負けゆく将
ツェール王子は、ラヴィダルの出現に目を見開いている。
「ラヴィダル・ブリダイザーだ。妻を返してもらおう。」
王子はラヴィダルの言葉に全てを悟ったのだろう。
「間違いなく、赤い満月の乙女であったか。」
ラヴィダルはオリビアを自分の後ろに隠して、ツェール王子と対峙した。
「森を焼き払い、進軍しても望みは叶えられないぞ。」
「我が父は、そうは思ってないらしい。
公爵領にある鉄鋼山を希望している。」
そういう王子は片手を開いた。
ガチン!
ラヴィダルの周りで火花が飛び散る。
「多少の魔力はあるようだな。」
テントの外でも騒ぎが起こっているらしい、大きな音や馬の嘶きが聞こえる。
馬に乗った豚坑夫達が、オリビアを助けるべく突入して来たのだ。
馬の首には草が巻かれているので、蟻は寄ってこない。
獣人であるうえに、坑夫として力仕事をしてきたのだ。武具は時代遅れの剣だが、公爵領の鉄を製鉄し、鍛治師の腕前は一流である。銘刀ともいえる剣と剛力、豚坑夫達は精鋭兵であった。
敵味方が、入り交じる乱闘となると爆薬や大砲は使えない。
ラヴィダルがオリビアを背にかばいながら、王子の攻撃をかわしている。
「公爵領を囲む森自体は、他者の侵入を防ぐだけではない、
出ていくのを止めていたのだ。」
ニヤリとラヴィダルが口を開く。
「貢がれた乙女達のことか!?」
王子は手にした剣を振りかざしてくる。
ラヴィダルはそれさえ、魔力で受け流す。
「いや。」
ラヴィダルの背から覗こうとするオリビアを制止しながら、続けた。
「森は昆虫の宝庫だ。
年に何度も葉を落として成長する木々は、特殊であるが昆虫の豊富な食糧でもある。その森を焼いたのだ。」
王子もわかったのだろう、一瞬動きが止まる。
「バッタだ。
森は一部が焼けただけだが、炎を避けた大量のバッタは、どこの穀物畑を狙うだろうか?」
僕にもわからないよ、とラヴィダルは言った。
「まさに、魔物の森だな。」
王子が剣を振り上げる。
カキーン!
ラヴィダルが手にした剣で受けた。
魔力で出したのだろう、刃が煌めいた。
「軍人には、敵うはずもないが、オリビアを守りたいからね。
魔力を使わせてもらうよ。」
ダーン!!
ツェールの身体が弾け飛ぶ。
「つう。」
唇を斬ったのだろう、口の血を指で拭き取りながら、ツェールが立ち上がった。
「魔力では歯が立たないな。」
「それでも、負けるわけにはいかない。
私は王の命をうけて来ているのだ。
これほどの力がありながら、誰も知らないとは。」
黒髪、理知的な緑の瞳、鍛えられた身体、強い精神。
剣を持って向かってくるツェール王子に、オリビアがため息をついた。
「オリー?」
ラヴィダルの背に隠れているオリビアに、ラヴィダルがどうした、と聞く。
「ウェザラードには、優秀な王太子がいると聞いてましたが、第2王子も優秀で、羨ましいなと思ってしまって。」
「公爵夫人、お褒めの言葉は嬉しいのですが、勝負の気がそれます。
これも策ですか?」
ツェール王子が剣を持つ手を降ろした。
「オリーは、そんな事狙ってないよ。
決着はついた。君達は撤退したまえ。」
ラヴィダルの言葉に、王子は座り込む。
外では、豚坑夫達だけでなく、魚人達も参戦しているようだ。
「さあ、覚悟はできている。私の首をとれ。」
負けを認めたのだろう、王子は床に座ったままだ。
「そんなものは、いらないが、いい覚悟だ。
君達は、バッタを解放してしまった。それがむくいだ。」
ラヴィダルは、他はいらないと言う。
「元々、我々は争いを好まない。」
オリビアがべったりと、ラヴィダルに腕を回した。
誰が見ても、何かねだろうとしているのが分かる。大根役者である。
「殿下を捕虜として、城に連れていくことは出来ますか?」
「それは、かまわないが。」
「私達は、もっと公爵領のことを知る必要があると思うのです。
知らないから、恐ろしい存在だと位置付けられるのです!」
「その方が都合がいいよ。貴女は僕が恐ろしくないの?」
ラヴィダルは、吸血鬼だよ、と聞いているのだ。
オリビアは、ブンブンと首を横に振る。
「助けに現れた時はカッコよくて、胸がドキドキでしたわ!
女の子のロマンです!」
それに、とオリビアが続ける。
「カルデアラ王の妹姫が嫁いだのは、ウェザラード。
ツェール王子は、カルデアラ王国の継承権をお持ちでは?」
「カルデアラ王国に男子継承者は王太子一人、次が母の姉の息子で、次いで我が兄、その次が私だ。もっとも、カルデアラ王国には幼少の頃に行ったきりだがな。」
王子は、床に座ったままで、どうにでもしろと潔い。
「ラヴィ様、私、カルデアラ王国を王太子が継いだら心配ですわ。」
そんなに王太子が嫌いなんだ、ラヴィダルはオリビアを見る。
ツェール王子は、カルデアラ王太子の良い噂は聞かないが、他国の事だと思っていた。我が身に降るかかるとは、思ってもいなかった。
「その話は城に着いてからだな。」
ラヴィダルは、テントの外に聞こえるように声をだした。
「オリビアは奪還した。帰るぞ。」
テントの外では、豚坑夫達が喜声をあげ、馬に飛び乗ると、森に向かった。
豚坑夫達の馬は、首に草でできた手形をさげているので、蟻に襲われることはない。
「アキル。」
はい、と鞄から小さなトカゲが出てくると、見る間に大きくなった。
アキルは、王子、オリビア、ミモザを乗せて城に戻った。




