第98話 魔力0の大賢者、父様に教える
「男の子かな? 女の子かな~?」
パーティーが終わった翌日は流石に盛り上がりすぎて朝まで起きてたこともあって、僕も含めて殆どの人は昼過ぎまで寝てしまっていた。
そして目覚めてから母様が昼食を作ろうとしたんだけど、お腹に新しい命が宿っていることもわかったのでメイドさんも含めて母様には無理しないようお願いしていた。
基本食事はメイドさんや料理人だけでなく母様も調理場に立っていたけど今日からは少し控えて貰う必要があるね。
そんな母様にラーサが寄り添い、楽しそうに話している。時折母様のお腹に耳を当てたり声を掛けたりしているね。
かくいう僕も母様に呼ばれて、お腹に手を当ててあげてや話しかけてあげてとお願いされた。
大賢者のご加護があるかもしれないって母様は言うのだけど、僕にそんな力はないと思うんだよね。そもそも魔力がないから本当の意味での賢者の加護は与えられないし。
でも、それで母様が喜ぶならと、言われたとおりやってみた。な、なんかお腹に触れるのに妙に緊張してしまったよ。
「よ~しよし、立派で逞しい子に育ってね」
「うふふ、まるで男の子が生まれるみたいね」
あ、そうか。確かに逞しいは男の子っぽいもんね。感覚が鋭いのも困りものかも……。
一通り話が終わっってから今度は中庭に向かった。父様が早速ヒノカグツチを手に鍛錬に励んでいたよ。
僕たちは昼過ぎまで寝てしまったけど、父様は違うからね。朝からずっと刀を振り続けてるようなんだ。
「父様は流石です」
「おお大賢者マゼル。いやいや、まだまだヒノカグツチを使いこなすには程遠い。だが、流石大賢者の目にかなった業物だけあるな。この一本に無限にも等しい可能性を感じているぞ」
そんなにもなんだ。ドメステさんが聞いたら涙して喜びそうだよ。でも、流石に鍛冶の腕は確かだよね。
それからも父様は例の木偶相手に刀を振り続けた。そういえば最近はこの木偶相手にも加減はしなくなっていたね。
今もスパスパ切れているよ。う~ん、でも流石は父様が唸るだけあって切れ味が見事だ。
「ふむ、以前はあれほどハイメタルトレマージを斬ることを夢見たものだが、この刀の前では紙のようであるな。いや、それほどまでにこのヒノカグツチが凄いということか」
「ハイメタルトレマージは結局は木ですし、鉄より少し固い程度ですものね」
「へ? そ、そうか? いや、大賢者ともなればそう評価するのも仕方ないか……」
あれ? 何か父様が戸惑っているような? 気のせいかな。
「とは言え、やはりこれまでのやり方だとしっくりこない。何か新しい型を試してみようか……」
「型ですか。そういえば東方の島国には抜刀術なるものがありましたね」
「な、何? 抜刀術? それは一体どんなものなのだ?」
「え~とですね」
僕は剣については得意ではないから、知識として伝える他ないんだけど、でも話を聞いた父様は目から鱗が落ちたような顔を見せて感心してくれた。
「流石は魔法だけではない知識の面でも大賢者だけある。我が息子ながらその賢智ぶりにいつも驚かされる」
父様、相変わらず僕への評価が過大すぎる気がする。
でも、少しでも役立てたなら嬉しいかな。父様は木偶を前にして腰だめの構えをとった。
沈黙――ジッと木偶を見つめる父様。その瞳は真剣そのものだ。空気がピリピリしてきた。緊張感が漂ってきて僕も思わず固唾を飲んで見守ってしまう。
「――ハッ!」
鞘から放たれた刃が、スパァアアアアン! という快音を耳に残して木偶を切り飛ばした。
凄い――剣から刀に持ち替えても父様の技量には綻び一つ感じられない。何より初めて試した抜刀術でここまで出来るのが凄い。
流石、剣聖の称号を賜るのも時間の問題とされているだけあるよ。
「ふむ――」
「凄い凄い父様流石です!」
思わずパチパチと拍手して称賛してしまった。抜いた瞬間もかなりの速度が出ていたし、抜刀術の利点が遺憾なく発揮されていたと思う。
ただ、父様はあまり満足出来ていないのか難しい顔を見せているよ。
「大賢者マゼルにそこまで言われるのは光栄だが、やはりまだまだな気がする。このヒノカグツチも満足していないように思えるのだ」
「そう思えるのはきっと父様とその刀が魂で通じ合っている証拠ですよ。念のこもった業物には魂が宿ると言われていて、だからこそ扱いこなすのは難しいのです」
「魂か、なるほど。しかし、大賢者マゼルのおかげで私はさらなる高みを目指せそうだ。これは本当に良いものだ。大賢者マゼル――我が最愛の息子よ。本当にありがとう」
な、なんか改めてそう言われると凄く照れくさい。
「父様に喜んで貰えて何よりです」
「はっは、勿論息子からの贈り物だ。何であっても私にとっては最高の宝物だ。とはいえ、折角なのでな、5日後にいよいよ私の就任式が王城にて執り行われることとなった。その際にこのヒノカグツチを持参しよう。大賢者マゼルからの贈り物だと自慢出来る」
「いや、あの、程々に……」
思わず苦笑いを浮かべちゃったよ。早速役立ってくれるのは喜ばしいことなんだけどね。
「おお、そうだそうだ。昨日は私も感激してしまいうっかりしていたが、お前も5日後は予定をあけておいてくれ」
「あ、はい。今のところ特に予定は立てていませんが、何かあるのですか?」
「うむ、私の就任式と一緒に大賢者マゼルの叙勲式も行われるのでな。一緒に王都に向かうこととなる」
「そうなのですね。わかりま、え? えええぇえええ! と、父様今なんと?」
「うん? 一緒に王都にいくとだな」
「そ、その前です!」
「なんだ叙勲式のことか?」
「それです! え? 叙勲式って、勲章を授かるということですよね!?」
「あっはっは、勿論だとも。当然ではないか」
父様が僕の肩を叩きつつ、豪快に笑った。いや、当然って!
「父様、何かの間違いなのでは? 僕はまだ9歳の子どもですよ?」
「ふむ、確かにこれまでの王国の歴史を見ても10歳にも満たぬものが叙勲されるなど初めてのことだそうだ。流石大賢者マゼルであるな。父は誇りに思うぞ」
「いえ、ですので、流石にそれは、そもそも自分は叙勲されるようなことなど何も……」
僕がそう応えると、父様が、う~む、と唸り。
「なるほど、流石大賢者ともなるとあれだけの偉業にも実感がわかないものなのだな」
「い、偉業ですか?」
「そうだぞマゼル。既に大賢者マゼルの名は陛下の耳にまで届いておる」
「そ、そうだったのですか……」
「何せ大賢者トンネルの開通に、公国の姫を救った件。更に下手したら王国に危機を招きかねなかった混蟲族を打倒し、スメナイ山地の開拓にも一役かっている。更に言えばゴブリンの大軍を相手取りほぼ1人で殲滅してみせたのだ。何もない方が不自然なぐらいだぞ」
な、何か改めてこれまでの行為を列挙されると結構なことをしてきたかもという気も……。
「それにこれは直接大賢者マゼルが手を下したわけではないが、ガーランド将軍の謀略が露見したのは大賢者マゼルの力も大きいとも評価されている。そういった事も加味した結果、叙爵や領地を与えることも考えられたそうだが、大賢者とは言え年齢的にはまだまだ幼く、あまり過大な評価を行うと余計な敵を作りかねないと危惧されたのもあり、叙勲という形で落ち着いたのだ」
いや、もう叙勲だけでもお腹いっぱいです。僕には色々と荷が重すぎます!
「あ、あの、辞退は……」
「ん?」
「あ、いえ何でも無いです」
父様が聞き間違いかな? みたいな顔をしたのでそれ以上はやめました。
冷静に考えてみたら国王からの叙勲だし、今更辞退できるわけないもんね……でもまさか僕まで城に行くことになるなんて、前世では経験ないわけじゃないけど、元々そういう場所ってあまり得意じゃないんだよね。
うぅ、今から何か凄い緊張するよ――




