17 訓練所
お説教の後、グレンは王子に訓練場へひっぱり出された。
訓練用の刃を潰した鈍剣を持たされ、かかって来いと挑発される。
王子の実力は勿論グレンも分かっているが、これでもグレンは魔王を倒す勇者だ。
先日まで力の暴走に悩んでいた事もあって戸惑っていると、王子が馬鹿にしたような顔をした。
「どうした。腰抜け。自信がないのか。魔族ばっかり相手にしていたせいで、腕が鈍ったかよ。遠慮せずかかってこいや」
「どうなっても知らないぞ」
「大きく出るじゃないか。二年前とは違うって事を見せてくれよ、なぁ、腰抜け野郎」
「わかった。後悔するなよ」
グレンはたった一歩で間合いを詰め、全力で剣を叩き付けた。
王子を斬るわけにはいかない。王子の剣を折るつもりだったのだが、その目論見は外れた。
あっさりといなされ、不安定な姿勢で宙を泳がされる。
慌てて後ろへ飛びのき、剣を構えるが、その時にはもう目の前に王子の剣が迫っていた。
一か八かで相手の剣を弾き飛ばす。
下から剣を跳ね上げられた王子は、両手をばんざいするような格好になりながらも、すぐに剣を握り直すと、ニヤリと笑った。
獰猛なその笑みを見て、グレンの闘争心にも火がつく。
二人の剣が再び合わせられ、火花を散らした。
「二人とも楽しそうね」
二人について訓練所に移動して来たフィリアが呆れたように呟いた。
気を利かせた訓練中の騎士達が、フィリアに椅子を持ってきてくれたので、椅子に座り、ネリアに差し出された日傘を差している。
その脇には騎士が腕を組んで佇んでいた。
「二人とも、基本は脳筋だからな」
「脳筋?」
「筋肉馬鹿って事だ。ああやって訓練してると、頭がからっぽになって難しい事を考えなくなるんだろ」
特にグレンは、フィリアと離れてから誰かと訓練で打ち合うような能天気な真似は出来ていなかったはずだ。
フィリアが側にいれば勇者の力は抑えられるが、勇者の力が全開な場合は、王子でさえ相手をするのは難しい。
二年前、勇者を聖女と離すことに、一抹の不安は感じていた。
だが旅先では、グレンに同行する、西方教会の僧侶プリシラがいる。
聖女の浄化に似た力を持っている彼女なら、多少の押さえにはなる、勇者の力を暴走させることは無い、と聞いていたのだが。
フィリアが帰還する前のグレンの様子を聞くにつけ、多少の押さえにしかならなかったのだろう。
力の暴走を抑えるため、周りに女を侍らせていたグレンは、嫌な言い方をするなら彼女達を肉の壁にしていた。
それを卑怯だ卑劣だという者もいるだろうが、他に有効な手段がないと、彼とプリシラが判断したのなら、色々と試した上で辿り着いた結論だったのだろう。
もう少し上手くやれば良かったのに、と思わなくもないが、当時のグレンがどれほど神経をすり減らしていたかを考えると、軽々に口にする事も出来ない。
勝つために手段を選ばない。
目的と自分を計りにかけたら、目的が勝つ。
グレンのやり方は、手放しに賞賛できるものではなかったが、共感は出来た。
卑怯者にならなければ主人の命が守れないというなら、ダヤンはいくらでも卑怯者になっただろう。
ただその責任をなかった事には出来ない。
グレンには、その覚悟が足りなかった。
フィリアの為ならなんでもするが、周りへの配慮に欠ける。
これではいけない。
いつか手酷いしっぺ返しが来てしまう。
グレンに報いがくるのならばいいが、グレンが離さない以上、そのツケはフィリアに回るかもしれない。
グレンのように軽率な若者は、騎士団でも新人によく見かけるが、彼らの多くは幸運にもツケを払わされる前に大人になる事が出来た。
もちろん軽率さの報いを受け騎士団を去る事になった若者も少なくはない。
グレンがどちらになるかは、これからの彼次第だった。
「旅の間、グレンは、なにを考えていたのかしら」
「そいつはグレンに聞いてやれ」
「話してくれるかしら」
「大丈夫だよ」
思いのほか温かく力強い声に励まされて、フィリアは横に立つ騎士を見上げた。
「大事な相手なんだろう」
歳上の男性にとても優しく微笑まれて、恥ずかしくなる。
「うん。そうね」
フィリアはグレンに対して持っている後悔は、自分だけのものだと思っていた。
それは誰にも分け与えず、一生一人で抱えていくものだと思っていた。
グレンも同じように、何かを抱えていたのだろうか。
再会してから初めて、フィリアはグレンがこの二年の間、何を考えどう過ごしてきたのか、知りたいと思った。
日が暮れるまで打ち合った二人が、疲れて剣を降ろす頃、既に訓練所にフィリアの姿はなかった。
訓練用の剣を肩に担いだ王子の前で、グレンは地面に仰向けになって転がり激しく呼吸を繰り返している。
「お前、相変わらず基礎体力足りねぇな。この二年、ちゃんと訓練してたのかよ」
「してたよ。あんたが体力の化け物なんだ」
「ばーか。俺よりダヤンの方が体力あるぞ」
王子を上回る体力の化け物である騎士の名前を出され、グレンがうんざりとした顔をした。
上には上がいると言いたいのかもしれないが、単に化け物の名前を羅列されても気力が萎える。
聖女の浄化の旅に付いていったこの二人が、もし同盟軍に加わっていたとしたら。
同盟軍は防衛線を守るだけではなく、魔族を押し返していたのではないか。
前線の兵士の間で、半ば真剣にそう取り沙汰されていた二人なのだ。
勇者の力を除けば、腕に自信がある程度のグレンではとても敵わない。
もっともグレン自身は、勇者の力を除いても、日が落ちるまで王子と互角に打ち合えるようになっていた自分には気づかないようだったが。
「いつまで寝てんだ、おら」
王子に腹を蹴られ、グレンは渋々立ち上がった。
そこに、タオルが投げつけられる。
姿が見えなかったのでフィリアと一緒に屋内に戻ったのかと思っていたが、騎士は律儀にも湯を沸かしにいってくれていたらしい。
「そろそろ夕飯だぞ。汗でも流してきたらどうだ」
それもそうだ。
王子と顔を見合わせ、グレンは訓練所に併設されている湯殿で簡単に汗を流すことにした。




