皇弟と王弟
「急な謁見申し込みにもかかわらず快諾していただきありがとうございます」
王宮の中にある応接室の一室でユージンはマレフィクスと相対していた。
今日もマレフィクスは黒い立ち襟の上衣に黒色のスラックスといった軽装だ。
ユエラン国特有の衣装は王宮内では目立つだろう。
(やはり何を考えているのか読めない相手だな)
マレフィクスの東雲色の瞳を見返しながらユージンは思う。
「至急相談したいことがあると聞いているが、いったい何だろうか?」
悠長に世間話をするような間柄ではないこともあり、ユージンはさっそく本題に入る。
もちろん、腹の底の読めない相手と長々と話したいわけではないというのも正直なところだった。
「ユージン殿下は案外率直な物言いをされるのですね」
「マレフィクス卿相手に周りくどい言い方をしても仕方ないと思うが?」
ユージンの返答をどう思ったのか、マレフィクスはうっすらと笑った。
「たしかにそうですね。我々は友好を温めるような関係ではないですから」
そう言って応接テーブルの上のティーカップを手に取るとゆっくりと傾ける。
一瞬間を取るように紅茶で喉を潤し、マレフィクスはおもむろに切り出した。
「今帝国で起こっている困りごとを知っていると言ったらどうしますか?」
「困りごと?」
「ええ。主に各公爵領内のトラブルに関することで」
(今までの経緯から考えてマレフィクス卿が知っていてもおかしくはないが、なぜ今その話をしにきたのか)
「何のことか分かりかねますが……。マレフィクス卿には何か心当たりがあるとでも?」
相手の様子をうかがうためにユージンはあえて知らないふりをして答えるが、マレフィクスはそれすらも予想通りとでもいうような顔をしている。
ゆったりと椅子に腰掛け、ユージンの出方を見ながらも主導権は渡さない、そんな思惑が透けてみえた。
「ここで腹の探り合いをしても仕方ないですね。今日の目的はユージン殿下にこれをお渡ししようと思いまして」
そう言うとマレフィクスは数枚の書類をテーブルの上に置く。
「確認しても?」
「もちろんです」
一言断るとユージンは書類を手に取った。
そして黙って内容に目を通していく。
「…………!?」
(これは……)
「マレフィクス卿、今この書類を私に見せる目的は何でしょう?」
「愛し子のため、ですね」
「愛し子の?」
「ユージン殿下もおそらくお気づきかと思いますが、私は女神の愛し子をそれはそれは大切に思っているのです」
言外に、ユージンがマレフィクスに対して警戒し探りを入れていることを知っている、と匂わせてきた。
「ですので、愛し子を害すと言うのであればその芽を摘まなければならない」
「しかしこの書類を見る限り、あなたもこのことに加担している」
「誤解しないでいただきたい。私は公と取り引きをしましたが、それは愛し子に害が及ばないことが大前提」
「つまり?」
「前提が崩されれば私が公にくみする必要はないということです。もっと言えば、公が愛し子を害するのなら排除するのみ」
「ということは、現時点で愛し子が何かしらの理由で被害を受ける可能性があるということだろうか?」
「そう思っていただければいいかと」
(この場合の愛し子は当然ディアナ嬢のことだろう。彼女に危機が迫っているのであればすぐにでも手を打たなければならない)
そう考えながらも、ユージンの中でもう一つの疑問が頭をもたげる。
(しかし、マレフィクス卿はなぜ最初の段階で公と手を組んだのだろうか)
「マレフィクス卿のおっしゃることはわかりましたが、であればそもそもなぜ協力しようとしたのでしょうか?」
ユージンの問いにマレフィクスは答えかけた口を閉じた。
そして少しの逡巡後、再び口を開く。
「女神の愛し子は基本的にフォルトゥーナから出ることはありません。かといってフォルトゥーナ国内で交流を持つのもまた難しい。であればどうすればいいか」
マレフィクスの言いたいことを、ユージンはすぐに理解した。
「愛し子が自ら国を出るように仕向ければいいと?」
「そうです」
ユージンの答えにマレフィクスが頷く。
「過去の文献を見る限り、愛し子が国を出る時は必ず他の国で危機的状況に陥るような事態が起こっている」
(そういった状況がないのであれば、自分で作ってしまえばいいということか)
「だから、呪具の取り引きに合意をしたと、そういうことで?」
「書類の通りに」
ユージンの問いにマレフィクスは微笑んだまま答えない。
「そこにあるように取り引きはユエラン国内で行っています。その後呪具は公の手でウィクトル帝国内に持ち込まれている。私を罪に問うのは難しいでしょうね」
(たしかに、ウィクトル帝国では違法であってもユエラン国内では合法ならば罪に問えない)
「ならばもう一つうかがいたい」
「何でしょう?」
「特殊な香水に心当たりは?」
ユージンの問いかけにマレフィクスの眉がピクリと動いた。
(そもそも呪具よりも前に香水が使われている。マレフィクス卿が呪具に関わっているというのであれば、香水についても同様だろう)
「それは……今ここでは何も申し上げられません」
「なぜ?」
「理由はいずれわかるかと」
(手の内をすべて見せる気はないということか。香水よりも先に呪具に関して持ちかけてきた理由がきっとあるはずなのだが……)
「なんにせよまずはそちらを利用した方が良いのではないでしょうか?」
「それはたしかにそうだが……」
答えながらユージンは書類を見やる。
その書類……マレフィクスとの間に結ばれた契約書に書かれている名前、そして印章は見慣れた物だ。
『メルクス・オルランド』
東の公爵の、名前だった。
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