第15話 グリフォン2
グリフォンはミューを食ってしまおうと軒下に顔を入れ込もうとしたところをミューは鞘のついたままの聖剣グラジナでその顔をひっぱたく。
それに驚いて、グリフォンは顔を引っ込めて目を閉じた。
「ぷーーー! おもちろーい! もう一回やってー」
勇者は喜んで手を叩いてはしゃいだが、ミューにしてみれば必死だ。しかも、この怪物を追い払う手立てがまったく思いつかない。
勇者を抱きしめて祈るしかなかった。
「あれ? おねえたん、怖いの?」
「ええ。どうしていいか分からないわ。あなたを守りたいのに」
「ボクだったらへっちゃらさ!」
勇者は裸のまま聖剣グラジナを手に引っ提げ、軒下から飛び出しグリフォンの前に踊り出た。
「やいやい。この腹ペコさん。おねえたんを泣かせたら承知しないぞ!」
ミューは驚いた。彼は子どもで自分がどうなっているか分かっていないのだ。剣を抜こうとしてもあれでは抜けまい。
ましてや相手は空を飛ぶことが出来る。
ミューはひざまづいて神に祈るしかなかった。
しかし、勇者はスラリと大剣を抜いた。どうなっているか分からない。剣の方も生き物のように形を変形させて真っ直ぐに伸びきる。
グリフォンは空に飛び上がり、この子どもから先に食ってしまおうと空中から攻撃するつもりのようだった。
勇者はその場で十字の形を切った。
「クロススラッシュ!」
するとそれが光の波が押し寄せるようにグリフォンの体を通過する。怪物は空中で四つに別れて落下した。
勇者はニコリと笑ってミューの方を見る。
「おねえたん大丈夫?」
しかし恐怖で顔がこわばったまま。裸の勇者はそんな彼女を笑わせようとしたか分からないが自分の下半身を指差した。
「ねー見て。チンチン。チンチーン。ちっちゃいねー。ちっちゃいねー」
お尻丸出しでおどける彼に思わず噴き出す。ミューはようやく安堵の表情を浮かべた。
彼女は勇者を家の中に入れ、自分が昔遊んだおもちゃを出してやり、勇者の前に置いてやると、彼は手を叩いて喜び遊びだす。
その間にミューは布を出して裸の彼のために服を縫った。
下着、肌着、丈夫な革の服。
そして、自慢の料理を彼のために振る舞ったのだ。
勇者はべしょべしょこぼしながらスープを飲んだが、彼女は優しく頬や口の周りを拭いてやった。
「勇者さま。これからどうなさるの?」
「あのねー。ボクねー。シェイドを倒しに行かないといけないんだ」
「やっぱり、その魔物が勇者さまを子どもにしたのね?」
「うーんと。えーと。わかんない。えへへへへ」
知能も子どもだ。話し方がたどたどしい。
しかし使命は忘れていない。
魔王討伐をする志も、神々の祝福も失われていなかった。
「シェイドはどこにいるのです?」
「うーんとねー。西の都って言ってた」
「西の都、サングレロね。歩いてひと月以上はかかるわね。ましてや勇者さまの足では……」
幼児となってしまった彼の歩みは危なっかしい。
これではひと月はおろか、ふた月でも難しい。
「あのねー。お祭りに行くんだって。だからボクも行く! くふふ。お祭りきっと楽しいね。リンゴあめと~。べっこうあめと~。わたあめと~」
もはや、目的がかわっている。アメばっかりだ。口に手を当てて楽しそうに笑った後で、勇者はイスにすがりゆっくりと降りると、剣を下げマントを羽織り、兜を被った。
「じゃーねー。おねえたん。ご飯ごちそうたま~」
そう言って出て行こうとした。
「お待ち下さい勇者さま!」
「え?」
ミューは小型のバックに急いでものを詰め込むと、勇者の隣に並んだ。
「私もお供を致します」
「え? 本当? やったぁー! おねえたんと一緒。おねえたんと一緒~」
勇者は小さな手を上げて、ミューの手を握った。
「ねぇ、ねぇ、手つないでいこー」
「そうですね。勇者さま」
勇者はミューの家に、神から祝福を受けた虹の鎧を置いていくことにした。これの加護で家はきっと魔物に襲われても大丈夫だろう。
こうして二人の旅は始まったのだ。




