第62話 魔力0の大賢者、アラクネと戦う
前回のあらすじ
抜け道の奥にアラクネがいた。
ブラックウィドウの群れをみんなに任せて、僕は地上への出口付近で鎮座していたアラクネと相対していた。アラクネは蜘蛛の下半身と妖艶な女性の上半身が合わさったような魔物で人語を介す事ができる。
正直上半身は裸なので目のやり場に困る魔物でもあるけど……大きいし。大事なところは長い髪の毛で隠れているのが救いだ。
「質問なんだけど、君は混蟲族と何か関係あるの?」
「混蟲族? もしかして私と契約していた人間どもののことかい?」
契約していたということは、やっぱりあの蟲使いの従魔として従っていたのかな?
う~ん、でもそのわりに、何か妙に自由な雰囲気があるよね。
「うん、そうそれが混蟲族だと思うけど、契約ということはやっぱり君はあの一族に従っていたんだね」
「従う? は、馬鹿言ってんじゃないよ。私が人間に従うなんてそんなくだらないこと二度と言うんじゃないよ! 殺したくなるからね!」
「ごめんなさい」
「……やけに素直じゃないか」
うん、僕は素直に頭を下げた。こういう時は子どもらしさを出したほうがいいかなと思ってのことさ。
「全く調子狂うね。とにかく私はあの連中がここを通る許可を出してやっただけさ。そうすれば新鮮な死体を貢物としてよこすっていうからね。暫く人間も来てなかったしちょうどいいと思ったのさ」
この山地はあまりに険しくて随分と前に探索は中断され、それからずっと放置されていたようだ。それでも時折、腕に覚えのある冒険者がチャレンジしたらしいけど帰ってきたものは一人としていなかったらしい。多分そういった冒険者はこのアラクネか、もっと強力な魔物や魔獣の手にかかったかもしれない。
だからってそれで許せないとかそんな感情はわかないけどね。冒険者だってその覚悟で望んでいるわけだし。とはいえ、そんな挑戦者も年月とともに減っていったのだから、暫く人間が来ていなかったというのはうなずける。
その後の彼女の言う餌に関しては混蟲族が手にかけた相手の遺体なんかが差し出されたんだろうな。あいつらからしてみれば遺体を処理してくれるのは逆にありがたかったのかもしれないし。
「ただ、最近あの連中からの貢物の質が落ちていたからねぇ。妙に生意気な態度を取ったりしていたからそろそろ見せしめに何人かやってやろうかと思った時にあんたみたいな新鮮な餌が転がり込んだのさ。ふふ、連中も判ってるじゃないか」
「それは誤解だよ。今の話で考えると多分君はもう必要ないと思われていたんじゃないかな。そう考えると危なかったかもね。もし君があの連中に手を出していたら返り討ちにあっていただろうし」
「……お前、何を言っている?」
アラクネは小首を傾げていた。どうやら自分の強さに絶対の自信があるみたいだね。それもわからなくもないし、あの長の実験にされた蟲人でも単体ならとても敵わないだろうな。
アラクネはかなり強い。だから混蟲族の連中も最初は戦いを避けるために条件を提示してこの穴を通る権利を得た。
これにはじつはただこの場所を通れるということ以外にも大きな利点があった。アラクネがこの場所を守っていれば、例えこの抜け道を見つけてやってくるものが現れても彼女が勝手に処理してくれるからだ。
だから定期的に餌、ようは混蟲族が始末した人間の遺体を代償として渡していた。
だけど、あの長のことだ。次第にそれも面倒になったのだろう。研究に成果が現れたというのも大きいのかも知れないし、アラクネも研究の材料としてみていたのかもしれない。
どちらにせよ、もう彼女の守りも必要ないと考え、敢えて渡す遺体の質も落とし、怒るよう仕向けたのかも知れない。なぜそんな回りくどい事をとは思うけど蟲と共に生きた混蟲族特有の何かがあったのかもしれないね。
まぁ、どっちにしろ……。
「でも安心して。もう混蟲族の連中は倒したから。もう裏切られる心配もないよ」
「……なぜお前にそれが判るんだい? それに裏切られるって何の話だい?」
「僕が全部倒したから。裏切られると思ったのは、混蟲族が生み出した蟲人という生物の中に君より強いのがいたからだね」
それに単体ならともかく蟲人に束となってかかってこられると分が悪いだろうし。
「随分と面白い話だねぇ。私より強い相手が混蟲族とやらの中にいて、しかもそれをお前が倒したというのかい。まるで私がお前に命を救われたみたいじゃないか」
「期せずしてだけど、そういうことになるのかな……? あ、でも僕は特に何も要求する気はないよ。ただ一つお願いがあるんだ」
「お願いだって?」
「そう。今後ここを僕が暮らしている領地の人が通ると思うんだけど襲わないでほしいんだ。出来れば人間を食べたりするのもやめてもらえると助かるんだけど……」
「……それを、私が聞くと思っているのかい?」
「話し合う余地はあると思った。だって人の言葉がわかるぐらい賢いなら、それも可能かなって。それに、甘いと思うかも知れないけど、僕、出来れば女の人は傷つけたくないんだ」
「……は?」
「あ、生意気に思ったならごめんね。でも、やっぱり今の僕は領主である父様の息子だから、領民に危害が出るとなると倒さざるを得ないかも知れないし。だから出来れば、うわッ!」
「チッ、外したか」
参ったな。何か急に前脚の爪で攻撃してきたよ。話している途中だったんだけど……あ、でも何か青筋が浮かんでピクピク波打ってるね。
「急に攻撃してくるなんて酷いなぁ~」
「お前、いい加減にしなよ。黙って聞いていれば調子に乗りすぎだね。大体なんだい今のは? まるでこの私があんたより弱いみたいな言いぐさじゃないのさ」
「え~と、うん、そう思ってる。あ、でも勘違いしないで。僕が特別強いというわけじゃないんだ。僕なんか魔法も使えないし、もっと凄い魔法使いは一杯いると思う。だから、そういう人間が動き出す前にこの機会に、わ!」
また、爪で攻撃してきたよ! 参ったなぁ。
「くっ、なるほどね。言うだけあって避けるのだけは上手いねぇ。だけど、私はこれまで生きてきてここまで虚仮にされたのは初めてだよ!」
「え! いや、そんなつもりはなかったんだけど……出来れば君と話し合いで解決できれば無駄に怪我をさせないで済むなって――」
「それを舐めてるっていうんだよ!」
本当に参ったな。何故か更に怒りが増した気がするよ。
「大体傷つけたくない傷つけたくないって、どれだけ私を舐めてるんだい! 冗談じゃないよ! そこまでいうなら力で私を納得させてみるがいいさ。それが出来たら考えてやるよ!」
「え? 本当? じゃあ僕が勝ったら納得してくれる?」
「ふん、もしそれが出来たら納得どころかいくらでもお前のいいなりになってやるよ!」
「いいなりじゃなくてもいいんだけど、じゃあ勝ったら人は襲わないってことで」
「は! もう勝った気でいるのかい! 本当に生意気だよ。少し愉しんでから食おうと思ったけど、もういい! とっとと喰らってやるよ!」
え~と、楽しんでというのがちょっとよくわからないけど、でも、うん、やっぱりそこまで話のわからない魔物じゃなさそうだね。思ったとおりだ。
よし、それじゃあしっかり納得できるよう――やらせてもらおうかな。
◇◆◇
sideアラクネ
ここ最近、まともな餌にありつけていなかった。あの連中ときたら巣から蟻どもを連れて行っちまうし、このところ人間の死体の質も悪くなっていた。
ちょっと前までは新鮮な死体だった癖にここのところは一体死んでからどれぐらい経ってるのかもわからない物を平気で置いていく始末だ。中にはアンデッド化するのもあらわれるしね。
アンデッド化した人間はひどく不味い。これなら今までどおり適当な魔物を狩って食べてた方がマシだ。
いい加減我慢の限界だし、文句の一つでも言ってやろうと思っていた。なんならあいつらの何人かを餌にしたっていい。そう思っていたらふと新鮮な人間の気配が大量に近づいてきているのを感じた。
そしたら現金なもので私より早く勝手に周りをウロチョロしていたブラックウィドウが動き出して、私も動こうかなと思っていたんだけどね。
そこへ妙な子どもがやってきた。私からすれば飛んで火に入る夏の虫といったところだったけどこいつ、言うに事欠いて私はあの連中に殺されるところだったなんていいだした。
その上、妙に自分に自信があるやつで、私よりも強いから傷つけたくないやら、もう人間を襲うなとか偉そうなことをいい出したのさ。
全く、最初は中々可愛らしい顔だし、食べる前に遊んでやろうと思ったけど、カッとなって強めに攻撃してしまった。
だけどこいつ、妙にすばしっこい奴で私の攻撃が当たらない。まだ本気は出してなかったけど、自信があるだけあって身のこなしは中々のものだったようだ。
だけど、それが余計に腹がたった。この程度で私を倒せるなんていいだす傲慢さにね。
こいつはまだ寝言を言い出すから、つい私に勝てたら言いなりになってやるなんて口にしてしまったけどね。まぁ関係ない。素早い動きなんて私の毒や糸でどうとでもなる。
とくに私の糸は網状にして放てばこの洞窟なら逃げ場がないぐらいに広がって相手を捕らえるからね。多少動きがすばやくても関係ないのさ。
なんなら毒の魔法や闇の魔法だってそれなりに自信がある。そんじゃそこらの蟲と一緒にされたくないのさ。そういう意味では私を賢いと見抜いたことだけは評価してやってもいいかもね。
さて、それじゃあそろそろ決めようか。そう思った時、こいつ、私の正面で動きを止め、腕を突き出して手を広げ始めた。
何のつもりだい? まぁいい。動きを止めたなら好都合だ。このまま糸で。
「――ハッ!」
なんだい、急にそんな声を上げて、て、あれ? な、なんだいこの重い衝撃、それに、何か眼の前が真っ暗に、あれ?
◇◆◇
sideマゼル
「……ハッ!」
「あ、気がついた? 良かった~」
「……お前、これは一体?」
「あ、まだ少し動けないと思うけど安心してね。傷はつけてないから。ただ、実感できるようダメージだけは浅めに残しているんだゴメンね」
あの後、僕は掌からの衝撃でアラクネを気絶させた。地面を強く踏み込むことで予備動作なしでも相手にダメージを与えられる。コツはいるけどね。
通破拳みたいなものだけど、手は握らず掌底にすることで衝撃は面で伝わる。こうすることでダメージはそこまで深刻なことにはならない。外傷もなくせるから単純に相手を無効化したい時に使える。
「……ふぅ、どうやら私は負けたようだね」
「うん、僕の勝ちだよ。これで、約束は守ってもらえるかな?」
一応念の為確認する。一度言ったことを反故にするタイプには見えないけどね。
「……ねぇ、名前聞いていいかい? 従うにしても名前ぐらいは知っておきたい」
「あ、うん。ごめんね名前も言って無くて失礼だったね。僕マゼルと言うんだ」
なんて、普通に答えたけど、何か今、彼女妙なことを口にしていたような?
「ふ~ん、マゼルねぇ。て、マゼル!? マゼルってあの大賢者マゼルかい!」
アラクネがガバっと立ち上がって驚きの声を上げたよ。どうやら回復したようだけど、え~と、もしかして知ってる?
「お、驚いたねぇ。確か歳でいえば100年や200年じゃきかないぐらいの筈だけど見た目はまるで子どもじゃないか。人間ってのは普通もっとあっさり死ぬし、それに見た目も年を重ねるとこう、骨と皮ばかりになっていくもんじゃないのかい?」
あ、そうか。彼女は前世の僕だと思っているんだね。う~ん、どうしようかな。でも、ここは無難に。
「え~と、それは多分昔の大賢者マゼルだね。僕はその名前にちなんでつけられて、それで不本意だけど大賢者と呼ばれていたりもするんだ」
「うん? つまり別人ってことかい? もしかして子孫って奴なのかい? 人間というのはやたらすぐ死ぬけど、子どもだけは沢山産むからねぇ」
いえ違います。何より僕は僕だし、それに養子以外で僕に子どもなんて出来ませんでしたから! 彼女だって200年で一人も出来ませんでしたから!
「ど、どうしたんだい? 暗い顔して」
「いや、ちょっと嫌なことを思い出しただけで……とにかく、子孫とは違うので」
「ふ~ん、でも大賢者マゼルを名乗っているということは当然かなりの魔法の使い手ってことなんだろうね。どうりで私もこんなにあっさり負けるわけだ。前のマゼルのことも噂には聞いていたけど、今のマゼルの魔法も何されたか全くわからなかったからねぇ」
それ、魔法じゃないんだけどなぁ……やっぱり勘違いされちゃうんだなぁ。
「なるほどね。最初は何を寝言言ってるのかと思ったけど、それならあの連中を倒したというのも納得かな」
「あの、それで約束は……?」
「うん? あぁ勿論さ。約束通り、私は今後あんた、いや主たるマゼル様に従うよ。だから今後ともよろしくね」
アラクネはそう言って僕にウィンクしてきた。うん、これで約束どおり……て。
「え、えぇえええぇえええぇえ!?」




