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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
9章 いつか、大魔王になる少年【ベテルギウス突入編】
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最終決戦

 巨大なぬいぐるみを、ナイフの先が切り裂く。ぬいぐるみは表情を変えずにその巨体を振り回し、遠心力を借りながら地面を殴りつけていく。ジェシカのヒールが地面を蹴ると、直後にはぬいぐるみの手によってその地に地割れが生まれる。ほんの一瞬の反応の遅れが、彼女の身体を圧し潰すだろう。


 どちらも攻撃の手を休めることのないまま、ジェシカが言葉を吐く。

「どうやら、我が愛弟子は間に合ったようじゃぞ」


 一見安全圏からぬいぐるみを傀儡しているようにも見えるディアナだが、彼は護身にも気を抜かなかった。彼がぬいぐるみを触媒として魔の力を使うように、姉弟子がこの世のあらゆる植物を触媒とすることを知っている。幸い周囲は人工物で囲まれているが、逞しい生命はその隙間という隙間から我先にと顔を出す存在だ。

 土と水があれば、そこは立派なジェシカの領域。その能力を存分に発揮し得る環境にある。


「間に合ったって? 笑わせんな」

 ジェシカの言葉を口では否定しながらも、不安定な空間が一層の歪みを増し、ディアナの不安は煽られる一方だった。

「今更あの成り損ないに出来ることなんてねェ。マリーだって分かってる!」


 これ以上、アレクシスの計画が狂うことはない。ディアナはそう信じていた。先代のアレクシスがその力を解放した時、その圧倒的な力を、ディアナは鮮明に覚えている。

 今、頭上から空間を伝って伝わる電撃のような震えは、まさにあの時感じたアレクシスの力に酷似していた。

 そして同時に、ジェシカの勢いが少しずつ衰えていることを肌で感じている。ディアナは内心、彼女の衰えを嘲笑っていた。この数年間で大した鍛錬もせず、のうのうとヒトとの生活に身を置いていたツケが回ってきたのだと。


「成り損ない、か」

 ジェシカがぽつりとつぶやくと、数歩下がってディアナと距離を置き、遂に二人の魔女による一進一退の攻防に終止符が打たれた。周囲はディアナによる破壊の跡と、それを覆い隠すようなジェシカの植物による緑化によって、一種の異界と化していた。

 そんな混沌の中でもジェシカの銀の髪は少しも乱れることなく、強い異彩を放っている。まるで彼女の立つ場所こそ、この異界の中心だと言わんばかりに。


「それは、妾たちも同じかもしれぬぞ」

 まるで過去に思いを馳せるように、ジェシカの表情が陰った。愁いを帯びた妖艶な横顔に、その場に居合わせた誰もが心奪われることだろう。

 それは残念ながら、彼女を嫌というほどよく知るディアナでさえも。


「どういう――」

 思わぬ休戦に生まれた一瞬の隙を、ジェシカが見逃すはずもなかった。

「捕らえよ」

「!」


 瓦礫の隙間から急成長を遂げた数本の蔓が、ディアナの両足に絡みつく。ほぼ同時に反撃すべくディアナが両腕を構え直すが、それが無駄な抵抗であるということをディアナ本人が一番に察していた。


「お主の魔法とその癖は、妾が一番よく知っておる」


 彼の扱う魔法の基本は、指先に糸を括り付けて、その先の操り人形を動かす傀儡術だ。この力を極めたディアナのぬいぐるみは、まるで意思を持って彼の言葉に付き従う使い魔のように変幻自在の動きを見せる。その動きを生み出すためには、術者による細かな操縦が必要不可欠だ。

「何事も基本に忠実に。妾もお主も、師匠から聞き飽きるほど聞いた言葉じゃのう」


 ディアナが基本の構えを取るよりも先に、その予備動作を熟知したジェシカの蔓が先回りして彼の両腕を拘束した。

「ここまでじゃ」

 四肢を絡めとられ、ディアナの自由が奪われる。

 それは彼の魔法を封じ込めたに等しい。


 ディアナは心底恨めしそうにジェシカへ舌打ちを漏らす。ジェシカがそうである様に、ディアナもまたジェシカの魔法について誰よりも詳しい自信がある。

 悔しさの滲む脳内で、ディアナは悟っていた。この蔓は、ほどけないと。


 操縦者を失ったぬいぐるみはその巨体を徐々に萎めていき、最後には彼の足元にぽとりと落ちた。

「マリーのところに行くのか?」

「そのような無駄なことはせぬよ」


 ジェシカは笑みさえ浮かべながら、握っていたナイフを手の内で弄ぶ。

 少しずつ、二人の距離が近づいていく。


「妾は、妾のすべきことをするだけじゃ」

 そのほんの少しの動きで、ディアナは何かを察したようだった。

 彼女の手の中で踊るナイフが、彼女の言葉を代弁しているようだ。

「……そうかよ」


 ディアナは、これ以上の抵抗を示すつもりはなかった。彼女の行動に対して、今更驚くこともない。自分も「そのつもり」で彼女と一戦を交えていたのだ。

 どうせ、ほんの少し先の未来で迎えるはずの最期だ。その時が、少し早まるだけ。

 視界の隅で、ナイフが無機質に輝いていた。


「言い残すことは?」


 目前に迫った姉弟子を、ディアナは睨むように見つめる。

「俺は、俺の判断が間違ってたなんて死んでも思わねえ」

 彼女の銀の髪は、今も変わらず美しい。


「妾もじゃよ」


 振り上げられたナイフが、彼女の髪と同じ色に艶めいた。その輝きはディアナへ、五十年前にアレクシスの見た景色を連想させる。


 不思議と、ディアナの心は澄んでいた。

 ディアナは静かに目を閉ざす。脳裏に浮かんだのは、三人での旅の記憶。

 そして師と共に過ごした、ジェシカとの始まりの記憶。


  * * *


「なぜなんだ、ニーナ!!!!」

 ダリアラの叫びと同時に、ヨルとニーナが地を蹴った。

 真向かいから鎌を振り上げ迫るヨルの一振りを、ダリアラは素手で受け止める。あまりの衝撃にヨルの前髪が風圧で巻き上がり、普段は隠されている片方の瞳が晒された。


 強靭な刃とぶつかったような感覚にヨルの眉が寄る。厄介なのは、それがやはり刃ではなく、人の手の形を成していることだった。ダリアラの手はヨルの鎌を握り、その細い腕からは想像も出来ない力でヨルの体ごと背後へと投げ飛ばした。


「……!」

 思わず舌打ちを漏らしたヨルの影から、回り込んでいたニーナがダリアラの背後を取る。周囲に遺された騎士たちの剣を握り、巨大な翼を切り落とさんと振りかざす。しかしダリアラはその姿を初めから捕らえていたかのようにひらりと体を反転させ、勢いづいたニーナの肩に手を乗せ地面へと押し付けた。


 圧力に押しつぶされた肺から一気に空気が吐き出され、ニーナが声にならない苦悶を吐く。しかしその薄い体が押しつぶされるよりも先に、ヨルの鎌がダリアラの邪魔をした。その鎌の先が彼の腕を奪い取るよりも先に、漆黒の翼を羽ばたかせ、ダリアラの体躯が宙を舞う。

 衝撃で生まれた空圧がヨルの動きを一瞬鈍らせると同時に、周囲に散らばる瓦礫が重力を失い浮き上がった。


「避けろ!」

「潰せ!」


 ヨルの声とダリアラの号令が同時に響く。一歩反応の遅れたエリィの腕をフランソワが引き、二人は物陰に身を潜めた。瞬間、ダリアラを中心に浮き上がっていた瓦礫が周囲へと飛び散り、地面を抉り砕け散る。

 それらが空を切る音を聞けば、誰もが人の体に直撃した時に起こる惨劇を予想出来るだろう。


 当然、その猛攻は1度では終わらない。細かくなった瓦礫は再びダリアラの手の動きに合わせて空中へ浮かび上がり、より大きな石礫へと姿を変えて地上の命を狙う。


「埒が明かないな」

 再び鎌を振り上げ石礫を弾き飛ばしたヨルが、地面を蹴り上げ宙へと行動範囲を移す。自分やニーナであればそれも出来るが、肝心のエリィには空を飛ぶ手段がない。

 この戦いの目的は、彼を撃つことではない。エリィのために、ダリアラに隙を作ることだ。


「撃ち落とすぞ!」


 ヨルに頷いたニーナもまた、翼を羽ばたかせて空を舞う。ひとまず、地上のエリィはフランソワに任せて良いだろう。二人が地上から空中へ移動すれば安全地帯も増える。

 ヨルが鎌を構えなおし、徐々に霞みつつある視界の先でダリアラの姿を捉えなおした。既にピアンタから奪った力も底を付きつつある。しかし一瞬でも気を抜けば、次の瞬間に地面へ撃ち落とされているのは自分だ。


 対人戦は専門外なのに、と愚痴を漏らす暇などない。ニーナと対となりダリアラを挟み込むように、ヨルもまた石礫の猛攻の間を潜り抜けつつ立ちまわった。


 ようやくダリアラへ鎌の先が届く程に近づくと、ニーナもまたヨルの目配せに視線を返す。ダリアラの手の中には、あの山吹色の剣があった。

 ヨルの鎌が山吹色に弾かれると同時に、ニーナがダリアラの背を狙う。しかし二人の間に割って入った瓦礫が壁を形成し、ニーナの剣を弾いた。空中で態勢を崩したニーナの頭上へと飛んだダリアラが剣先をその脳天に向けるが、更にヨルの鎌の柄が弾き飛ばした石礫がダリアラの双眼を的確に狙い剣の狙いを定めさせない。


 ニーナが空中の壁を足で蹴り一度距離を取ると、翼を羽ばたかせて剣を構え、ダリアラへと突進した。しかしダリアラは空中で体を捻りつつ、瞬時に翼を消し去り辛うじて残っていた重力に身を任せる。落下の速度に剣先が追いつかず、ニーナの剣先が標的に届くことは無かった。


 その間に一瞬動きを止めた空中の石礫を飛び石の様に伝い、ヨルがダリアラの背を取る。が、ダリアラは再び自身の漆黒の翼を広げて体勢を立て直すと、一瞬の目くらましの間にヨルへと瓦礫の束を飛ばした。

 避けきれなかった破片がヨルの足首に深々と刺さり、空中でヨルの重心が揺らいだ。


「ニーナァ!」

「ダリアラ様ぁっ!」

 ヨルの足止めに成功したダリアラが天を仰ぎ、再び眼前まで迫っていたニーナに向かう。ニーナもまた、ダリアラの変わり果てた姿に真っ直ぐ剣を向けていた。


 金色に輝く彼の瞳に、呑まれないように。

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