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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
四章 南越の小国

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95話 和睦の形


 結局、士家が守ったのは「自治権」のみであった。

 しかし、それで十分だ。多くを望むつもりはない。


 曹操と結んでいた手を完全に断ち切る様に、朝廷に献上していた貢物を全て、孫家へ譲渡。

 加えて南海貿易による利益の四割が孫家のものになるという、中々にパンチのある条約も締結。

 商家の利益を守ることを考えれば、士家への利益はほとんど消えることになるだろう。


 ただ、親父が推し進めていたのは南海貿易より、南蛮を通じた西南貿易の方だ。

 そちらの利権は守れたのだから良しとしなければなるまい。


 他にも、勝手に兵を増強することを禁じるという条約も加えられている。

 要するに現在保有している「一万」の兵数を上回ってはならないという事だ。


 ここまでをこちらに飲ませたら、あっさりと「士祇政権」を認めたのだった。


 孫権は結局、無理に交州を奪うよりも、維持費を削り、利益のみを得ようとしていたのだろう。

 これが孫権という君主の性質だ、ということか。

 劉備や曹操は、損をしてでも全てを奪うが、孫権はそのあたりのバランス感覚が非常に優れている。


 だからこそ孤独なのかもしれない。


 情ではなく、江東の為の損得を優先する。

 その判断は決して、他人から好感を得られるような生き方ではない。


「その孤独が、晩年の孫権を蝕んだのかな……なんて」


 疲労がどっと襲って来たのか、知恵熱で寝込みながらも報告書に目を通し、何となく呟く。



「士徽様、病にある中で仕事をするのはお止め下さい」


「仕事の結果とか報告を見てるだけだよ。実務は陳時さんに任せている」


「それでもです」


 不満そうな声色の魯陰から、書簡を取り上げられた。

 彼女の持っている盆の上には暖かな薬湯が乗せられている。


「本当に心配したのです、帰られてすぐに倒れて。ただの疲労による病だというから安心しましたが」


「わざわざ華佗先生を呼ばなくてもよかったのに」


「今、士徽様が倒れれば交州は崩壊します。それを自覚してください」


 手渡された薬湯は、匂いからして苦いのが分かる。

 良薬は口に苦し。僕はそれを一気に飲み干し、再び横になる。


「それにしても、良い時に戻ってきてくれた。助かったよ」


「御屋形様を、お守りできませんでした。これは私の責任です」


「違う。これが天命だ。人智でどうこう出来るものではない。親父も、よく分かっていたはずだ」


 南蛮の雍闓さんを上手く動かし、孫家に巧妙な虚報を流したのも、魯陰であった。


 雍闓さんは難しい立場にあった。

 兵を動かせば、孫家に睨まれ、南蛮の他の勢力にも攻められかねない。


 それでも友であった士燮の死に際し、何か成したいと考えていた。

 そこで魯陰を遣わし、虚報を流す手筈を整え、雍闓さんと協力してこの二千騎の虚像を作り出した。

 この虚像が無ければ、もうしばらく戦は長引いていただろう。


 呂岱と歩隲という名将二人には、山越の一万の増援を用いてすら抗いがたかったのだ。

 まさに、この二千騎が勝負の決め手であった。


「遼東の、公孫淵を殺したのか」


「はい。それが密命でした。袁煕殿に実権を握らせる為に。これで遼東と交州の関係は密なものとなりました」


 どのようにして懐に入り込んだか。

 それは敢えて聞かないことにした。魯陰もきっと、聞いてほしくないはずだ。


「ありがとう。これからは交州に留まり、謀略の一切を取り仕切ってくれ」


「仰せの通りに」


「僕はどうも自分の価値をよく分かっていない。だから側で、守ってほしい。親父と同じ道は辿りたくないからね」


 大きく息を吐く。

 本当に、交州を守ったのだという実感が、今更になってじわじわとわいてくる。


 ただ、それは喜びではなく、重い鎖の様な圧力に似ていた。

 まだまだ親父みたいに、気軽に振舞うことは出来ないらしい。



「あ、そうだ。士祇兄上から何か聞いてないか? あの人は少し、損得で物を考えすぎるからな。あまり謀略を使って欲しくないんだ」


「実は……今回の禍根となった士キン様の妻子の暗殺を命じられました」


「そうか。兄上らしいな」


 蓮さんと士キン兄上の間に生まれた庶子がいる限り、この騒動は後を引くかもしれない。

 ならば、早い内に断ち切っておくべきという考えなんだろう。


「暗殺は、駄目だ。すぐに中止しろ。兄上には僕から話しておく」


「よろしいのですか?」


「僕の事を『甘い』と思うか?」


「い、いえ、そのようなことは」


「別に生きてようが構わない。再び孫権が同じ手を使っても、今回の件でそれは決着した話だ。もし掘り返した時、孫家が道理に反したことは明白となる。士家はもっと、孫家につけ込める」


「殺して断ち切るより、生かして利用すると」


「士キン兄上や蓮さんは、長く冷遇されるだろう。それを耐えてもらわなければいけない……これは、簡単な死よりも酷な道だ」


「承知しました。そのように、ご報告させていただきます」



 何もない、真っ白な視界。

 今からここに交州の未来を描いていかないといけないのか。


 未来。


 あまりにふわっとした、掴みどころのない概念。

 それでもやらないといけない。


 その為にもまずは、今だ。今、やるべきことから積み上げよう。




急な話で大変申し訳ございませんが、次回で今作は最終話となります。


公開日は明後日、29日です。


どうぞ最後まで、お付き合いいただけましたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  歴史物としてはある程度史実基づいているここで終わらせるのも一つの正解ですね! [気になる点]  物語としてみると中途半端でひどい物になりますね…  その気があるならファンタジーでこの先を…
[良い点] ちゃんとまとめるところ。 [気になる点] 肝心の金を投じるのが中途半端でしたね。 ただ、作者様の傾向として蜀陣営が好きな感じがしますね。 [一言] 連載お疲れ様でした。
[一言] 確かに良い一区切りではありますね。最終話を楽しみにしてます。
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