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私にはこれしかないから

第十八期テーマ短編参加作品。テーマは「if」、ジャンルはヒューマンドラマです。

 私は幼い頃、歌手になるのが夢でした。その夢は成長するにつれ小さくなるばかりか、むしろ大きく膨らんでいった。そして今、その夢は叶っていると言っていいと思う。活動自体は、小さなライブハウスで歌ったり、そこで自主制作したCDをひっそり販売する程度の小ぢんまりとしたものだけど、いつもライブに足を運んでくださるファンの方は何人かいるし、その人たちのためにも、私の持てる全てをぶつけたいと、そう思っている。その気持ちは嘘ではない。だけど今、そのような純粋な気持ちだけで歌えずにいる。

 わかってる。人間が皆仏のように善人ではないことも、ファンが増えるということは必然とそういう人が出てくるということも。今までが恵まれすぎていただけに過ぎないことも。わかってた。わかってたけど、やっぱりイヤだよ。覚悟できてるつもりだったけど、全然そんなことはない。こんなの、耐えられるわけがない。


 事の発端は、一ヶ月前に渋谷で行われたツーマンライブだった。もう一人の出演者がミキさんという私の尊敬する歌手だったこともあって、その日はどこか浮ついた気分だった。それがいけなかったんだと思う。というと何かやらかしたように聞こえるけど、そうじゃない。ライブ自体は大成功。お客さんの中には普段見ない顔(ミキさんのファンかな)も多かったけど、反響はいつも以上といっていいほどよかった。アンコールもしてもらえたし。問題は、ライブが終わった後。ミキさんと一緒にお客さんのお見送りをして、最後の一人と挨拶を交わした後は機材の片付けを手伝って、最後ミキさんと少し話せて。ライブ直後の高揚感に加えて、憧れのミキさんと喋れたということで、私も完全に気が緩んでたのかな。もうすっかり日が落ちてる上に、大通りから離れていて人通りはほとんどない。こんな路地裏を一人で、それも鼻歌を歌いながら歩くだなんて、後から考えたら正気じゃないって思うよ。そりゃあ、見知らぬ男に襲われたりもするよね。

 うう、思い出しただけで体中に寒気が走るよ。あの時、たまたま近くをよく顔を合わせるファンの方が通りすがってくれたおかげで、未遂で済んだけど。でも、この出来事はまだまだ負の連鎖の始まりに過ぎなかったんだ。


 それから三週間後、つまり今から一週間前のことなんだけど、ミキさんが新宿でワンマンライブを開催したんだ。その日フリーだった私は、観客としてそのライブに行った。この間は共演者という立場だったけど、それ以前に私はミキさんのファンだから。元々男性ファンが多いのもあって、周りは男の人ばかり。それが少し怖いと感じながらも、ミキさんの歌に聴き入っている間にそんなことすっかり忘れちゃってた。歌の力ってすごいよね。私もミキさんみたいに、聴いてる人をグッと掴んで離さないような歌を歌えるように、頑張らなくちゃ。改めてミキさんが憧れの人であり、目標であることを実感しました。いつか対等の力を持ち合わせて、一緒に歌いたいと、そう思いました。でも、それはついに叶わないことになってしまいました。もうミキさんと一緒に歌うことも、ミキさんの歌を聴くこともできない。

 ミキさんが自殺したという知らせを聞いたのは、一昨日のことです。


 葬儀は親近者だけで済ませると聞いたので、私から何かをすることはできなかった。でも、ミキさんが何故、勢いのあるこの時期に自殺したかについては、色んな方面から噂が流れてきた。最も、どれも確かな根拠があるわけでもなく、憶測だけが飛び交っているだけのように思える。何でミキさんが自殺してしまったのか、私も気にはなったけど、それよりもミキさんがいなくなってしまったショックの方が大きくて、しばらくは何も考えたくない気分だった。昔どこかで「不幸を糧にできない奴はアーティストとして半人前」だなんてことを聞いたことがある。それが本当なら、私は一人前にはなれないのかもしれないな。

 でも今、私を苦しめているのは、それだけじゃないです。ううん、むしろこっちの方が大きいかな。といっても、ミキさんのことと大いに関連のあることなんだけどね。

 昨日のことだった。私の元に一通の手紙が届いたの。それが先月助けてくれたファンの方からで、どうして家の住所を知ってるのか。それが怖くなったけど、中身を見ると、そんなことを吹き飛ばすほどのものが綴られていた。そしてそれは、ミキさんが自殺した本当の理由でもあった。手紙自体はすぐに破り捨てちゃったからもう手元には残ってないけど、そこには要約すると『先月私を襲ったのはミキさんのファンの人だった。だから報復として、先週のライブ後にミキさんを襲った。ミキさんはそれで自殺しちゃったけど、あんな下衆なファンを生み出すような糞アーティストが潰せたから、一石二鳥だね。これからも君の歌を楽しみにしてるよ。今週末のライブにも行くからね。』と書かれていた。これを読んだ時のショックは、ミキさんの訃報を聞いたとき以上のものだった。だってこれって、間接的に私がミキさんを殺してしまったようなものでしょ。もし私があの時襲われなければ、もし自分のファンに助けられなければ、あの日ミキさんと対バンなんてしなければ、ミキさんが死んでしまうことはなかった。もし私が歌手になんてならなかったら、こんなことにはならなかった。全部私のせいだよ。


 このまま、自分の精神(こころ)が押しつぶされてしまいそうだった。でも、ミキさん自身を馬鹿にした一文をもう一度見たら、崩壊寸前の胸中に怒りという一つの感情が湧き上がるのを感じた。手紙を破り捨てたのも、その時だったと思う。こういうのを実感する人って少ないと思うけど、歌を創りだすのって、とっても大変なの。歌という形で創ったものを観客の前で披露する。もうそれは、魂をも削るほど苦しいものなの。多分これは、歌に限った話じゃないと思う。小説家、漫画家、画家、脚本家――。創作に携わる人は皆、同じように魂を削っている。それでも伝えたいことがあるから、創作を続ける。私だってそう。私には歌しかないから。歌うことでしか気持ちを伝えることができないから。もし歌手にならなかったら、ミキさんを傷つけることにはならなかったのかもしれない。でも私は、それでよかったとは決して思わなかっただろう。だったら、歌い続けるしかない。どれだけ心が引き裂かれようとも、歌で表現し続けるしかない。


 そう決心してからは、もう迷いはなかったです。今、また一つ新しい曲を作っています。ミキさんのことがあって以来、初めての作曲。まずは今週末のライブ、そこで今の私が伝えたい気持ち、全てぶつけてこようと思います。私にはこれしかないから。伝われ。


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