13話 オーマイゴッド!
不躾な質問に、アンの何かがブチ切れた。
「……デブですってぇ…………!」
まるいパンみたいな手で、男の両肩をつかむ。
バキバキバキバキ! とすごい音がした!
「…………ッ!? い、いってえな、アッ、離せ!」
「お嬢さま、このままだと、この男は肩を複雑骨折して死にます」
必死で痛みを顔には出さまいと、アンを睨みつけるナズマ……だが、汗がダラダラと止まらない様子で。そのままドスンと尻餅をついたナズマは、肩を離した手を払い除けて、「はっ、くそ……」と低い声で呻いた。
「てめぇが、インダストルの婚約破棄された怪力女で合ってるんだな」
「だったらなに」
大きな頬を膨らませてアンは口をとがらせる。
「あなた、だれ? すごーく偉そうな感じだけど」
「お嬢さま、この男は……」
モモが口を開きかけると、
「……黙れ、言えば殺す」
ぞくりとするほどの殺気を帯びた小声を、モモの耳は拾った。アンは気づいていない様子で「あなた、さっきはごめんね……立てる?」と手を伸ばす。
「てめぇの手を掴んだら手が折れる」
「うるさいわね……やろうと思えば力加減できるのよ」
ナズマを蹴ろうとした太い足を、「やめろっ、ほんとにやめろ!」と叩き落とす。その光景は平和なように見えるが……モモは「めんどうなことになったわね」とため息をこぼした。
(こいつ、絶対クラーク帝国の騎士だわ)
当然気づいてるし、
(ていうか多分、王子を暗殺しようとしたのコイツだし)
バレてるし、
(お嬢さま~、こいつが諸悪の根源なんですけど)
調べはついてるし。
確かに、あのシフォンが裏で手を引いていたのは間違いないが、それを利用しようとして実行にうつしたのはこの人相の悪い男である。
つまり、
シフォン、王子の暗殺依頼をするフリをしてアンの暗殺依頼をする
→回り回ってクラーク帝国のナズマまで情報が届く
→ナズマが王子暗殺の実行犯を送りこむ
(シフォンは、暗殺犯をアンが撃退する確信込み)
→結果的にシフォンの思惑通りに、アンが王子を怪力で守って婚約破棄大成功。
(……クソみたいな話ね)
そして、それにまんまと乗せられた最悪の人物が目の前にいるのに。何も知らないアンはニコニコと「謝るなら許してあげる」と笑う。
(暴露してやってもいいけど、さっきの視線と雰囲気と言い……面倒なことになりそうだし、もう少し様子を見たほうが良さそうね)
いざとなれば、殺せばいいし。
さも平然な戦闘メイド、モモは「さすがお嬢さま、お優しい」とクールに言っておいた。ナズマは舌打ちする。
「……しかし、俺の聞いた噂では華奢な美人だったんだが、どうしてお前こんな姿に。呪いでもかけられたのか」
「知りませんわ、ヤケ食いしたらこうなってしまったの」
アンはため息をこぼす。
「わたくしたち、いまは婚活兼ダイエットの旅の途中なの……それで、あなたは? どこのひとなの」
純粋で何も知らない笑顔。
ナズマは躊躇わず言った。
「俺も冒険者なんだ。さっきは悪かったな……。名前はナズマ。今から討伐にでも行くのか? ついていってやろうか」
「え? なんで? たぶん、モモと二人ならドラゴンぐらい大丈夫よ」
けろっと、依頼書を掲示板から剥がしながらアンは言う。
「おにいさん、わたくしと婚活してくださるなら全然おっけーよ!」
「お嬢さま」
「なによモモ、嘘うそ冗談……」
と、思っていたのに。
「きゃ……!?」
「……本当か? それは」
ナズマは片膝をつき、アンを見上げた。そのままアンの片手をとり、微笑む。
まるで、王子様みたいに。
「デブとか言って悪かったな……。お前、なかなか利用価値が……じゃなくて、可愛いじゃねえか。俺で良かったら婚活してくれてもいいんだぜ」
甘い声でナズマは囁く。
アンは、「えっ……」と、頬を染めた。
「あなた、私より強いの……?」
「一緒に行って確かめてくれるか」
「えっ、じゃ、じゃあ、はい」
アンは差し出された手を握り返した。ナズマはニタリと笑う。
ただ、モモ一人だけがこの面倒くさい状況に頭を抱えていた。
なんてこった。オーマイガーって。




