第110話 魔力0の大賢者、完璧に認められる
「いい試合だった。流石大賢者だ、噂に類わぬ、華麗かつ麗しく高貴なる魔法の数々を堪能させてもらったぞ」
魔法戦後、王子が僕を随分と讃えてくれた。本当は魔法じゃないんだけど、もう今さら言える状況でもないね。
「殿下、怪我の治療を……」
「うん?」
すると執事さんがやってきて王子の体を心配した。風で飛ばした後、王子はすぐに起き上がっていたから安堵はしたけど、良く見ると細かい傷はついてしまっている。
これは、やっぱり謝っておいた方がいいよね……。
「陛下、王子に傷をつけてしまい申し訳ありません」
「うん? はっは、そんなこと一々気にするでない。先にも言っておいた通り、なんなら骨の1、2本折ってくれても構わなかったのだからな」
「いや、流石にそれは……」
「ふっ、確かに大賢者のような伝説級の存在による魔法で腕を折ったなら、むしろ箔が付いてよかったかもしれない」
「で、殿下何をおっしゃりますか!」
「ふむ、それでこそ我が息子だ」
「陛下まで!?」
「あらあら、やっぱり似たもの親子ねぇ~」
な、なにか凄い会話をしているね。執事さんだけが慌てふためいているよ。もしかしたらこの執事さん、普段から結構苦労しているのかもしれない。
「とにかく、怪我の治療はして頂きましょう。治療師を呼んでまいりますので」
「……それなら、マゼルが治してみては?」
「――はい?」
アイラの提案に執事さんが驚いたような信じられないようなそんな声を上げた。
「……マゼルなら治療魔法もきっと余裕」
「はい! お兄様の治療魔法は天下一です!」
「なんと! 大賢者ともなれば本当に万能なのだな。ふっ、世の中にこの僕以上に完璧で美しい存在がいたとは、世界は広いものだな」
「そうだヘンリー! それが世界というものだ! お前はこれまで自分こそが完璧と思いこんでいたようだが、それが間違っていることにようやく気がついたようだな」
何か陛下がうんうんっと頷いて、ありがとう大賢者、なんてお礼まで言われちゃったよ。僕にはそんなつもりもなかったのだけど……。
で、結局僕が魔法で王子を回復させるって話になっちゃった。断れる雰囲気じゃないし……でも、本当にいいのかな? これ、反って失礼じゃないのかな?
でも皆の期待に満ちた視線が痛い。し、しかたないかな、だから僕は王子に向けて汗を振りまいた。出来るだけ失礼にあたらないよい回復に必要な成分以外は抜いておいたけどね。
「こ、これはなんという美しい光だ……」
「うむ、きっと大賢者の神聖な魔力が齎す光だな」
いえ陛下、実はそれ、僕の汗が反射して光ってるだけなのです……。
「ま、まさかこれはあの伝説とされる神聖魔法のディアグランドですか!」
違います汗です。ごめんなさい執事さん、何か凄く気づいた感じだしてますが、本当僕の汗なんです。
「ほう、ドナルド知っているのか?」
「はっ、王家に使える身であるが故、多少なりとも魔法についての知識があるもので」
「流石王家に使える執事でありますな。その目は確かな模様です」
「いえ、それほどでは」
「ふむ、確かにドナルドはうちの自慢の執事であるからな」
「なんと勿体なきお言葉!」
父様が感服し、更に陛下からも評価されて執事のドナルドさんが感動しているよ。うん、もう絶対、実はそれ魔法じゃないんですとは言えない流れだよね!
「しかし大した魔法だね。それほどの傷ではなかったとは言え一瞬にして傷が消え、おまけに活力も漲ってきたよ」
「……流石マゼル、怪我だけじゃなくて体力も回復する」
「お兄様の魔法は滋養強壮の効果も高いのです!」
「ありえます! 流石大賢者なのです」
「ちゅ~ちゅ~♪」
「全くあたしも回復してもらいたいものだね。ちょっと酔いがまだ残ってるし」
何かヘンリー王子が高笑いしながら体力が戻ったことをポーズをとってアピールしだしてしまった。皆からもやたら持ち上げられて姫様も何か目をキラキラさせているしファンファンもアリエルの肩の上でバンザイするような姿勢で飛び跳ねてる。器用だね。そしてアネはうん、しっかり休んでね。
「ふふっ、大賢者マゼル。何から何まで素晴らしい魔法を見せてもらった。これは3年後が楽しみになってきたよ」
ヘンリー王子が僕に近づいてきて両手を広げながらそんなことを口にした。3年後?
「殿下、失礼ですが3年後に何かありましたでしょうか?」
「はっは、決まっているじゃないか。大賢者は……ふむ、少し堅苦しいかなマゼルと呼んでも?」
「はい、勿論構いません殿下」
「それなら今後僕のこともヘンリーと呼んでくれ」
「え、いやしかし」
「勿論、マゼルが私を友と認めてくれたならば、だけど」
流石に僕から名前で呼ぶのは失礼かなと思ったのだけど、ヘンリー王子がそう言って二ヤリと笑った。
う、そう言われてしまうと、断るのも失礼な話になってしまう。
「大賢者マゼルよ。こやつについては好きに呼んでくれて構わぬぞ」
う~ん陛下からもこう言われたらね。
「わかりました。では今後はそう呼ばせていただきます」
「ふふ、これでこの世界で二番目に完璧な僕に、素晴らしい友が出来たよ」
「え? 二番目?」
「一番は君だよマゼル」
どこからともなく取り出された薔薇を僕に向けながらいい笑顔を見せられてしまった。さ、流石に過大評価だと思うのだけど……。
「さて、話の続きだったね。マゼルは3年後には12歳だろう?」
「はい、確かにそうです」
「つまり、形式的には僕の後輩として魔法学園に入学してくるということだね。僕は来年入学予定なのだから」
どことなく嬉しそうにヘンリーが言っているけど……そうか。魔法学園は12歳から入ることが出来るんだったね。
ただ、魔法学園は必ずしも入らなければいけないというものでもないから、僕はあまり考えていなかったんだけど。
「……魔法学園――」
「殿下は来年からでしたか」
「ふむ、そういえば今は姿が見えないが、リカルドは知っておるだろう? 今回来たのは……弟についての謝罪もあったのだが、ヘンリーに入学を勧めてきたのもあってな」
陛下が問うように言った。リカルド、あの男か。確か学園の理事長だったよね。なるほど、優秀な魔法の使い手がいた場合は直接声を掛けたりしてるんだね。
「ふふ、勿論マゼルもあの理事長という男から声
を掛けられたのだろう? 二番目に完璧な僕に話が来たのだから、一番完璧なマゼルにこないわけがない」
「あ、いえ僕は特には……」
「何……? 声が掛かってないのかい?」
ヘンリーが怪訝そうに口にした。だけど実際そういったことは言われてないし、声は掛けられたけどね。
でもあれはどちらかというと僕を蔑んでいたような、そんな雰囲気だったしね。
「ふむ……ローランよ、リカルドからはお主にも声が掛かっていないのか?」
「は、出会う機会はありましたが、そのような申し出は受けておりません」
そうだね。確かに父様もあのリカルドと言葉を交わしたけど、そんな様子はなかったし、あまり好意的ではなかった。
「……でも、確かにマゼルに声が掛からないのはおかしい」
「ふむ、ですが大賢者マゼルにはまだ時間がありますからな」
「確かに、あと3年あるわけですからね」
アザーズ様とライス様が思いついたように口にした。確かにまだ時間はあるけど、あの様子だと僕に声をかける気は先ずないだろうね。
それに、僕が魔力0で魔法が使えないのは事実だし、そう考えたら流石に魔法学園に入学するのも他の人に申し訳ない気がするよ。
「なるほど、そういうことか。でも安心するといい。何せ僕よりも完璧なマゼルなのだからね。恐らく直接領地に出向いてお願いされると思うよ」
白い歯を覗かせながら、ヘンリーは確信したように言ってくる。そのうえで、改めて僕の入学を待っていると口にし。
「勿論学園では先輩後輩という間柄にはなってしまうけど、マゼルはそんなことは気にしなくていい。僕と君は友! なのだから、ズキューン!」
な、何故か最後に打たれてしまった。
う~ん、それにしても完全に僕が魔法学園に入学するかのような流れで話が進んでしまったよ。
「……しかし、直接会っておきながら全くその話に触れないとはな……」
そこまで話したところで、もうすぐ朝食の支度が整うという話が来たので一旦お開きとなった。
いつの間にかそんな時間になっていたんだね。でも、陛下は何か少し難しい顔をしていた。やっぱり国王ともなれば色々と考えることも多いのだろうな――




