皇帝と皇弟
「各領地での異変に関して陛下はどうお考えですか?」
皇帝の執務室、大きな執務机を挟んでユージンはイーサンと向かい合っていた。
椅子に腰かけているイーサンとは違いユージンは立っているため視線は下に向く。
「公爵領に関してはそれぞれの家に任せている。領地の方で対応するだろう」
コラードと面会した後ユージンはイーサンの元を訪れた。
兄の考えを聞きたかったからだ。
しかし執務室を訪れてみればそこにはイーサンだけでなくフィリアもいた。
応接ソファで兄にしなだれかかるようにしていたフィリアはお世辞にも素敵な令嬢とは言えないだろう。
それを許す兄もどうかと思うが、いずれにせよユージンが来るまでイーサンが政務を疎かにしていたことは想像に難くない。
そして政務の話だと言ってフィリアを追い出したはいいが、彼女は最後までごねていた。
「帝都を、そしてウィクトル帝国を治めるからには国内の異変に目を配った方がいいのでは?」
「そんなに気になるのであればユージン、お前が調べればいいだろう」
投げやりにそう言いながらイーサンは手元の書類に判を押していく。
(皇帝に上げられる書類は膨大だ。臣下が処理をしているとはいえ、陛下はどこまで内容を把握しているのか)
内容をほとんど確認することなく機械的に署名捺印をしているように見えてユージンは不安に駆られた。
「臣下に指示は出さないのですか?」
「ユージン、そもそもウィクトル帝国は五つの部族の集まりでできた国。公爵領に対しての口出しはご法度だろう?」
それは余計な口出しに関しては、だ。
今回のように各領地で収まらなくなりそうな異変や、領地では手に余る案件に関しては帝都や他の公爵領も交えて議論するものなのに。
「すべて公爵家の裁量に任せればいいと?」
「そうだ。余計な手出しは必要ない」
そう言うと、イーサンは話は終わったとばかりにユージンに対する興味を失う。
(もし本当に余計な手出しだというのなら事後報告で済ますはず。そうでない時点で事は簡単ではないはずだ)
「承知しました」
そう答えながら、ユージンはイーサンを見る。
兄はこんな顔をしていただろうか。
そう思ってしまうくらいに最近は交流がなかった。
外遊に出ていた二年間、そして帰国してからのここ数週間。
どうにかして今の兄の中に以前の面影を探そうとしてしまうのはきっと自分の感傷なのだろう。
良くも悪くも人は変わる。
ユージンは何かを振り切るかのように一瞬強く目を瞑った。
その瞬間。
ふわりと甘い香りを感じる。
(……?)
女性が身にまとう香水のようなねっとりとまとわりつくような甘ったるさ。
そして次の瞬間、ズキリと頭に痛みが走った。
そして同時に胃がムカムカするようなムカつきが襲ってくる。
(いったい何が……?)
不快感に耐え兄を見るが、兄は何も問題ないように見えた。
先ほどと変わらず目の前の書類に署名捺印をしている。
自分だけがその匂いや不快感を感じているのではないか、そう思い至ったもののだからといって説明がつくわけではない。
(嫌な感じだ)
明確な理由は説明できないがそう思う。
そしてふと、この匂いを別の場所でも感じたことを思い出した。
(あれはたしか王宮内でフィリア嬢とすれ違った時だったか)
誤解を招かないためにも令嬢には必要以上に近寄らないようにしているユージンだが、その時は違った。
何かにつまづいたのかフィリアが転びそうになりユージンが彼女を支えたからだ。
あの時にフィリアから微かに感じたのが今の匂いと同じ香りだったように思う。
(フィリア嬢からの移り香か?)
しかしだとしたら先ほどまで匂わなかった理由がつかない。
それに、自分がこれだけ不快になっているにも関わらずなぜ兄が平気なのかもわからなかった。
どちらにしろここにいる限り体調が悪化し続けそうだ。
それにイーサンはすでにユージンとの話を終わらせてしまっている。
だから、ユージンはイーサンに挨拶をするとすぐに執務室を辞したのだった。
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