神託の代償
「ディアナは女神の神託の実行者だ。それは何にも勝る大事な役目。だからたとえウィクトル帝国の皇后となっても、神託を完遂するまではきちんと役目を果たすべきだ!」
「セルシウス、やめろ」
セルシウスの言葉をルクスが遮ろうとする。
「兄様は黙ってて」
「そういうわけにはいかないだろう」
兄弟が揉める様をユージンは冷めた目で見た。
「セルシウス殿下、あなたはいったいどのような権限で発言を?」
「申し訳ありません」
凍えるように冷えた声でのユージンの問いかけに焦ったように国王が答える。
今までのやり取りを見ていながらよくそんなことが言えたものだ、ユージンの一言にはそんな気持ちが込められていた。
(セルシウス兄様は自分がユエラン国へ向かわされることを恐れているのね)
国王の第一子で女神様の神託を受け取ることができるマルティナと、王位継承順位第一位の王太子であるルクスと比べれば、ただの第二王子でしかない自分がユエラン国へ行かされる可能性が高いと思ったのだろう。
しかもマルティナには婚約者がいる。
「ああそれと、マレフィクス卿はフォルトゥーナの王族がユエラン国と縁ずくことができればと望んでいるようだな。もちろんそれは双方の合意があって初めて成立することだとは思うが」
「であればマルティナを向かわせることは無理でしょう」
ディアナをユエラン国へ行かせることは難しいと悟ったのか、それともとりあえずこの場を納めてまた方法を考えればよいと思ったのか、国王はここにきて初めてディアナ以外の選択に対して答えた。
「……マレフィクス卿は現時点のことは問題とされていない」
「それはどういう意味でしょう?」
ユージンの返答に国王が疑問の表情を浮かべる。
それと同時に、自分は関係ないと思っていたであろうマルティナが顔を上げた。
「マレフィクス卿は相手に婚約者がいても気にされないということだ。婚約を解消してユエラン国へ行くのであればそれでいいと仰っていた」
「……っな!?」
国王が驚くのを無視してユージンはさらに続ける。
「同様に、現時点で王太子でも問題はない。王太子の座を返上して向かえばいいのだからな。もちろんその辺りのことに私が口を出すつもりはないので、フォルトゥーナの王家で考えていただけばよいだろう」
ユージンの言葉にフォルトゥーナの王女と王子の間に一気に緊張が走った。
「いずれにせよ私がこの場で伝えたいことは二つだ」
ユージンはその場にいる者たち一人一人の顔を見てから続けた。
「女神の神託を完遂させるためにはフォルトゥーナの王族がユエラン国へ行く必要があること。そしてディアナの役目は今この時点ですでに終了しているということだ」
フォルトゥーナの王族からは一言も言葉が出なかった。
「ああ。あと最後に一つ。マレフィクス卿からは期限の無い永続的な滞在を希望されたが、そこは双方の話し合いによって決めることができるようにディアナが交渉した。あなた方はディアナに感謝するんだな」
そう言って、ユージンは話はここまでというように締めくくった。
重い沈黙に支配されたその場を気にも止めずユージンは立ち上がる。
そしてディアナをエスコートして部屋を出ようとしたところで、ディアナは自分が手に持っていた本の存在を思い出した。
「お父様、お母様、そしてマルティナお姉様、ルクスお兄様にセルシウスお兄様」
もう自分が彼らの名を呼ぶことはないのだろう。
何となくそんなことを考えながら呼びかけた。
そしてディアナからの呼びかけに彼らが顔を上げる。
「王宮の図書館の片隅に、かつてフォルトゥーナからウィクトル帝国へ嫁いだ王女の日記が残されていたのをご存知ですか?」
突然の話題に彼らが疑問を持つのも当然だ。
そして彼らの表情を見るに、誰もその日記の存在を知らないのだろう。
「王女がどういう立場で、何を思って嫁いだのかが書いてありましたわ」
いったんそこで言葉を切ってディアナはさらに続ける。
「そう。王女の産まれも、女神様の神託を託される実行者がどういった者だったのかも、全部」
ちらり、とディアナは自身の背後に控えるアランを見た。
ディアナがこれから何を言おうとしているのか、アランはきっと気づいているに違いない。
「私はこれからウィクトル帝国の皇后として生きていきます」
だからもう、フォルトゥーナの王女ではない。
そして。
「フォルトゥーナの王家は、ルラシオン侯爵家の献身を決して忘れないでください」
侯爵家が何を犠牲にしたのか。
自らの子を差し出し、さらには嫡男である長男を国外に出した。
本来彼らの元にいるはずだった三人の子は今では一人しか残されていない。
すべては『女神の神託』のために。
彼らは王家の責務を代わりに被ったのだから。
「ディアナ、まさかお前は……知っていたのか?」
国王の問いかけにディアナは答えなかった。
その問いに何の意味があるのだろう。
過ぎた時間は取り戻せない。
だからディアナは、何も答えずにユージンにエスコートされるまま部屋を後にした。
ユージンの左腕に添えたディアナの手を一回り大きな右手が包んでいる。
その手の温かさがディアナの心を慰めていた。
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