第九章 <招かれざる来訪者 其弐>
パシャン。
麗華と名乗る女が、床に膝をつくと同時に、岺龍の身体に液体がかかった。
ハッとして彼女の方を見れば、左手には空の瓶が握られている。
――毒か。
岺龍ですら目に追えぬ速さに、内心驚いた。
だが、異能を身に宿す彼からすれば、こんなもの脅威でも何でもない。
一切動じることなく無毒化するための異能を発動する。
しかし。
「な…っ!?」
異能が、発動しなかった。
もう一度試そうにも、体は一向に言うことを聞こうとしない。
体を動かすことはできるが、相手の速さは鍛えている岺龍よりも上だ。
勝てる気が、しない。
くっと唇を噛んだ岺龍に向かって、麗華は再度微笑む。
「害はありませんから、安心してください。ただ、二刻(四時間)ほど異能が使えなくなりますけど」
……末恐ろしい。
例え一時のことでも、異能が使えなくなる薬など見たことも聞いたこともない。
しかも、晶というのは雪桔の皇族の姓だ。
雪桔の皇族で未だに行方が掴めていない人間は、ただ一人。
麗華という名の公主だけだ。
だが、調べによると彼女は異能を持っていない。
そのため、血眼になって見つけ出す必要もなかろうということで、そこまで表沙汰にされることはなかったのだ。
麗華が子を産んだ場合、その子に隔世遺伝で異能を持つようになることは予想されていたため、細々と捜索は続けていたが。
思いつく限り、彼女について知っている情報を頭に浮かべながらも、岺龍は麗華を睨み付け、吐き捨てる。
「……お前が、この反乱の首謀者か?」
大人の男でも、泣き出しかねい威圧感をものともせずに、麗華は涼しい顔でつらつらと返答する。
「ええ、そうですよ。……私のことを、御輿に担ぎ上げられた、お人形さんだとは思われませんの?」
「“哀れなお人形”に、単身。しかも皇弟の部屋へ堂々と忍び込み、あまつさえ毒を浴びせることが可能だと?」
「あら、」
心外ですね、と、彼女は続ける。
「異能を使えないということ以外、体には何の不調も出ていませんでしょう?後遺症もありませんし、毒ではありませんよ?それに……」
にこにことした笑顔をそのままに、麗華は口を開く。
「私、毒を使うという行為は、相手を必ず殺そうとするときにしか、致しませんの」
その、瞬間。
岺龍は、彼女の後ろに燃え盛る炎の幻覚を見た。
赤々とした?
そんな生ぬるいものではない。
漆黒だ。
ごうごうという音を轟かせ、黒々と燃え盛る、火。
そこには、笑顔で佇む元公主の闇が垣間見える。
――それも束の間。
表情をさらりと、元の爽やかな笑顔に戻した彼女は、余裕綽々といった態度で唇を震わせる。
「私がこちらへ参上いたしました動機について、発言することをお許し願います」
――許しを請う態度でも何でもない癖をして、そうのたまう彼女が心底憎たらしい。
内心そう吐き捨てながらも、岺龍に選択肢はない。
「……発言を許可する」
「ありがとうございます」
そう礼を述べた彼女は、“本題”をとつとつと語りだした――
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