王女の真実
ディアナとアランは特別な関係ではない。
それはディアナにしてみれば当たり前の事実ではあるが、はたから見たら二人の距離の近さは誤解を招く可能性があるのかもしれない。
ユージンに問われて初めてディアナはそのことに思い至った。
「私とアランが特別な関係だとしたら倫理的に問題ですわね」
そう言って、ディアナはちらりとアランを振り返る。
「その通りです。あり得ない話です」
そしてアランもまた完全に否定した。
「『あり得ない』……ですか。しかし口ではどうとでも言えるでしょう? 皇帝の婚約者のスキャンダルなど大問題です」
そう答えたユージンはいまだ疑いの眼差しだ。
「いえ。そういう意味での倫理的問題ではありませんわ」
「……? ではどういう意味で?」
眉間に皺を寄せたまま問いかけるユージンにディアナはさらりと答えた。
「私とアランは兄妹なので」
「…………え?」
(驚くと人は言葉を失うというけれど、本当ね)
ユージンもカーライルも日頃から自分の心情を顔に出さないようにしているだろう。
ポーカーフェイスは貴族社会を上手く渡っていくためには必須のテクニックだ。
そうやって感情を隠すことに長けた二人の驚きの顔というのはかなり珍しい。
「兄妹……ですか?」
「ええ、そうですわ」
「ディアナ嬢とアラン殿が?」
「はい。ですので私とアランがそういう意味での特別な関係になることはあり得ません」
そこでいったん言葉を切り、ディアナはさらに続けた。
「もしそうなってしまったら、それこそ倫理的に問題でしょう?」
つまり、ディアナとユージンではアランに対する認識が根本的な部分で違うのだ。
「まぁ、そのような誤解を生むとはまったく思っていなかった私にも落ち度はあるのでしょう。これからは気をつけますわ」
そう言ってあっさりと話題を切り上げようとしたディアナにユージンが問いかける。
「アラン殿はたしかルラシオン侯爵家の嫡男だと記憶していますが?」
「ええ」
「ということは、ディアナ嬢は本来であればルラシオン侯爵家のご令嬢だったと?」
「そうです。そしてルラシオン侯爵夫人はフォルトゥーナ国王の妹になりますわ」
奇しくもウィクトル帝国へ嫁いできたかつての皇后と同様、ディアナもまた現フォルトゥーナ国王の姪、つまり次代の国王陛下の従兄妹になる。
(そう。ルクスお兄さまが王位を継げばそうなる。もちろんセルシウスお兄さまが継いでも同様だけれど)
フォルトゥーナの国民は争いを好まない。
当然女神の愛し子である王族も揉めることはないだろう。
だから遠からず王位は第一王子のルクスが継ぐことになるはずだ。
「ただし、以前お伝えした通り産まれてすぐに王家に引き取られていますので、どんなに調べても戸籍上はフォルトゥーナの第三王女としか出てきませんわ」
「もちろんそのことは理解しています」
そう答えながらもユージンはいまだ混乱の最中にいるかのようだ。
「侯爵家の嫡男が家を継ぐことなく王女の専属護衛を務めているというのを不思議に思っていたのですが……」
ユージンの疑問にもディアナは隠すことなく答える。
「……アランは私のために侯爵位を捨てたのです」
「いいえ。専属護衛になったのは私自身の意思ですから」
そしてディアナの言葉をすぐにアランは否定した。
王族の言葉を臣下がすぐさま否定するのは不敬に当たるが、もちろんそれを咎める者はここにはいない。
「ルラシオン家は弟が継ぎますので何の問題もございません」
(それは、アランがずっと私のそばにいてくれると約束したから)
自分の出自を知り愛し子の秘密を知った時、ディアナの心は荒波に揉まれる小舟のように荒れた。
もちろんそれを態度に出すようなことはしなかったけれど。
だからきっと王族の兄姉は知らないだろう。
揉まれて壊れゆくディアナの心に唯一気づいたのがアランだった。
アランは父親であるルラシオン公爵から聞いて愛し子の真実をすでに知っていた。
知った上でディアナの遊び相手として登城していたのだから。
(アランは私の心を守るために、侯爵位を捨ててずっとそばにいると言ってくれた)
もちろんそれが可能だったのはその時すでに弟が産まれていたからだろう。
ルラシオン公は嫡男が弟に跡を譲ることは認めたが、家名を捨てることは許さなかった。
だから彼は今でもアラン・ルラシオンのままだ。
そしてあの時、ユージンが部屋の扉をノックしなければディアナはきっと呼んでいたに違いない。
かつて二人だけの時に許された呼び方で。
『お兄さま』と。
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