捕縛
「魅了の香り? それはいったい何かしら?」
いくぶん顔色が悪くなってはいたが、フィリアは知らぬ存ぜぬとばかりに答えた。
「ご存じないと?」
「ええ」
ディアナとてここでフィリアが素直に認めると思っていた訳ではない。
ただ、もし彼女が自らの罪を告白するのであれば、できる限り手荒な方法は取るまいとは思っていた。
「魅了の香りとはその名の通り、対象となる相手を自分に惹きつける香りのことですわ」
「それが私に何の関係があると?」
「端的に言ってしまえば、その香りを使ってフィリア様が陛下の歓心を買ったのではと言っているのです」
ディアナの指摘にフィリアの頬が赤く染まる。
「ご自分が陛下に興味を持っていただけないからといって私に言いがかりをつけるつもり?」
「滅相もないわ。かねてから申し上げているように、私は陛下に対して特別な興味は持っていませんもの。ただ……」
一旦言葉を切ると、ディアナはフィリアをじっと見つめた。
「帝国の皇帝を操ろうという者がいるのであれば、皇后となる身としては見逃すわけにはいかない、そういうことですわ」
ディアナの視線の先でフィリアの持つティーカップがソーサーに当たってカチャンと音が鳴る。
「ユエラン国のプセマ家は『精神に作用するいかなるものも効かない一族』だとか」
「だから、私はその家とは無関係だと言ったはずだわ!」
フィリアからの抗議の言葉を聞き流してディアナは続けた。
「魅了の香りを操るのにこれ以上うってつけの人材はいないでしょうね」
「言いがかりもいい加減にして!」
声を大にして反論するフィリアは焦っているのかもしれない。
視線は落ち着きなくうろうろとし、口が乾くのか何度も紅茶を飲む。
(思ったよりも簡単に尻尾を出すのね)
今までの自信満々の態度もあって、ディアナはフィリアは策略に長けた相手なのかと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば何のことはない。
ただ単に無知蒙昧なだけだったといえる。
(オルランド公にとっては捨て駒でしかなかったのかもしれない)
「魅了の香りを調合したのはマレフィクス卿でしょう?」
ディアナの問いかけにフィリアが目を見開く。
「なんで……」
(なぜそのことを知っているのか、と言いたいのかしらね)
「なぜって、それはもちろんマレフィクス卿がそうおっしゃったからよ」
そう言うとディアナは数枚の書類を応接テーブルの上に広げた。
どれもマレフィクスとフィリアが結んだ契約に関する内容が書かれている。
そして巧妙なことにそこにはオルランドが関わったとわかるような内容はどこにも記されていない。
この書類だけを見れば、皇帝の歓心を惹き寵姫の座を得るためにフィリアが事を画策したようにみえるだろう。
「陛下の心を操ろうだなんて、大罪ですわ。さらには……」
続けてディアナは数枚の書類を広げた。
それはフィリアがユエラン国のプセマ家の出身であること、そしてウィクトル帝国のアグロス男爵家へ養女として引き取られたことが書かれている。
そしてその事実を消すように指示した書類まで。
「戸籍を偽ることもまた、罪に問われるでしょうね」
そもそも詳しく調べてみたところアグロス男爵家は一代前の当主が爵位の返上を申し出ていた。
そこに目をつけたオルランドがフィリアを養女として引き取る先にしたのだろう。
もちろん、それが簡単にわかるような処理はしていないだろうけれど。
「わ……私は陛下の心を操ってなんかいないわ! それに戸籍だってアグロス家の者よ!」
「……本当の娘であるのなら、そこは『アグロスの娘』と言うところでしょうね」
書類上の親子でしかないから、フィリアの言葉は他人行儀であり無関係な相手に対する冷たさが垣間見える。
「だいたいその書類だってディアナ様の都合の良いように勝手に作ったのでは!?」
椅子から立ち上がりディアナを指差すフィリアに対して、ディアナは落ち着き払って答えた。
「この書類は正式にマレフィクス卿から提出された物。真偽に関しては裁判所が確認済ですわ」
そしてディアナは最後の言葉を告げる。
「言い分があるのであればそれは騎士団の取り調べの際におっしゃることね」
ディアナの言葉を区切りに部屋の隅で待機していた近衛騎士たちがフィリアを捕縛する。
彼らは貴人の護衛に従事する者たちとは違って貴族が罪を犯した際に対応する者たちだ。
「何するのよ! こんな事をして、陛下が黙ってないわよ!!」
喚くのを意に介さず彼らはフィリアを連行していった。
騒がしい声が遠ざかるのを聞きながら、ディアナは小さなため息をつく。
(これで、陛下のそばからフィリア様を排除することができた)
次の段階はイーサンの魅了を解くこと。
まだまだやらなければならないことは山積みだった。
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