王弟と愛し子
「不勉強でお恥ずかしいところですが、私はユエラン国に詳しくありませんの。よろしければどんな国なのかおうかがいしても?」
まずは手頃な話題から、という訳ではないが、実際にディアナはユエラン国についてあまり知らない。
先日王宮図書館で借りた本に書いてあった内容くらいだ。
そもそも信仰が相容れない関係で祖国フォルトゥーナにはユエランの情報がほとんどなかったせいもある。
「いえいえ。知りたいと思っていただけただけでも嬉しく思います」
そう言って、マレフィクスは思案するかのように一度言葉を切った。
「フォルトゥーナ国とはつき合いがありませんのでご存知ないのは当然ですが、そうですね……我が国の一番の強みは薬草や薬品に関する知識でしょうか」
「そのことに関しては存じておりますわ。東のオルランド公爵家とは主に薬の取引をされているとか」
ディアナの返答に、マレフィクスはニコリと微笑む。
「ええ、そうです。オルランド家は我が国にとって良き取引相手です」
「今回の来国はオルランド家の関係で?」
「事業提携の話があるので、そのために少し前からお世話になっていますね」
「しかし、オルランド公爵領から帝都まではそれなりに距離がありますでしょう? わざわざ今回の舞踏会へ参加されなくとも、数ヶ月後には結婚式で正式にご
招待しますのに」
もちろん招待状の宛先はユエラン国の国王宛になるから、実際は誰が参加することになるのかはわからないけれど。
「そうですね……ただ、待ちきれなかったのです」
「待ちきれない?」
「ええ。すぐそばに女神の愛し子がいるのだと思ったら、居ても立っても居られなかったのです。国を跨ぐことを考えれば、公爵領から帝都への距離など些細なものでしょう?」
(どういう意味かしら? この前も思ったけれど、マレフィクス卿にそこまで気持ちを向けられる理由がわからないわ)
しかも、マレフィクスはディアナに会いたかったとは言っていない。
あくまでも『女神の愛し子』に対しての気持ちだ。
「ふふ……ディアナ様が私の気持ちを理解できないのは仕方のないことかと。好きになる方は熱烈に想っていても、想われている方は気づかないなんてよくあることですからね」
ディアナの困惑した表情をどうとらえたのか、マレフィクスがそう言った。
「お戯れを。マレフィクス卿の今のお言葉は誤解を招きますわ」
今二人の周りにはディアナの専属護衛であるアラン以外誰もいない。
他の人に聞かれることはないとはいえ、マレフィクスの言葉はイーサンの婚約者であるディアナに向けるには不適切だった。
「ああ、失礼しました。ディアナ様と話せるのが嬉しくてつい」
(言葉では明らかな好意を向けられているはずなのに、これ程までに気持ちが感じられないのも珍しいわね)
マレフィクスは終始一貫してディアナに対して好意的な態度を示している。
しかしディアナにしてみれば『自分ではない誰かに向けられた』好意に感じられて仕方なかった。
「そういえば、ユエラン国の特産品に香水はあるのでしょうか?」
あえてマレフィクスの好意には触れず半ば強引にディアナは話題を変えた。
そして変えた話題は聞きたかったことでもある。
「香水……ですか?」
「ええ。フィリア様がユエラン国の香水を愛用されていると伺ったものですから」
もちろん、フィリアからそんな話は聞いていない。
そもそも親しくもないのだから当たり前ではあるが、そんなことはおくびにも出さずに続けた。
「良い物であれば私も気になりますわ」
「そうですね……」
問いかけてはいるものの、ディアナだってマレフィクスがあっさりと答えをくれるとは思っていなかった。
もっと言えば、この質問はある種の賭けでもある。
ユエラン国が香水の生産や輸出をしていない場合、なぜそんな話をするのか、ということになるからだ。
(王宮図書館にもユエラン国との貿易に関する詳細な資料はなかったわ)
オルランド公爵領に行けばあるのかもしれないが。
「大々的な取引きはしていませんが、つき合いのある家からの依頼があれば作ることはあります」
「それは希望にそって調合するのでしょうか?」
「場合によってはそういうこともあるかと」
マレフィクスの言葉からは、フィリアが使用している香水が依頼を受けて作成された物なのか、それとも別の意図があって作られた物なのかと判断することはできなかった。
「ご希望があればディアナ様にも特別にお作りしますよ」
「まぁ。本当ですか?」
「ええ。その場合はどこかでゆっくりお時間をいただく必要がありますが……」
「では今度ぜひお願いいたしますわ」
そう言って、ディアナはマレフィクスとの約束を取りつけたのだった。
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