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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
9章 いつか、大魔王になる少年【ベテルギウス突入編】
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宿命の果てで君を待つ

 次から次へと脳内へ流れ込む記憶は、自分のものであり、彼のものだった。

 短時間で得る情報量の多さに眩暈を起こしながら、エリィはその記憶の流れに身を任せていた。


 夢見心地というのは、まさにこんな感覚を言うのだろうか。エリィは自身が置かれた状況に少しの疑問も抱かずに、ただその記憶を眺めていく。


 ゲルダと夜遅くまで出歩き、迷子になって泣いた記憶。白い顔をさらに青白く染めたジェシカに見つけ出された後、二人揃ってこっぴどく叱られ、最後は強く抱きしめられた。

 兵たちの訓練に交じって、ハイドラがサーベルを振るう姿を窓辺から眺めていた記憶。まだ自分と同じ髪色だった彼は、見上げた先にこちらの姿を見つけ、演習の最中満面の笑みで手を振ってきた。


 そんな幾つもの記憶が、蓄積していく。

 まるで陽だまりのような温もりとなって。


 * * *


 再び目を開いた時、そこは辺り一面に純白が広がる花畑だった。


 どこかから小鳥のさえずりが聞こえ、陽だまりの香りがエリィの鼻孔をくすぐった。一体どれほど眠っていたのだろう。これまでの疲労が嘘のように、身体が羽根のように軽く感じた。

 もう少し、もう少しと枕を抱く早朝のジェシカの気持ちが、今なら少しわかる気がする。


「起きましたか」

 誘われるまま再び眠りにつこうと目を閉ざすが、しかしその聞き覚えのある声を無視することは出来なかった。甘い誘惑をどうにか断ち切って、エリィは視線を持ち上げる。

 どうやら自分の頭は声の主の膝の上にあるようで、まどろみから覚醒したと同時に、エリィは慌てて起き上がった。


「あんたは……」

 彼に向かい合う様に座り込んだエリィが、その存在を認識して息を飲む。


「こんにちは、エリィ」

 陽だまりが良く似合う、赤髪の青年。


「……マリー」

 初代アレクシスは、エリィの呼びかけに柔らかく微笑んだ。


 * * *


「少し、歩きましょうか」

 立ち上がったマリーの声に答え、エリィはその隣に並ぶ。そよそよと二人の頬を撫でる春風と、川瀬を流れるせせらぎの音が、二人の放浪者を歓迎していた。


「こんな風に、ディアナとジェシカと三人で旅をしていました」

 かける言葉を探していたエリィに気遣う訳でもなく、マリーはただ自分がしたいままにエリィへと話しかけた。


「ディアナは怒りっぽくて、可愛いものが好きで。彼の作る料理はとてもおいしかった」

 まるで意思を持つような動きで、足元の花々は揺れ動き、二人の前に道を作る。まるで二人の行先を示すかのように。


「ジェシカはいつでも自由で、自分勝手で、数歩後ろから僕たちを見守っていてくれた」

 マリーはただ真っ直ぐに、開かれた道の先を見つめながら足を進めていく。エリィもまた、疑問もなくその隣を進む。最初から、この短い散歩道の終点を知っているかのように。


「それと、ジェシカは少しそそっかしいところがあります。例えばディアナの名前は、彼女が幼い彼を少女だと勘違いして付けた名前だそうです。……あなたにも、心当たりがあるのではないですか?」

「……痛いほど思い当たるよ」


 その名をジェシカから貰ったエリィが呆れ声で返すと、マリーは楽しそうに小さな笑い声をあげた。

「あと、ジェシカは人使いが相当荒い。あれも昔からか?」

「そうですね。まあ、僕たちからすれば彼女が荒いのは人使いではなく、()使()()と言うべきでしょうけれど」


 ゆったりとした速度を落とさないまま、エリィは隣の青年に視線を向けた。

 これほど傍に居るにも関わらず、マリーからダリアラを前にしたときのような圧迫感を感じない。ヨルのように理由のない巨大な安心感も無い。

 その存在は、神を名乗るにはあまりにも平凡だった。


「……『アレクシス』は、存続するこの世界に神が残した呪いです」

 昔話と同じ声色で、マリーは言葉を続けた。


「当時世界の各地には、神の力である魔法を受け継がせ、この世界を『アレクシス』と共に破壊するための存在を残した神が居ました。彼らから魔法を学び、その力に使役される者を、神々は『魔法使い』と呼びました」

 エリィは少し前に、ジェシカが明かした自身の昔話を思い出していた。彼女は「魔法の師」としか言わなかったが、その正体もまた、神だったのだ。


「しかしその目的を由としなかった者たちは、やがてその呼び名を嫌い、性別に関わらず自らを空想上の存在である『魔女』と呼称するようになったのです」


 ディアナが魔女を名乗るようになったのは、彼の性格上、誰かに使役されているような呼び名が嫌だったからだろうが。とマリーは付け足して、眉を八の字にしながら肩を揺らした。


「しかし、魔女となることを選ばなかった魔法使いたちは、世界の各地で今も生活を続けています。そしていつまでも、その使命を果たす機会を待っていることでしょう。……僕が居なくなっても、あなたが居なくなっても」


 土を踏む二人の足音が、一定のリズムを刻んでいた。

「俺が居なくなったら、また新しいアレクシスが生まれるんだろ」


 エリィの問いかけに、マリーは無言で肯定を示した。

 この呪いは消えない。この世界が、終焉(救済)を迎えるまで。


「僕が解決できなかったばかりに、あなたには迷惑をかけてしまった」

 マリーの声色が、ほんの少しだけ下がったようだった。

「そしてきっと、これからも」


 終わらせることが正しいとは思わない。それ以上に、ただ守ることだけが正しさだと思うことも出来なかった。

 それでもマリーは五十年前のあの日、ただ二人に生きていて欲しいという我儘だけで、その使命を捨て去った。

 そしてその我儘が、更なる犠牲を生んだ。後継者は生まれ、歴史は繰り返された。

 来るべきではなかった、この未来で。

 神に愛されることのない、この世界で。


「……そんなこと言うために、俺をここに呼んだのか?」


 マリーの後悔の念を一瞬にしてかき消すかのように、エリィの声は良く通った。

 思わずマリーの足が止まり、声の主へと顔を向ける。


 彼に合わせて歩みを止めたエリィが、睨みつけるようにマリーを見つめていた。

「俺だって、覚悟決めてここまで来たんだ。迷惑なんて思ってねーし、今更謝られたって逆に困る」

 それに、とエリィは付け加えた。これが一番大切なことだと言わんばかりに、両手を腰に当てながら。


「こっから先は、俺に任せろよ。俺がどうにかしてやる。だって俺は魔女の使いで、アレクシスだ。そんで、いつか大魔王になる男だぞ!」


 抗わず、受け入れ、新しい未来を模索する。自分にしか出来ない方法で。

 それは過去に、マリーが選べなかった選択だ。


「…………」

 マリーは言葉を失った。

 言い終えた直後こそ鼻を鳴らして胸を張ったエリィだったが、何も返事を返さないマリーを前に徐々にその背を丸めていく。


「なんだよ、なんか言えって……」

 なんの根拠もなく、と笑われる覚悟はしていた。それでも、この言葉に嘘偽りはない。

 この先どんな未来が待っていたとしても、諦めないと決めたから。


「いえ、すみません。……確かに、こんな話をしたかった訳では無い」

 ようやくマリーが薄い唇を動かして、エリィの言葉に工程を返す。

 そして彼の姿に懐かしい二人の面影を重ね、やがて長い睫毛を伏せて小さく微笑んだ。


「ありがとう、エリィ」

 それは何に対する感謝なのか、エリィは遂に聞きそびれてしまった。

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