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彼女の笑顔が見たくて

第十九期テーマ短編参加作品。テーマは「他殺」、ジャンルはコメディーです。

 ワイはこの笑いの聖地難波でも頭一つ抜きん出とるエンターテイナーやと思っとる。それはワイだけやなくて、クラスの皆、いや、この中学全体の認識や。ワイのボケで笑わん奴なんか一人もおらんかったし、正直ワイのお笑いはプロの世界でも通用すると思っとる。将来はお笑い芸人になって、お茶の間の笑いを一手に引き受ける存在になると、そう信じて疑っとらんかった。彼女に会うまでは。



 中学二年に進級した時のクラス替え。全校中の注目を集めとったワイは難なくクラスに溶け込み、誰彼構わずボケては、笑いを取っとった。やっぱりワイの芸は一級品や。そんなごっつい充実感に包まれながら、ちょうど今しがた教室に入ってきた女の子に標的を定めた。


「ようワレ。ここを通りたくば、この浪速の大ダコ野郎と呼ばれたワイを倒してからや。ウリウリウリ~」

 口を尖らせ、両手両足をクネクネと動かす。ワイの十八番、タコのモノマネや。これをやれば皆腹抱えて大爆笑。のはずなんやけど。

「わーすごい口やねえ。こんな顔でいつもキスしとるん?」

 笑っとる。笑っとるんだけど、ワイの求めとる笑いとはちゃう。静かに微笑みながら全力で突き出した唇を指でつつくなんて、そんなリアクションは求めとらん!

「ぶっ! 何しとるんやお前。今、ワイの唇に――」

 それ以上は、恥ずかしくて続けられなかった。あんまり大きな声で言いたくないけど、ワイ今まで女の子とどうとか、そういうのとは無縁の生活送っとったから、こういうの慣れとらんというか。

「顔真っ赤やよ? でも本物のタコさんみたいやね。おもろーい」


 まだ名前も知らない彼女のリアクションは、いつしかクラス中の笑いを引き起こしとった。周りの笑いが伝播したのか、彼女の肩は震え、それに合わせて肩に散らばる毛先も揺れる。してやったりという様子はなく、ただ純粋な笑顔。その笑顔から何故か目が離せなくなりながら、いつかこの天然のボケ殺しをワイの手で息できんくなるくらい腹抱えさせたる。そう決めたんや。



 それからのワイは、徹底的にターゲットを彼女――花菜(はな)に絞ってボケのオンパレードや。幸い席が隣やし、休み時間だけやなくて授業中にもボケられる。花菜は授業中だろうとなんだろうと決してやな顔はしないんやけど、ワイのボケで笑うことはなかった。大概は、花菜の天然の返しにこっちがタジタジとさせられとる。ワイ、アドリブには強いはずなんやけどな。こないだだって、花菜の鼻の真似ゆうて豚鼻作ったら、それいつもの(たき)君と変わらんやんって言われて皆に笑われたし。あ、滝いうんはワイの苗字や。何か最近は、花菜とコンビ組んだ方がウケるんやないかと本気で思っとるけど、それは何かワイのプライドが許さへん。意地でもコイツはワイの力で笑わせたるんや。



 そうは思ってもなかなか笑わへん花菜に心が折れそうになった、四月中旬のある放課後。転機が訪れた。


 まだ部活には入っとらんかったワイは、同じように帰宅部の男連中数人で集まって、教室でトランプしとったんや。種目は大富豪。革命や階段に始め、八切り、十捨て、イレブンバック等々何でもアリで、当然大貧民には罰ゲームもアリという、遊びのレベルを超えた真剣勝負。こういう時の罰ゲームといえば脱衣や一発芸が主流なんやけど、流石に教室で脱ぐわけにはいかんし、一発芸はワイにとってご褒美になってまう。というわけで、ワイらが決めた罰ゲームは――。


『大貧民は、大富豪が指定した人に告白する』


 ここで指定するのは、「大貧民の好きな人」とかでも構わへんし、同性・異性も問われへん。こんな負けたら絶対ロクでもないゲームで、ワイは一発目から大貧民になってしもうたんや。


「それで、ワイは誰に告ればええんや? 保体の黒田だろうと、ビシッと決めちゃるわ」

 ちなみに、保体の黒田というんは、手つきの悪いゲイとして有名な四十過ぎのムッキムキなおっさんや。本音を言えば関わりたくないけど、それくらいの方が面白みがあってええやろ。

「それはイヤや。滝が処女散らすとこなんて誰も見たかないわ」

「襲われるの前提かいな!」

 ここでしばらく皆して腹抱えとったけど、大富豪の奴が涙を拭いながら、とんでもないことを提案してきおった。

「ほなら、花菜ちゃんとかどうよ。滝あの子にゾッコンやん」

「なっ!? ゾッコンやないわ! ただあの天然を何としてでも笑わせたいだけや!」

「あーはいはい。言い訳はいいから、さっさと行ってこいや。丁度教室におることやし」

 ワイらの他にもまだチラホラと人が残っている。そんな中で花菜は、教室の隅の方で他の女子と何やら楽しそうに談笑しとる。クソッ、あんな自然な笑顔しよってからに。

「ったく、行きゃあええんやろ? 行っちゃるわ。ビシッと決めたるから、よう見とけよ」


 半ばやけっぱちで花菜の方に歩み寄ると、友達と話してた時の顔そのままで見上げてきた。そういえば、ボケ以外で花菜に話しかけるのって初めてやないか。

「花菜!」

「どーしたん滝君。タコみたいな顔してるで」

「今はそんなことええ!」

 いつも通り脳天気な花菜の言葉を遮って、続ける。

「花菜! ワイは、ワイはお前のことが好きなんや! 付き合うとくれ!」

 フリだとわかってても、告白って恥ずいもんなんやな。花菜がどんな表情をしてるのか見るのが怖くて、顔上げられへん。


「……ぷっ」

「ぷ?」

「あはははははっ! 滝君もう最高。ははははは」


 思わず顔を上げると、そこには腹抱えて呼吸も絶え絶えといった様子で大爆笑した、今まで見たかった花菜がいた。いや、この場面で笑われるのは不本意なんやけど。ワイ今全く笑わそうやなんて思っとらんし。

「なっ、どういうことや!」

「あはは、滝君って告白するときそんな顔するんや。面白すぎやろ」

 今笑われるのは不本意やけど、コイツの笑顔可愛すぎやろ。それに気づいた時、鼓動が早くなったような気がした。

「それで、お前の答えはどうなんや」

 思わずぶっきらぼうな口調になりながら、聞かなくてはならない答えを促す。罰ゲームに過ぎないのに、何故かそれを聞きたくて仕方無かった。

「うん。勿論お断りだよ。だって今の罰ゲームなんやろ」

「なっ……何でわかったん?」

「だってさっきから滝君たちの話全部聞こえとったし」

 そうか。ということは罰ゲームやなければ――。


「って、分かっとったんならもうええわ! 今度こそ正真正銘、ワイの芸で笑わせちゃるからな。覚悟せえよ」

「えー今以上におもろいことできるん? まあ、うん。楽しみにしとるね」

 見てろよ。いつか絶対に、その落ち着いた微笑みをワイの手で崩しちゃるからな。そう誓いながら、思わず笑みが溢れた。


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