03.少しずつすれ違うふたり
第四小隊に加入したサンデフは、またたく間に人気になった。町の若い娘たちはもちろん、幼い少女からある程度年齢の高めなお姉様や人妻、さらには年配のご婦人たちまで軒並み虜にしてしまったのだ。
彼の何が良かったかといえば、それは天使の如き美貌とまで言われる容姿でも、上背のある引き締まった騎士の肉体でもなかった。柔らかな物腰と女性への対応が、とにかく紳士だったからだ。
いつでも穏やかに微笑み、お年寄りからお子様まで女性を分け隔てなくレディとして扱い、しかも過度に距離を詰めるでもなく口説くこともしない。パッと現れてはサッと対応し、そしてスッと去ってゆく。そんな爽やかイケメンなんて好印象しか残らないに決まっている。
だから、同じイケメンでも肉食系で独身女性ばかり狙って口説きにかかるスレッドや、年齢やパートナーの有無で女性を差別しない代わりに手当り次第にベッドに連れ込もうとするフラートの人気は、あっという間に急下降した。まあフラートの場合は、元から娼婦や遊び人の相手がメインで一般女性には忌み嫌われていたのだが。
庇護欲をそそられる可愛い系のネイサニエルや、女性にとって同性みたいに気安いトラシューの人気はさほど落ちなかった。だがこれは元からニーズが異なるためであり、彼らを好きな娘たちはサンデフのことも同様に好きである。
ちなみにゴージャスはといえば、彼は元からごく一部にしかウケていなかったので大勢に変動はない。
そういうわけで、町娘たちの間ではサンデフ派かアーニー派かで勢力が二分されつつある。どちらも女性に紳士で気安く口説いてこない点がウケているわけで、あとは容姿の好みの問題である。
「んまあ、彼大人気だわねえ」
「サンデフさんすごいですね。こないだは巡回中に迷子の女の子の相手をしてあげて、探しに来たお母さんごと虜にしてましたよ」
酒場へ向かって連れ立って歩くトラシューとネイサニエルが、サンデフを見やりつつ、呆れたような感心したような呟きを漏らす。
第四小隊が町の巡回に出れば、どこへ行ってもまずサンデフに声がかかる。それにいちいち神対応するので、彼の人気はとどまるところを知らない。なので最近の彼はすっかり「町で会える美丈夫」と化している。
一方で、夜働いていて用事がある時以外には基本的に町を出歩かないアーニーは「酒場に行けば会える美青年」という扱いだ。居場所が分かっているだけに安心感はあるものの、彼に会いに行こうとすれば必然的に酒場特有の騒々しい雰囲気と酔客に絡まれるリスクが立ちはだかる。そのせいか、サンデフ人気は今やアーニーをもすら凌駕しつつある。
「サンデフは凄いな。本当に紳士だ」
「ケッ。男は中身で勝負だっつったろ」
「……その中身でも負けているように見えるが?」
「うっ……うるせぇな!オレは手当り次第じゃねえし、今まで相手してきた娘たちはちゃあんと分かってくれてらあ!」
などと強がっているスタッドの目の前で、彼の本命だった娘がサンデフに手を取られて頬を染めていたりする。
「あれって、ここ最近スタッドが口説いていた娘じゃないのか?」
「ち、違ぇっつの!つうかそう言う分隊長はどうなんだよ!」
と言われても、パッツィの心の中にはずっとアーニーが不動の地位を占めていて全くブレることはない。初対面時こそ女性扱いされ褒められて不覚にもときめいてしまったが、その後のサンデフの姿を見ていれば誰にでもそうなのだとすぐ分かったし、それさえ分かってしまえばアーニーへの想いを脅かすほどでもなかった。
「サンデフは女性にはとにかく紳士だからな。私もそうした点はとても好ましく思っているよ」
だがそういえば、最近アーニーとあまり話せていない気がする。酒場で注文しようと手を上げても、アーニーではなく猫人族のミリがやって来ることが多い。
(……もしかして、避けられてる?いや、だがそんなことは……)
パッツィが酒場へ繰り出すのは、基本的に陽が落ちてしまったあとのやや遅い時間帯が多い。小隊長として通常業務を終えたあとに分隊長としての書類決済や指示書の作成、時には町民からの苦情対応などまでこなさなくてはならないため、どうしても退勤時間が遅くなりがちなのだ。
つまり、パッツィが店に顔を出す時間帯というのは、晩食だけの客がほぼ捌けてしまった後の酔っ払いの時間だ。言い換えれば、酒場が一番混み合っている時間帯ということになる。
「……うん、気のせいだな!」
「あぁ?何か言ったかよ分隊長?」
「いや、独り言だ気にするな」
アーニーに限って、人によって対応を変えるなんてことをするわけがない。そもそも告白されてからも、その返事を保留にしていても、泥酔して醜態を晒した後ですら彼は全然態度が変わらなかったのだ。
だとすれば、やはり注文や酔客の対応に追われて自分の相手まで手が回らないだけだろう。パッツィ自身もあまり彼を独占してはよくないと分かっているし、どうしても彼に相手して欲しいという程でもない。
まあ、相手して貰えれば嬉しいが。
「……まあ、今度機会があればそれとなく聞いてみるか」
などと呑気に構えているパッツィである。
とそこへ、酒場へ先に向かっていたゴージャスが駆け戻って来た。
「おっ、戻ってきたな」
「済まないなゴージャス。予約はちゃんと取れて——」
「悪ぃ!おれ用事思い出したから帰るわ!」
「えっ?」
引き止める間もなかった。駆け足さえ止めないゴージャスはあっという間にパッツィたちの横を通り過ぎ、そして暮れなずむ町並みに消えていった。
「……なんなんだ、アイツ」
「んまあ、酒場で何かあったのかしらねぇ?」
「ていうか結局、予約は大丈夫なんですかね?」
「……まあ、アーニーに頼んだからそれは大丈夫だと思うが」
仮に予約が取れていなくても、行けば席は用意してもらえるはず。要は待たずに案内されるか待たされるかの違いだけだ。
そんなわけで、ゴージャスのことはひとまずさて置いて、そのまま酒場へ向かうことにしたパッツィたちである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あああああ……どうしよう」
一方こちらは、そのアーニーだ。
酒場の夜の部の開店直後で次々やって来る客の対応に追われつつ、独り悶々と思い悩んでは手が止まる。
何を悩んでいるのかと言えば、それはもちろん、パッツィと例の新入り騎士との関係だ。あの時はかなり親密なように見えたが、一体どういう関係なのだろうか。
聞きたい、でも聞けない。だってアーニーが一方的にパッツィへの想いを温めていただけで、彼女とは別に恋仲でも何でもないのだ。勢いに任せて告白してしまった時も意外そうな反応だったし、きっと彼女からすれば急な話でさぞ驚いたことだろう。その告白もなかなか返事をもらえないところを見ると、もしかすると有耶無耶にされて無かったことにされかねないまであり得る。
それに何より、彼女はおそらく現役の貴族令嬢だ。最近こそ騎士の振る舞いがサマになってきてはいるものの、出会った当初の彼女はいかにも貴族令嬢然とした立ち居振る舞いだったのをよく憶えている。
実家を追い出されて平民に落ちた自分とは、きっと住む世界から違っているはずだ。
「ニャーにを迷ってるのかニャ、アーにゃんは」
「……ミリ」
後ろから腰を叩かれ振り向くと、小柄なミリが見上げていた。
「お姉さんにはお見通しニャ。アーにゃん、恋の悩みならこのミリお姉さんを頼るニャ!」
「……お姉さんて、ミリはまだ15歳じゃないか」
猫人族のミリは15歳で、20歳のアーニーよりも歳下だ。そんな彼女にお姉さんと言われても。
「ミリは成人してもう3年経ってるニャ!ニャからお姉さんニャ!」
「……そんなの、僕だって成人して5年経ってるんだけど」
「人間の5年と猫人族の3年ニャったら、猫人族のほうがお姉さんニャ!」
「……そうかなあ」
平均寿命が40年ほどしかなく成人年齢が12歳前後と早い猫人族と、平均寿命が60年ほどで15〜16歳で成人と見做される人間とでは、正確な年齢比較が難しい。おそらくだが、同い年くらいになるのではなかろうか。
「こう見えてミリは番作ったこともあるニャ!でもアーにゃんはそういうのもまだニャよね?」
「……え、そうなの?」
「フフン。ニャからミリのほうがお姉さんニャ!」
確かに、アーニーはまだ特定の女性とお付き合いしたことはない。実家を追い出されたとはいえ、不用意に外で恋人や子供を作ったりしたら問題になると分かりきっているため、これまで意識して自重してきた。
彼がパッツィに告白する気になったのも、実はそれが絡んでいたりする。彼女が本当に貴族の出身なら、あるいは正式な縁談としてまとめられるかも知れないのだ。
だがあのサンデフという騎士も、いかにも貴族然とした雰囲気だった。態度も紳士的だったし教養も感じられて、自分と比べてどちらがよりパッツィに相応しいかと考えると、どうしても気持ち的に一歩引いてしまう。
「……人間にはね、色々としがらみが多いんだ。好きだから付き合えるってわけでもないんだよ」
「そうニャの?ミリはそういうの、よく分かんないニャ〜」
「でしょう?だから気持ちだけ受け取っておくよ」
「考えても答えが出ないのニャら、悩むのは後回しにしてキリキリ働くニャ!」
「……ああ、そうだね。ごめん、仕事に戻るよ」
そうして今日もまた、忙しさにかまけつつ考えないようにして、サンデフとの関係をパッツィに聞けずに終わってしまうのだろう。そう考えてもいるアーニーである。
だがこの時の彼はまだ、パッツィと第四小隊が今まさに酒場へ向かっている事を知らないままであった。
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次回更新は15日です。




