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祝福の赤い月  作者: violet
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獣の血 ツェール

もう何百年も不可侵の森に進軍することを、兄の王太子も自分も無謀だと止めたが、王の意志は変わらなかった。


他国の公爵領ではあるが、独立領に等しい。

たとえ公爵領に進軍しても、カルデアラ王国軍が出てくることはあるまい。


唯一、公爵領と取引がある宝石商が、先日、公爵領内で人間と思われる高位貴族の男女を見たというのだ。

すでに他国が取引を始めているのではないか、と王は焦り、進軍を決定した。

宝石商の話では、長い年月、戦争とは無縁で暮らしている公爵領では争いに慣れていないらしく、王は簡単に撃ち破れると思っている。


父王の指示でブルダイザー公爵領にある鉄鉱山侵略の総指揮官の任に就いた。



城の居室に戻り、妻のロザリンドを呼ぶ。

「殿下、どうされたのです?

このように早くお戻りとは。」

ツェールを見てロザリンドが微笑む。


「陛下より、魔物の森攻略の命を受けた。」

驚きで言葉を失ったロザリンドの手をとる。

「貴女をおいていかねばならない。

子がいないのは、幸いであろう。達者で暮らせ。」

「殿下、ご無事でお戻りくださると信じています。」

ロザリンドが手を重ねてくる。


「王が思っている程、簡単にはいかないだろう。」

覚悟はできているが、ロザリンドの事が心残りだ。





公爵領は周囲を深い魔物の森と呼ばれる森で囲まれている。

宝石商以外は入った事のない森。

宝石商が言うには、次回来る時の為に、馬車の馬の首にぶら下げる札を渡されるらしい。

その札のある者だけが安全に通行できる森。

何かが隠れていることは充十分に考えられる。


部下に命じて森に火を放った。

油を投げ込み、火矢をかける。

火は瞬く間に広がったが、広大な森の一部を焼いたに過ぎない。しかし、それでも森への突破口になるには十分に思われた。

森から大量の虫らしき黒い影が火を怖れて、飛び去って行く。


焼かれて炭に成った木が散乱する火の消えた場所から、侵入を開始した。

「ぎゃー!」

あちらこちらから、先攻隊の悲鳴があがった。

「巨大な蟻だ!」

逃げ帰って来た兵士が、蟻の大群に襲われていると報告をもたらした。

人を襲う蟻。

初めて聞く生物に、魔物の森の怖さの一部を知る。


爆薬を先に投下して進むかと、思案している時に女の確保の情報が入った。

ツェールは部下からの報告で、直ぐにヤイ司令官のテントに向かった。

怪しい女を捕まえたというのだ。


魔物の森と呼ばれる場所に女がいるはずがない、しかも森の中から出て来たというではないか。


ヤイ司令官の天幕を開けると、そこには美しい令嬢が眠っていた。

侍女を従え、豪華な衣装は宝石商の言っていた令嬢を連想させた。

しかし、侍女の言うことに不審がある。カルデアラの侯爵令嬢だと。

今年は、100年ぶりに赤い満月の乙女を魔物の森に貢ぐ年だ。

今まで、平民の娘が花嫁となったが、今年は高位貴族の娘が選定されたと聞いている。



侍女は人に見えるが、獣人であるとわかる。ヤイ司令官は気がついていないようだが。


ツェールと兄の王太子メイソンの母はカルデアラ王の妹である。

カルデアラ王家は獣人の血を引いている。初代王が獣人であったらしい。

カルデアラ王家の血をひく者の秘密であり、父でさえ知らない。


カルデアラ王家には獣人の特徴を持った子供が多々生まれる。獣人に近い程、魔力が大きい。

ツェール自身も獣の耳で生まれた。魔力で人型にかえてある。


女が目を覚ました。瞳が美しい顔に活気を灯す。

どうやら、赤い満月の乙女であるらしいと了解する。

彼女から公爵領内の情報を得ようとした時に男が現れた。

大きな魔力を感じる、ブリダイザー公爵だ。



負けたツェールは、ヤイ司令官に軍を退却するように指示を出し、捕虜として公爵領に向かうことになった。

アキル、と呼ばれるトカゲの乗り物には、躊躇いを隠せなかったが、公爵夫人や侍女が慣れたように乗るのを見ると後ろに従って乗った。

恐ろしく速いのに振動が少なく、慣れれば馬よりいいだろうと思われた。



捕虜として連れてこられたのに、待遇が良すぎる。

力はあるのだろうが、宝石商の言うとおり争いなれしていない。

夫人の世界征服の言葉には驚いたが、今なら公爵を殺れる。

隠し持っている短剣に手をやる。


ツェールの短剣は公爵の胸を深く切り裂いた、血が吹き出し倒れる公爵は直ぐに息が止まるだろうが、再度短剣を振り上げる。

夫人が間に飛び込んでくるのと、短剣が振り下ろされるのは同時だった。

キーン!!

短剣が魔力の壁で弾き飛ばされた。

まだ、これほどの力があったか。


ゆらりと立ち上がる公爵の牙が、夫人の首筋に刺される。

吸血鬼だ、夫人の血で回復していくのがわかる。


暗い深淵のような瞳が向けられ、背筋に冷たいものがはしる。

公爵の言葉は穏やかだが、怒りが伝わってくる。


わかる。

自身を傷つけられた事ではない、夫人に剣を振り下ろしたことだ。

「僕の全てだ。」

公爵の言葉が頭に響く。


この森は侵入を阻んでいたのではない、猛獣が出ないようにしていたのだ。

彼の言葉を受け入れるしかない。


ツェールは立ち上がり右手を出した。

ブリダイザー公爵と和解の為に、敗者は勝者の提案を受け入れた。

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