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第九話


(エルファ視点)


今日は二の月の13日目。

情人節の前日です。


私は珍しく(自分で珍しいというのもなんだか変ですが)外に買い物をしに行きました。

自分で直接買い物に行くのはなんだか久しぶりです。

最近は公務で忙しく、身の回りの品はすべて従者であるフォリアンに頼んでいましたから。


そう、彼。

私の新しい従者となったフォリアンという青年。

彼はとにかく心臓に悪い方です。


月光の光を集めたかのように艶めく銀色の髪に、濃紺の瞳を持った美しい青年で、歳は……多分私と同じ16歳程でしょう。

私より頭ひとつ大きいですし、筋肉がなく、ふにゃふにゃしているというわけでもありません。というか、ちょっとがっしりしてるかな? と思ってしまう程です。

……なのになぜでしょう、儚げな印象を受けます。


彼は私が夏季休暇でお屋敷に戻ったときに紹介された使用人です。

あの時期に使用人を増やすということは特に珍しいことではありませんが……。あの気難しい老執事様(名前は知らないのですが)のお弟子様だというではありませんか。

あの時ばかりは本当に驚きました。


それからフォリアンは、私の傍に控え、仕事をこなすようになりました。

いつもにこにこと微笑を浮かべ、愛想の良い彼は、随分と使用人に馴染んでいるようでした。

ですが、私は少々人見知りですので……。彼が側に居ることになれるまで時間がかかりました。

慣れるまでは顔を背けたりしてしまっていたのですが、今はもう大丈夫です。


…っと、今はフォリアンの事を考えている場合じゃないんです。

文房具屋の老店主の話をしっかり聞かなければ。

「――……ということでして。いかがでしょうか?」

「…良い、ペンですね。いつものペンと、一緒に包んでいただけますか?」

「! ええ! もちろん。よろこんで!」


店主にペンを包んでもらい、私たちは外へ出ました。

「では、お嬢様。」

「ええ。雑貨屋にむかいましょう。」

そう言って、歩きだしてから数分。


偶然、アラン王子と、その婚約者であるアンナ様をお見かけしました。

少々……思うところがあり、泣いてしまいました。

フォリアンが周りに見えないように気を使ってくれなかったら、一般の方々に醜態を晒してしまっていたでしょう。

やっと涙が収まり、再び歩き出します。


突然、ズルッと足の裏が滑る感覚がしました。

そして、私の体は前のめりに倒れていって。

転ぶ―――


そう思ったとき。



「大丈夫ですか?」

心地いいテノールボイスと共に、私の体はふわりと抱きとめられました。

近くには、あの、彼の顔。

私より長いのではないかと思うまつげに、ふっくらときれいな形の唇。


一瞬だっただろうその時間は、家族以外の男性に免疫のない私にはまるで無限のように感じられました。

「お嬢様?」

「…………っ、いえ。私は大丈夫よ。雑貨屋にむかいましょうか。」

「? ええ。」


困惑している顔も芸術品のようで。

やはり、うちの従者は心臓に悪い。


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