陛下との面会
「まぁ、そうなるわよね」
イーサンの応接室の扉の前に立ちディアナは独りごちた。
けっして望んで来たい場所ではないが、今回ばかりは仕方ない。
宰相から舞踏会の招待状を受け取った翌日、ディアナはドレスを仕立てるためにイーサンの執務室横の応接室に来ていた。
今回の舞踏会はイーサンの婚約者、ひいては今後皇后となるディアナのお披露目の場。
当然会場へはイーサンと共に入場することになるし、当たり前だが当日の衣装をそろえる必要がある。
そのための今日だ。
今日イーサンは帝都の有名デザイナーを呼んで衣装決めを行っているという。
昨日舞踏会の話を聞いたばかりのディアナにとっては、すべてはすでに決められていて自分にだけ知らされていなかったのではないかと思わせるくらいの唐突さだった。
「ディアナ様、いつまでもここでこうしているわけにはいきませんよ」
本日の護衛であるアランにもっともなことを言われ、ディアナは覚悟を決めると扉脇の護衛に声をかける。
「陛下に取り次ぎをお願いしますわ」
(それにしても、今後自分の夫となる相手に会うのに覚悟が必要だなんて先が思いやられるわね)
とはいえ明らかに歓迎されていないとわかっている相手に会うのは誰だって気が進まないものだろう。
そう考えているうちに陛下の側近と思しき男性がドアを開けた。
「帝国の太陽にご挨拶申し上げます」
応接セットのソファに腰かけるイーサンにカーテシーをしたディアナは促されるまま向かい側に腰を下ろす。
二人の間には精緻な彫刻を施されたローテーブルが置かれており、そのテーブルの上には多くのカタログが広げられていた。
横に視線をやれば簡易的に置かれたのであろう台の上に布のサンプルも並べられている。
「来たか。私はもう決めた。そなたも好きなものを選べばいい」
「……え?」
(好きに選べはいいって言われても……当日の衣装を合わせるために今日の時間を設けたのではないの?)
呆気にとられるディアナをよそに、イーサンは侍女に用意させた紅茶を手に寛いでいる。
さすがに部屋に来たばかりのディアナを置いて出ていくことはしないが、自分とは無関係とばかりに過ごされるのもまた居心地の悪いものだ。
「陛下が選ばれた衣装はどのような感じで?」
仕方がないのでディアナはそばに控えるデザイナーに声をかける。
「今回は昼に行われる舞踏会ですので、こちらとこちらのモーニングコートをお選びいただきました」
舞踏会の中でも夜に行われる夜会は成人した者のみに参加資格がある。
もう少しで成人とはいえ、ディアナはまだ未成年。
そのため今回の舞踏会は昼に開催される予定だ。
デザイナーが指し示した黒のモーニングコートはどんなドレスとも違和感なく合わせられそうだった。
ただし、モーニングコートは、だ。
「そちらに置いてあるアクセサリー類は?」
「あっ……これは、合わせてお選びいただいたカフスとラペルピンでございます」
いくぶん焦った声でデザイナーが答える。
ディアナの目を引いたのはイーサンが選んだという宝飾品。
ジュエリーケースの中のカフスとラペルピンにはピンクダイヤモンドがあしらわれていた。
まさしく、フィリアの色だ。
(たしか石言葉は『永遠の愛』だったかしら)
ディアナと並んで入場するというのにこの色を身につけるのか。
そう思ったところで今度は部屋の隅に置いてあるトルソーが目に入った。
先ほどまでは側近の影になっていて気づかなかったが、そのトルソーには光沢のある濃いエメラルドの布と華やかなゴールドのネックレスがかかっている。
「あれは……」
ディアナの呟きにその視線の先を追ったデザイナーは、さらに焦ったように近くのアシスタントにトルソーを別の部屋へ持っていくように指示を出した。
「あれはフィリア様が選んだドレスとネックレスですね」
確信を持ったディアナの言葉にデザイナーが肯定の意を返す。
「フィリア様はいつ決めたのかしら?」
「それは……先ほどまでこちらにいらっしゃっていました」
現状を考えればデザイナーとしても返答しにくいのだろう。
その答えには若干の躊躇いが見える。
ここにきてディアナはフィリアが何を思って舞踏会を開きたいなどど言い出したのかがわかってきた。
つまり、彼女は見せつけたいのだ。
ディアナに、そして帝都の貴族に。
たとえイーサンが自分以外の皇后を娶ったとしても、皇帝の寵愛は誰よりも自分にあるのだと。
(なんともまぁ幼稚な方法だけれど)
しかし幼稚な方法は単純でありわかりやすい。
そしてそんなわかりやすさを好む者たちはどこにでも一定数いる。
(同じ土俵に立てば相手の思う壺ね)
それならば。
「では私は柔らかな風合いのゴールドの布を使ったドレスにしますわ。そうね、この辺りの布が良いのではないかしら」
あえてフィリアとは真逆といっていい雰囲気のドレスを選ぶ。
「あと、アクセサリーとしてネックレスとイヤリングにはアメジストをお願いします」
「エメラルドは身につけないのか」
今の今まで我関せずとばかりにティータイムを楽しんでいたイーサンが突然横から口を挟んできた。
「ええ。今回は自分の色に合わせようかと」
(ドレスとアクセサリーの違いはあれども、同じ色を身につけさせて婚約者と寵姫を競わせでもしたいのかしら。悪趣味ね)
「そうか」
自分で口を出したにもかかわらず、イーサンはそう言うとまた興味を失ったかのような態度になる。
「あらかた決まったようだな。私はこの後予定が入っている。細かなことはそこの者と決めるがいい」
そう言って、イーサンは立ち上がった。
衣装の基本を決めるところまでは一緒にいたのだからいいだろうという思いがそこに透けて見える。
「お忙しい陛下のお時間をいただいてしまいましたわね。どうぞお戻りになってくださいませ」
ディアナとしてはイーサンがいようがいまいが構わない。
むしろ気分が悪くなることばかりなので早く退室して欲しいくらいだった。
心もち頭を下げて礼をしたディアナの横をイーサンが通り抜ける。
その時に。
(この匂いは……)
あの香りがした。
フィリアからも香ったあの匂いが。
一緒にいて移る移り香というよりも、イーサン自身から香っているように感じる。
夢の中で、女神からのお告げで感じたあの匂いに良い印象はない。
むしろ嫌な感じを湧き起こすその匂いが、ディアナの心をざわつかせた。
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