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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
5章 運命は再び動く 【『アレクシス』捜索編】
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会いたかったよ

 星が悲鳴を上げているようだ、と。エリィはただ身震いした。


 座り込んだ彼の前に立つその青年は、まるで愛おしい相手を見るように、真っ直ぐにエリィを見下ろしている。


「まだ終わってねーのか……?!」

 これ以上、自分に出来ることなど最早無い。策は尽くし、ここから動く体力すらない。絶望にも似た感情に、彼の顔から血色が消えていく。

 今まで感じたことのあるものと、同じ感覚があった。


 異常現象が始まる、という漠然とした胸騒ぎだ。


 しかしそこに混在する拭いきれない違和感に、エリィの呼吸が浅くなった。

 そんな彼の様子をただ黙って見下ろしていた青年が、突然膝を折る。片膝をついた青年の視線がエリィの目の高さと重なった。


「……あんたは」

 この状況を理解していないのか、青年はまるで朗らかな気候の元に居るように柔和な表情を浮かべている。

 更なる違和感に眩暈を覚えながら口を開くが、エリィはそれ以上この青年にかける言葉を見つけることが出来ない。


「ようやく、会えたな」


 どこかで聞いたような挨拶だと、頭のどこかで思った。その冷たい声にエリィの体が芯から凍えていく。

 なぜだろう。数えきれない違和感の中に、涙が零れそうな程の調和を感じている。


 彼の白い手が、エリィの頬をつうとなぞった。

 あまりの衝撃にエリィは身を引き、湧き上がる吐き気に口元を抑えた。

 一瞬のうちに体が溶けて、触れたその手と混ざり合ってしまいそうだ。


「……っぅ!」

 エリィの口から零れたのは、そんな言葉にならない息。そんなエリィの様子を見た青年が、その長髪を夜風に揺らしながら口角を上げる。


「ああ……まだ。何も、知らないのだな」


 苛立つほどに五月蠅い地鳴りも気にならない程。エリィには、彼の声しか聞こえない。


「会いたかったよ、ずっと。……私が生まれた、その瞬間から」


「どういう――」

 どういう意味だ、と。そんな問いかけは間に合わなかった。

 振り返った先に見えたのは巨大化した黒の熊と、その奥に立つもう一人の男の姿。エリィの脳天に向けて、迷いなく振り落とされる鋭利な鉤爪の先。



「勿論。――お前を、殺すために」



 耳を裂くような音が、エリィの鼓膜を叩いた。衝撃に土埃が舞い、エリィの視界を遮る。衝撃のあまり元の大きさに戻った熊が地面に落ちる。


 その先で立つ男が、エリィとの間に突如割って入ったその女を見て瞳孔を開いた。

 そしてその背を見上げたエリィもまた、驚きのままに言葉を失う。


「久しいのう。――貴様がなぜ、ここに居る?」


 高いヒールと黒いドレス。夜風に揺れる銀の髪。

「……ジェシカ」

 ただ、その名を呼ぶ。魔女ジェシカが、確かにそこに立っていた。


 彼女はいつも唐突に、エリィの元へと戻ってくる。

「へえ」


 エリィのすぐ傍にしゃがみこんでいた青年が、そんな様子を傍観し感嘆にも似た声を漏らした。

 ジェシカを前にした男は、足元に転がる熊のぬいぐるみなど目に入らないという様に、ただ彼女を見つめている。


 いや。今にも掴みかかりそうな程の殺意を抱いて、睨みつけている。

「ジェシカ」

 男が名を呼ぶ。ジェシカは無表情のまま、男の答えを待っていた。


「テメェだけは――!」


 まるでこの場に自分とジェシカの二人しか居ないかのように。男は一目散にジェシカへと駆け出し、握りしめた拳を彼女の顔面に向けて突き出した。


 しかしジェシカは滑らかな動きでその拳をかわし、更なる猛攻をも流れるように受け流していく。

 当然彼女も防戦一方という訳ではない。時折隙をついて、その長い足をスリッドの入ったスカートの隙間から持ち上げ、男へ向かって蹴り上げる。


 突然始まった肉弾戦に目を丸くしたエリィの後ろから、どこか愉快そうに青年が言う。

「実に数十年ぶりの再会だろうからな。言葉では伝わらない想いもあるのだろう」


 再び青年を見上げたエリィが、困惑のままに息を飲む。

 不思議だ。あまりにも唐突であまりにも不可解な状況にあるはずなのに。自分でも驚くほど、この環境が心地良い。


「ふむ、そうだな。折角こうして話す時間が出来たのだから……。有効活用をしよう、お前を殺してしまう前に」


 にこりと笑った青年の表情は、まさにか弱い天使のよう。

「エリィ。私はお前に、感謝しているんだよ」


 どうして自分の名前を知っているのだろう。そんな疑問さえ、疑問とも思えない。

 彼の言葉は全て腑に落ちる。まるで全て最初から知っていたかのように。

 まるで、自分自身の言葉のように。


「まさかこんなにも、この物語が上手く終結するだなんて思わないだろう」

 差し出された手のひらは、エリィの手を待っているわけではない。


 その手のひらの上で踊らされている自分自身の姿が見えるようで。


「なんだよ……。俺を、殺すって」


 その瞳に吸い込まれそうで、エリィはただ、息を飲んだ。


「エリィ。物語が終わったら、次に何がしたい?」

 視線を上げた先に、青年の優し気な笑みがある。わからない、と伝えるように、エリィはただその瞳を見つめていた。


「新しい物語を、始めたいとは思わないか」


 そして再び、地鳴りが響く。

 星の悲鳴だ。この世界の。


「なんだ?!」

 答えを求めて声を上げるも、青年は何も答えない。


「エリィ!」

 駆け付けたニーナが、しゃがみこむエリィの姿を見つけて名を叫んだ。

 振り返ったエリィのその先に立つ青年に、ニーナの足が止まる。あまりの衝撃に、ヨルを抱く手に力が籠った。


 なぜここに居る。なぜ、エリィと共に。


「ダリアラ、様……?」

 そんなニーナの顔を見て表情を変えることもなく、ダリアラはただ彼女が来た、という事実だけを受け止めていた。


「にーちゃん、なんでここに……」

 彼女の後に続いて駆け付けたハイドラもまた、そんなダリアラの姿に動揺を隠しきれない。

 二人の兄弟を目にしたダリアラは、しかしなにか言葉をかける訳でもなく、再び足元のエリィへと視線を落とした。

「どうやら一つ目の物語は、まだ完全に結末を迎えた訳ではないらしい」


 聞き覚えのある名前に、エリィが困惑する。

 この異様な状況下で、ただダリアラだけが一人、優し気に目を細めていた。


「ジェシカさん……?!」

 肉弾戦を続けるジェシカと男を凝視するゲルダの隣で、フランソワがそんな魔女の姿を睨むように見つめる。

 まるで彼女がこの場に居ることを、予想していたと言わんばかりに。


「ニーナ。私の可愛い妹」

 名を呼ばれ肩を揺らしたニーナを、ダリアラが真っ直ぐに見つめた。

「ありがとう。ここまで、私のために動いてくれたこと。……嬉しかったよ」

「そ、んな……」


 動揺の中に喜びを抱き、ニーナは首を振る。

 そんな妹の姿にダリアラが慈愛の目を向け、そして言葉を続けた。


「これでようやく、『アレクシス』は動き出すことが出来る」


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