第45話 パイソン2
「ボーズは?」
「寝てる……。多分あと一時間は起きないかも」
「マジかよ。オレで倒せる相手ならいいが……」
ロバが怯えて立ち止まってしまったので、先に進むことが出来ない。
ハスキーは物音を立てないように自分の得物に手を伸ばした。
リザードマンの城の中で見つけた真剣。
それを鞘から引き出す。
「どうか鈍刀ではありませんように」
突然、草むらが動いたので、切っ先をそちらに向けると、数羽の小鳥。ホッと一息ついたが、ハッとした。この荷車は動いていないのに、小鳥は何に驚いて飛び出したのか?
荷車が陰る。
太陽は雲で隠されてはいない。ハスキーがそちらに目をやると、この荷車をひと吞みにしようと大蛇が鎌首を上げていた。
「あ、あわ、あわわわわわ」
「ハスキー! しっかり!」
「はっ! そうだった!」
荷車から飛び降り、大蛇から守ろうと真剣を構えた。
胴体が草むらに隠れてどのくらい大きいか分からないが、15メートルほどありそうだ。
そんな大蛇は聞いたことがなかった。
首の振り方でスピードがあることが分かる。
ハスキーの体に汗が噴き出す。真剣を持つ手のひらが濡れていることを感じる。
大蛇は長い舌を出し入れし、ハスキーを最初に仕留めようと身構えているようだった。その刹那、大蛇は勢いを以て口を広げてハスキーに襲い掛かる。
ハスキーは焦りながらそれを横にかわした。
互いに何のダメージも与えられない。
大蛇は続いて二撃目を繰り出してくる。
それを飛び上がって避ける。
相手にやられたままだ。主導権を取られてはならないと、ハスキーは一太刀の突きを繰り出した。
それが大蛇の左眼にヒットした。
だが剣先が錆び付いていたので、内部で引っ掛かり刀が抜けなくなってしまった。
「あ、あ、あ」
大蛇は鎌首を上げて暴れた。
土がめくれ上がるほどの震動。
15メートルもある巨体だ。これに押しつぶされては荷車もハスキーたちもひとたまりもない。
「刀が取られちまってる。どうすりゃいいんだ!」
大蛇の巨大が荷車を押しつぶそうとしたその時だった。
荷車の中から勢いよく飛び出したモノがあった。
それは聖剣グラジナ。
苦痛にのたうち回る大蛇の周りを数回転すると、暴れ回っていた肉体は輪切りになってその活動を停止した。
グラジナは、ゆっくりとハスキーの前に舞い降りた。
だが、言葉激しくハスキーを叱責した。
「まったく。手負いの蛇が一番危ないというのに剣術のけの字も知らん奴だ。私が目を覚まさなかったらどうするつもりだったのか!?」
「す、すみません……」
「まぁいい。極度に眠い。これ女童。私を鞘に戻してく……れ……」
そう言うと、聖剣グラジナは無生物のように地面に倒れた。
ハスキーもガックリと膝をつく。
落ち込んでしまって、うなだれた。
ミューは荷車から飛び出し、大蛇の左眼から真剣を抜き、聖剣グラジナを手に取った。
そしてハスキーに近づく。
「スマン……。あまり役に立てずに……」
「そんなことない。そんなことないわ。あなたがいなかったら、私はもう大蛇のお腹の中だったわ。ハスキーは私たちを捨てて逃げることも出来た。でもそれをしないのは、あなたもきっと勇者なのだわ」
「勇者? オレが勇者?」
「そうよ。無償で守ろうとする、その気持ち。我々人間でもとても難しいことなの」
「そ、そうか……。そう言って貰えるとありがたい」
「ふふ。さぁ、行きましょう。西の都へ」
そう言いながらミューが聖剣グラジナを鞘へ戻すと勇者が同時に目を覚ました。
「ふぁ~~……。おねえたん、おはよー」
「ふふ。おはようございます。勇者さま」
「お、起きたかボーズ。さぁ出発だ」
ハスキーが手綱を打つと、ロバは元通り走り出した。




