ジェシカの昔話
城内を慌ただしく動く使用人たちに紛れて、同じかそれ以上の数の騎士や兵士が動いていた。
そんな部屋の外の様子を気にしながら、フランソワはこの日自室に呼び出した五人と一匹の姿を見て足を組む。
フランソワから見てテーブルを挟んだ、向かいのソファに座るエリィとハイドラ。その後ろに立つニーナとゲルダ。そしてジェシカ。ゲルダの肩の上には、桃色の毛並みをした子鼠の姿があった。
「体調が回復したばかりだと言うのに、早々の呼び出しでごめんね」
そう言ったフランソワに、エリィは小さく首を振った。
あの後。意識を失ったエリィは三日三晩眠り続けた。戻る場所を失ったアルケイデア軍は一時その身をカトに寄せ、ミエーレ軍と共に今回起きた異常現象の調査に当たっている。地表から離れ空中の孤島となったアルケイデアの一角の調査は進み、この日、その島の調査に向かっていた特別部隊がこの城へと帰還した。
フランソワの後ろに立っていたシンハーが、手にしていた資料に視線を落とす。
「えー、まずは今回の調査結果を報告します。空に浮いた島は、アルケイデア王国全土の凡そ五分の一。アルケイデア城を中心に聖都アルケイデアと、その周囲の街の一部が切り取られ、天空にその言葉通り『浮いて』いました。ってのも何か支えがあるわけでも、当然空から吊るされてる訳でも無いもんで。何かしらの力が働いて、この星の引力から逃れている……ってな感じっスかね」
浮いた島はその場に留まり、地表はクレーターのように抉れていたとシンハーは続けた。
「空中の島の内部までは探ることが出来なかったっスけど、跡地を見る限り、天空に切り離された一般市民も居るはずです。我々は引き続き、現場の調査に当たる予定です」
報告は以上だと締めくくったシンハーに、フランソワが短く労いの言葉を告げる。
「これは間違いなく、過去に類を見ない『異常現象』だ。それこそ『天変地異』と呼んでも良いほどにね」
「……全部、ダリアラの仕業だってことか」
足を組んだハイドラが眉を寄せる。フランソワは首を振った。
「今の僕たちには何もわからないよ。だから」
視線を受けたジェシカが、腕を組んだままにちらりと瞳を上げる。
「君はどうやら何かを知っているみたいだからね。……どうだろう、教えてもらえないかな」
ヨル以外からの視線を一斉に受け、ジェシカは小さくため息を吐いた。三日前のダリアラの言動を見る限り、彼女がこの件に深い関わりを持っていることは明白だ。
当然彼女も、知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりはないらしい。ジェシカはヒールを鳴らし、その体をフランソワへと向ける。
「長くなるぞ」
「歓迎しよう」
ジェシカは組んだ腕をそのままに、長い足を静かに動かしてエリィの傍に立った。エリィが真っ直ぐにジェシカの顔を見上げる。彼女は視線を下げなかった。
「最初に言っておくが。妾とて全知ではない。これから妾が話すのは、ただの老婆の昔話じゃ」
眉を寄せたフランソワの様子に気付かぬふりをして、ジェシカは話を始める。
「今から六十年程前、妾は『アレクシス』に出会った」
エリィが生唾を飲み込んだ。
「あのアルケイデアの王子の話でも、当然エリィの話をしているのではないぞ。これはアレクシスという名を持つ一人の男のことじゃ。今は、もう居らぬ」
「死んだ、ということ?」
フランソワの直球すぎる問いかけに、ジェシカは何も言わずに頷いた。
遠い過去の出来事を回顧し、彼女は長い睫毛を伏せる。
「順を追って話すとしよう。妾には魔法の師が居た。先日妾と一戦交えたあの男は、妾と同じ師を持つ弟弟子じゃ」
やはりあの熊は魔法だったのか、とエリィは改めて考えた。何かに似ていると感じていたあの感覚は、ジェシカの魔法のそれだったのだ。
「あいつは、気付いたらアルケイデアに居て、気付いたらにーちゃんの……ダリアラの傍に居た。名前は確か……」
「『ディアナ』」
ハイドラの言葉を受け継ぐように、ニーナが声を上げる。ニーナへちらりと視線を向け、ジェシカは頷いた。
「ある日突然妾たちの前に現れたアレクシスは、生まれも育ちも何も明かさぬ、ただの奇怪な男じゃった。しかしディアナは、そんなアレクシスという男を甚く気に入ったようでのう。妾たちは共に生活を続ける中で少しずつ距離を縮め……。気づけば二人は妾のことなど置いてけぼりで、互いに何でも話せる本物の兄弟の様な、そんな関係になっておったわ」
まるで想像がつかないという顔で、ニーナはその話を聞いていた。彼女がディアナと直接の関わりを持ったことはない。ただ何かあるごとにダリアラの傍に立ち、親身に話をする。それでいて絶対に公の場には顔を出さない。そんな存在だ。
男でありながら自らを「魔女」と名乗り、彼の存在を知るダリアラやハイドラもまた、彼のことを「魔女」と呼んでいた。
「妾たちの日常にアレクシスという存在が加わり、十年が経った頃。『天変地異』は起きた」
その場の空気が変わった。
「『神』という存在が次々と姿を消し、遂にこの世界は神の手から離れようとしておった。しかし神は、それすら許そうとはしなかったのじゃ」
ジェシカが視線を動かし、鋭い眼差しでこちらを見つめていたフランソワの姿を捉える。
「時にミエーレの王子よ。お主は『アレクシス』という兵器を、どのようなものと認知しておる?」
「世界を守護する、防衛装置だと」
突然の問いかけにも、フランソワは表情を崩さず淡々と答えていく。ジェシカは小さく頷いて、次にハイドラへと視線を向けた。
「して、アルケイデアの王子。お主はどう形容する?」
「……危険な兵器だって聞いてるぜ。でも、俺よりステラリリアに聞いた方が早い」
ふと話題を振られたニーナが、反射的に背筋を伸ばす。ちらりと向けられたジェシカの視線に小さく息を飲んだ。
「……ダリアラ様は『アレクシス』を、世界を破壊する危険な兵器だと仰いました。そしてその兵器を、私に破壊するようにと……。もしもハイドラ様が王に成られた後でその兵器が暴走、もしくは周知されることでかかるハイドラ様への負担を、少しでも減らして差し上げたい。今はまだ、王に成るはずだった自分だけが知っている事実だからと」
「改めて聞いてもウゼェ話だぜ。だったらテメェが、その事実を抱えたまま王になりゃいいだけの話だってのによ……!」
言葉が終わる前に、ニーナは自身の両手を握りしめ俯いた。
正直なところ、疑問は多々あった。なぜそんな存在をダリアラだけが知っているのか。なぜもっと早くから捜索を始めなかったのか。なぜ捜索に当たるのが自分一人なのか。
しかし彼女はダリアラから答えを得るよりも先に、自身の中で答えを作っていた。王に成る者だけが継承する秘密なのだろう。捜索を頼めるだけの相手が居なかったのだろう。
自分だけが、ダリアラにとって信用に足る人物だったに違いない――と。
「ふむ、成程のう」
すっと視線を外された事実を感じ取り、ニーナは一度目を瞑る。
「あまりに矛盾した認識のようじゃが。……どちらも正解じゃよ」
眉を潜めたハイドラが足を組んだ。
「『アレクシス』は、世界を破壊するために神が創り出した兵器のことじゃ」
無言を貫くフランソワへ答えるように、ジェシカは話を続けていく。
「しかし神は、その兵器を『世界最終防衛装置』と呼んだ。なぜだかわかるかえ?」
誰も言葉を返さない。
ジェシカが長い髪を耳にかけた。
「この世界が不要になったからじゃ」
納得がいかない結論に、フランソワは更なる続きを求める。
ジェシカが視線をほんの一瞬だけ落とした。目線が合い、エリィは反射的に顔を逸らす。ジェシカは何も言わず、再び顔を上げる。
「神は、完全なる人と神の調和を求めておった。しかしザデアスとヒト、そして神という存在は、いつまで経っても調和を迎えることはない。それを悟った神はこの世界を『失敗作』と認め、新たな舞台へ移住したのじゃ」
得られない調和、捨てられた世界。
「――――!」
何かに気付いた様子のフランソワに、ジェシカがふっと口角を上げる。
「……神が居なくなった世界で、神とヒトの調和を取ることなど物理的に不可能じゃ。調和のない世界は危険な存在。待ち受ける未来は調和のない混沌の世界。……じゃから神は、そうなる前に」
「この世界を、壊そうとした……?」
ニーナの呟きが、一斉に視線を集める。思わず零れた言葉を飲み込もうとニーナは口元を手で覆うが、ジェシカはただ銀の髪を揺らして頷いた。
「……そうじゃ。自ら破滅の道を歩む前にこの世界を『破壊』することで、そんな混沌の未来からこの世界を、根本的に『防衛』しようとした。……そのための存在こそ、『世界最終防衛装置』……『アレクシス』だったのよ」




