舞踏会<1>
その日王宮には次から次へと馬車が到着し、馬車留めには長い列ができていた。
王宮で大規模な舞踏会が開かれるのは久しぶりであり、さらには隣国からやって来た王女がいったいどんな人物なのかが人々の興味を引いている。
馬車から降りた人は王宮で一番大きなホールに通され、爵位が下の者から順に中へと入っていく。
開場してからすでにある程度時間が立っているが入場の列はまだ続いていた。
中に入れば豪奢なシャンデリアに照らされたホールは多くの人で賑わっている。
「噂の王女様はいったいどんな方かしら?」
「フォルトゥーナは神秘の国と呼ばれているらしいわよ」
「あの国は閉鎖的だから、帝都でフォルトゥーナの人を見かけることはほとんどないわよね?」
「でもコラードやベルダーとはつき合いがあるみたいだわ」
多くの人が集まって交わされる話題はもっぱらフォルトゥーナのことだった。
北と西の公爵領を除けばウィクトル帝国の帝国民がフォルトゥーナの者と出会う機会はほぼ無い。
「それにしても、陛下はフィリア様のことをどうされるおつもりなのかしら?」
「何でも、陛下は政略結婚の相手であるフォルトゥーナの王女様に対して『仮初の皇后』だと突きつけたとか」
「私、その場にいましたから見ておりましたわ」
男性にしろ女性にしろ、人が集まれば噂が広がるのは世の常なのだろう。
特にそこにスキャンダル的な要素が加わればさらに燃え広がっていく。
フォルトゥーナの王女であるディアナが謁見の間で挨拶した時、集められた帝都の貴族には限りがあった。
だからだろうか。
実際に皇帝とディアナの対面を見守っていた者たちはその場に居合わせなかった者たちにその時のやり取りを得意げに話していく。
「まぁ、そんなことが」
「私だったらそんな風に言われたら耐えられませんわ」
「とはいえ現状で陛下とフィリア様が結ばれるのは難しいですわよね」
「でもその場ではっきりと言ってもらえるなんて、フィリア様は幸せ者なのでは?」
優雅で上品な佇まいを見せながらも、そうやって淑女たちは扇を片手にかしましくさえずっていく。
「あら、そろそろ陛下がお出ましになる時間ですわ」
ほとんどの貴族の入場が終わったのか入り口のドアが閉ざされた。
そして典雅な音色を奏でていたオーケストラが改めて曲を弾き始める。
ホールには中央正面に高砂が設けられ、そこに煌びやかな装飾が施された椅子が二脚据えられていた。
そしてその左脇には螺旋状の階段が設置されており、階上の踊り場の向こうに扉が見える。
皇帝であるイーサンはその扉から入場することになっていた。
人々が音楽が改められたことに気づいて階上を見上げた時、タイミングを見計らったかのように扉が開いた。
降りてきたのはウィクトル帝国皇帝、イーサン・ウィクトル。
そして皇帝にエスコートされて小柄な女性が現れる。
絹のように光沢のある滑らかな銀髪のサイドをアップにし、後ろは流れるままに下ろしてあった。
そしてけぶるような睫毛の向こうに紫紺の瞳が煌めいている。
幼げな容姿に対してまとう雰囲気は大人っぽく、そのアンバランスさが彼女の魅力を増していた。
ディアナをエスコートしながら高砂まで移動したイーサンは、会場全体を見渡しながら声を上げる。
「皆、よく集まってくれた。今日この場で私の婚約者となるフォルトゥーナ国の王女を紹介しよう」
その声に促され、ディアナは一歩前に出た。
「ディアナ・フォルトゥーナ第二王女だ。先日我が国に入国したばかりのため、まだ知らぬ者も多いだろう。今日この場を機に皆が交流を持てることを願っている」
イーサンの声に合わせてディアナは美しいカーテシーを見せた。
実際はどうであれ、これでディアナは正式にイーサンの婚約者としてお披露目されたことになる。
この後舞踏会開始の一曲をイーサンと一緒に踊れば本日の義務は終了のはずだ。
差し出されたイーサンの手を取り、踊るためにディアナはホールの中央まで進み出る。
優雅に歩きながらもさりげなく周囲を見回せば多くの視線が突き刺さった。
そこに浮かぶのは興味、関心、そして嘲りだろうか。
だからこそ。
ディアナは優美に微笑んで、しなやかに踊り始めたのだった。
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