が入り混じる交州の運営にも繋がるんだろうね。
「やぁ、久しぶりだねシキ! って、うわぁ!?」
「あぁ、雷華か。丁度良かった」
「もしかして、シキかい? どうしちゃったの、それ。まるで別人じゃん」
「そう思ってくれてるなら、ひとまずこれは成功だな」
驚いたままの雷華は後にして、蝉にひとまずお礼を言って、下がらせる。
蝉には僕の護衛を頼むことにしようと考えています。
「いやぁ、でも、何だかすっかり別人だね」
「しばらくはこのままだぞ。洗っても取れない顔料だとよ。試しに一緒に湯浴みでもして、落ちないかどうか試してみるか?」
「え、あ、いや、それは、ちょっと」
「冗談だよ」
男同士なんだから別にそこまで遠慮することないじゃないか。
少し傷つくな。それとも、他の理由が、とか。うーん。
以前にシシ兄上が言っていたことがまだ引っかかっている。
「あ、そうだ。今後だが、僕の事は『豊』、もしくは『従兄上』と呼んでくれ。間違ってもシキとは呼ぶな」
「そういえば、父上にもそう言われてた……注意するよ」
互いに歳は、十八になっていた。
雷華は相も変わらず鋭いまでの美貌であったが、そこに色香も感じるような顔立ちになってきている。
さぞやおモテになるのでしょうな。良い商家の出身だしね。
このまえ、歳も近い陸績殿が一児の父となったことで、そういったことも考えていかないとな、と。
何となくだがふんわりと思うようになってきている。シシ兄上だって、なんか色んな商家と婚姻結んでたな、確か。
「まぁ……そんなこと考えてる暇なく、劉備陣営に赴くんだけどね。とほほ」
「え、何か言った?」
「別に。友人がますますイケメンになっているせいで、僕の肩身が狭いなぁと思ってね」
「ふぇ?」
僕に女性が言い寄ってこないのも、コイツが原因じゃない?
なーんて。
何が悲しいって、この前、陸績さんに言われたんだよね。
このままずっと相手が居なかったら、我が娘を、って。いやいや、勘弁してくれ。
ついこの前、生まれたばかりの女の子でしょうよ。
「じゃあ、雷華。この書状を君のお父さんに渡してくれ。必要になるだろう商品を列記している。旅費なんかはこっちで出すからって、伝えておいてくれ」
「あ、あぁ、分かった」
「じゃあ僕は仕事に戻るよ。この顔を見て驚く陳時さんや、文官達の反応が楽しみだ」
シキはそう言って、ワクワクしながら部屋を出た。
残された雷華は、思わずその場にしゃがみこんでしまう。
「あぁ……今日こそ言わないとって、思ってたのに、言えって父上にも言われてたのに。うぅ……」
後悔の呻き声が、静かな部屋に響いた。
色んな人の思惑が混ざり合って、重なり合って~♪(ぇ
あ、顔の塗料が取れないで思い出したのはナスDです。はい。
次回のタイトルは「長坂の戦い」です。
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それではまた次回。




