神託の終わり
執務室に着いたディアナを待っていたのはイーサンとユージンだった。
イーサンの執務室に備えられている応接ソファの一方にイーサンとユージンが、その向かい側にディアナが腰を下ろす。
そして護衛であるカーライルとアランはそれぞれの主人の背後に立った。
(そういえば、イーサン陛下の専属護衛はいないのかしら?)
今までそうと紹介された護衛もいなければ、今日のような大事な場にもカーライル以外の姿が見えない。
「ディアナ嬢、呼び出してすまない」
最初の口火を切ったのはユージンだ。
「いえ。今日は大事なお話があると伺っています」
「その通りだ。今後のことを含めて話し合いたいと思っている」
そう言ったユージンの言葉を受けて、ここで初めてイーサンが口を開いた。
「ディアナ嬢、あなたにウィクトル帝国へ来ていただいてから今日まで、大変な迷惑をかけた。申し訳なかったと思っている」
見たところイーサンの様子は落ち着いている。
今までは視線が合うことさえなかったが、今日はしっかりと目が合っているし、その瞳は澄んでいた。
そしてここで初めてディアナは謝罪を受ける。
「ユージンから今までの私の行いに関して聞いた。正気ではなかったとはいえ、国を治める皇帝としては謝罪するしかない態度だったと思っている」
「正気ではなかったと、思っていらっしゃるのですか?」
ディアナは魅了の香りを使われた本人が何をどう感じていたかはわからない。
「ああ。魅了の香りが解呪されるまで、私はただひたすらフィリア嬢を求める気持ちに振り回されていた。記憶がまったくなかった訳ではないが、膜を通して世界を見ているかのようにどこかしら朧げで曖昧だ」
つまりある程度の記憶はあるが、自身の感情とリンクしていなかったということだろうか。
「とにかくフィリア嬢に愛されたいという気持ちばかりに支配されて、彼女の望むことはすべて叶えなければならない気持ちになっていた。彼女に嫌われることは恐怖を呼び起こすくらい辛いと感じる状態だったように思う」
正しく、洗脳のようなものなのだろう。
「事実としてディアナ嬢を皇后になるための婚約者として迎え入れたことは認識していた。あなたと話した記憶もある。でもそれもまた自分自身のことではない感覚だった」
(記憶は失っていないけれど、感情がフィリア様に対して振り切った状態になっていたということかしら?)
「さらには解呪の処置を受ける直前の辺りは記憶すらない」
たしかに、その頃になるとフィリアが使用する香水の量を増やしていたのかイーサンは錯乱状態になっていたと聞いた。
「ディアナ嬢が手に入れてくれた解呪の香水を使って、やっと今後のことについてまともに話すことができるようになったのが数日前だ」
イーサンの言葉にユージンがさらに付け加える。
「ディアナ嬢、辛い思いばかりをさせてしまったにもかかわらず私を助けてくれたこと、感謝している」
そしてイーサンからは感謝の言葉がかけられた。
「いえ。私が今回ウィクトル帝国へ来た一番の目的は達成されましたので」
そう。
ディアナの目的は女神の神託の実行。
そして今回求めらえていたのはウィクトル帝国乗っ取りの芽を摘むこと。
それはこうしてイーサンが正気を取り戻し、フィリアを捕まえたことで終了したと言えるだろう。
あと残されているのは黒幕であるオルランド公の件だが、これはイーサンとユージンが滞りなく処理するに違いない。
つまり、ディアナに課せられていたものは今この時点で完了したのだ。
自分を好意的に思うもののいない見知らぬ国へ侍女と護衛とたった四人で来なければならなかったこと。
誰にどんな言葉をぶつけられようとも、ただただ祖国のために行動し続けたこと。
さらには今後祖国へ戻ることは叶わないこと。
苦労がなかったとは言わない。
辛くなかったわけでもない。
多くの感情を無理やり自分の心の中に沈めた。
でもそれはイーサンやユージンのせいではなく女神のせいだとディアナは思う。
(だから、私は女神様を信仰しない)
「イーサン陛下の謝罪と感謝の言葉、しっかりと受け取りましたわ」
そう言った後、ディアナはさらに続けた。
「それでは、両国の婚姻を含めて今後どうするのか、相談させていただいても?」
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