満月は見えない
エミリーの前方に大型の牛の魔獣数頭と戦っている4人組の冒険者チームがいた。
牛の魔獣は、ロイエンタール領でも飼育されていて普通の牛との交配で美味しい食肉が生まれており、ロイエンタール領の名産にもなっている。
魔獣そのものの肉も食べられるのだが、かなりのえぐみと臭みがある。料理によっては食べられないことはないが、キツすぎる魔素を抜く手間もあり、角や牙、皮のみが利用される状態である。
なので、ダンジョンでは、魔獣の魔石を持ち帰り、魔石として、魔術を使う際の魔力増幅素材としてつかうか、魔獣・魔物の持つ角や牙などの素材に変換する2パターンが選択される。
「聞いて来てちょうだい?」
冒険者は一概にプライドが高い。自分の戦いを共闘していないチームに手出しされたくないと聞いたからだ。
エミリーは、闘氣を漲らせ、戦う彼ら近付く。
すると後方からの気配に魔獣が道をあけた。
明らかに押されていた冒険者チーム“鋼”は大きな刺の付いた棍棒を肩に担いだ仮面の少女が現れたことに言葉をなくした。
「ねぇ、助けてほしい?」
気の荒い魔獣の1匹がエミリー目掛けて突撃してきた。
「危ないっ!」
鋼の1人が叫んだ!
しかし、エミリーは一撃で魔獣をぶっ飛ばした。魔獣は岩にめり込み、魔石へと姿を変えた。
「助ける?」
鋼のチームは呆然としている。ランクからすれば、“A”である彼らが苦戦した魔獣。一対一ではあったが、その力は想像を絶した。
気が付くと魔獣は姿を消していた。
「助かった。」
「うん、でも、奴等、まだ潜んでる。多分、私を警戒して出てこない。これから、もっと増えるかも。にしても、おにーさん達、変な臭い。魔獣引き寄せてるんじゃない?」
一人の青年が盾を地面に投げつけた。
「やっぱり、あいつら!」
「一旦、引き上げましょう。」
鋼チームの後からやって来た冒険者チームがあった。
彼等は、鋼所属の魔術師と神官の女性2人に邪な視線を投げてきて、自分のチームに引き込もうとした。
Sランクに昇格したメンバーを数人含む冒険者チームだが、同じ村出身で形成された鋼チームの女子達にはすげなく断られた。
下心が見えたからだ。
鋼チームには、彼等が、すでに潜って2週間が経っていたことで様々なストレスが出てきたのだろうと推察した。
「Sランクが2名いるとは言え、彼等は、欲に目が眩んで遠回りし過ぎたのでしょう。疲れているようでしたから、力は互角と感じました。ですから、私達は、彼等の要求を拒否しました。」
後からきた冒険者チームレッドドラゴンは、ここで女でも抱いて英気を養おうと考えたのだろう。
「向こうの魔術師より、うちのガイヤの方が手練れだったのが分かったのでしょう、先を譲ることで話し合いは付いたのですが、」
奴等は去り際に魔獣を呼び寄せ興奮させる魔水を雨として鋼チームを濡らした。
「本当なら、臭いなど感じないものなので、何で魔獣があんなにも出現して、攻撃してくるのか、やっと分かりました。」
彼等は臭いが消えるまで一旦、ダンジョンの外に避難することにした決断を下した。クリア以外での離脱は冒険者の魔力を奪う。ダンジョンから出れば、冒険者としての生活は暫く出来ない。
「チーム、レッドドラゴン……大層な名前ね。」
ポツリと呟く。
「あら、失礼。レッドドラゴンは、ロイエンタール領の守護神だから、安易に付けていいのかしら、って思ったの。」
鋼のリーダーが一冊の小さな本を空間から出した。
「チーム、レッドドラゴンは隣国で冒険者登録をしているみたいですから、その辺りは知らなかったのではないでしょうか。」
ダンジョン攻略には、各国のギルドから派遣された冒険者が挑んでいると聞いた。
ブランカ達は鋼チームと別れ、先を進んだ。
25階層のボスを倒したのは、我々を含めて7チームだったが、1チーム少なくなった。
「一番先を行くチームは現在28階みたいですね。」
ダンジョンに入る前に渡された小さな首から下げるタイプの石板には、どのチームがどの階層の何処にいるのか明示される。心臓さえ動いていれば何人生き残っているのかも分かる代物である。
「ねー、レッドドラゴンと何処かのチームが重なってるよ?」
先を進んでいたチームが人数を減らしている。
「魔獣の気配はないわね、」
石板には魔獣の有無は表示されない。ブランカは気配を探った。エミリーの闘氣に警戒している魔獣の気配はあったが……。では、人数を減らした冒険者チームに何があったのか……。
「チームレッドドラゴンが、チーム賽の目を襲ったのね。1人生き残ってるのは、女性かしら。」
「ゲスですね、姫様、殺っていいですか?」
エミリーの問いにブランカはニッコリ笑う。
「いいわよ、もいでおしまいなさい。」
「では、姫様、後ろからの冒険者もおりませんから、決着するまで、お茶などいかがですか?」
振り向くと簡易ではあるがテーブルセットが設置され、香り高い紅茶が湯気をたてていた。
「あら、エミリー!ゆっくりね!」
ブランカの大きくもない声にエミリーの楽しげな声が遠くから聞こえた。




