14 賢者の塔
フィリップいわく。
「あれはしょうがないね」
二人の喧嘩に対して、彼はそう述べた。
二人の考え方が違うのは今に始まった事じゃないし、グレンもフィリアもいままでパーティリーダーだったんだ。
ボス同士が角付き合わせるなんて、どこにでもある事でしょ。
飄々とした様子で、彼はそう言った。
達観しているように見えるが、その目は悔しそうだった。
いまならそうも言えるが、事前に予想出来ていれば拗れる前に二人の仲を取り持つ事も出来たかもしれない。
フィリアの近くに居たのに、相談されるまで気づかなかった事を、フィリップは悔やんでいた。
パーティを解散した時、何故か彼らは信じていたのだ。
たとえ離れた時間に戸惑うことはあっても、あの二人なら大丈夫だろうと。
まさかグレンが臨戦状態のまま王宮でフィリアを待ち構えているとは思ってもみなかった。
頭に血が上った状態のグレンが人の言葉に耳を貸す訳が無い。
良くも悪くも、彼は猪突猛進な少年だった。
頭は悪くないはずなのだが、馬鹿なのだ。救いようがないほど。
「それで、フィリアは男になる薬を飲んだのか?」
年端も行かない少年少女達の、無茶な解決方法に呆れながら、騎士は腕を組んだまま眉を顰めた。
王子と別れた彼は、危急を伝えてきたフィリップを訪ねて賢者の塔を訪れていた。
フィリップも待っていたのだろう。
とても歓迎しているとは思えない顰めっ面で、かつての仲間である騎士を自室に迎え入れた。
そこでフィリップから二人の喧嘩の子細について聞かされたのだが、予想を大きく上回る拗れっぷりに頭を抱えたくなった。
「さすがに、グレンもそこまで屑じゃなかったらしい。グレンが、好意を寄せる女性達が男に見える薬を飲んだよ」
フィリップの話が正しければ、彼女達は非常に密接にグレンに接していたらしい。
自分で選んだ事とはいえ、ムキムキな筋肉にすぐ側で囲まれる事になったグレンには、同情の念が沸かなくもなかった。
騎士団の訓練などで野郎に囲まれてもまったく気にならないが、酒も入っていないのにプライベートでまで野郎の筋肉に囲まれれば辟易とした気持ちにもなるだろう。
「辛うじて首の皮一枚繋がったって事か」
「幸か不幸かは分からないけどね」
「まぁ自業自得だな。だがいつまでもそのままという訳にはいくまい」
フィリップは肩を竦めて、同意ともつかない態度を表明した。
前線にいた自分達に助けを求めてくるほどなのだ。彼も相当心を痛めていただろうに、その様子を見せないのは大したものだ。
「とりあえず、王宮に来てくれ。二人と話し合わないことには埒が明かない」
「わかったよ」
渋々と、フィリップは根が生えているかのように居ついている塔から出ることを承知した。
塔からフィリップを連れて戻った騎士は、王子の執務室で主と合流した。
騎士が戻った時、王子は執務室で大量の書類にサインを入れていた。
側近に、暇なら書類を片付けていって下さい、と脅されたのだ。
不機嫌そうに書類を片付けていた彼は、二人を見て纏めていた書類を投げ出した。
ちらりと目をやると、全てが処理済になっている。
見かけによらず、王子は有能な男だった。
「どうだった」
「クソみたいな状況だ」
どうやら王宮では面白くない事が起こっていたらしい。
フィリップの話はあくまで内輪ネタなので、騎士は王子と情報をすり合わせることにした。
慌しく情報を交換した後、王子は考え込むように沈黙した。
「グレンが女を侍らしていたという噂だが」
重々しい口を一度閉じる。よほど言いにくいことらしい。
「親父を油断させる為だと思うか」
勇者が王を油断させるために、女を侍らし暗愚を装う。
その考えの行き着く先は、勇者が王を敵と見定めたという事だろうか。
いや、敵なら王宮に戻る必要はない。だが勇者は戻った。
彼にとって必要なものが王宮にある。
それは、聖女だろう。
勇者の力を抑える事の出来る唯一の存在。
それを王に奪われない為に、彼が王宮に戻って来たというのは、一面の真実を言い当てている気がした。
だが騎士の考えとは違う。
「そこまで賢くはないと思うな。
嫌な言い方をすると、彼女達は肉の壁じゃないか」
話を聞く限り、フィリアの帰還を待っていたグレンは、力の制御に苦慮していたらしい。
命を狙われていたグレンが迂闊に反撃すれば、いや、そこまでいかなくても攻撃を払うだけで、制御の効かない力は王宮を吹き飛ばす危険性が高い。
それを防ぐにはどうすればいいか。
人がすぐ側で張り付いていればいい。
グレンが大切に思う相手が。
彼は大切な相手を守る為に、必死で力を抑えるだろう。
「不用意に動けば仲間を傷つけると思えばグレンも自重するし、彼女達の実力があれば、王宮の奴らが考えるような攻撃には簡単に対応できると思っていたんじゃないか」
「あまりいい手とは思えんがな」
「お前なら、別の手段を選ぶだろ。
グレンはほら、馬鹿だから」
「ああ。そういやそうだったな」
二人はげんなりした。
思い出してみれば二年前も、王宮に召し上げられたフィリアを追ってきたグレンは、出会い頭に王子へ決闘を申し込んだ。
フィリアを迎えに行ったのが彼だったので、諸悪の根源と勘違いしたのだろう。
コテンパンに叩きのめされても諦めないので、その根性を買って聖女パーティに入れたのだ。
厄介な弟分だと思いながらも、見込みはあった。
厳しい状況ではあったが、彼を教育し、その成長を見る事を楽しみにもしていた。
グレンが勇者に選ばれた事で、そんな未来は消えてしまったが。
魔王を倒すほどの力の持ち主に乗っている頭が、馬鹿。
救われない。
唯一の救いは、馬鹿は馬鹿でもまったく見込みがないわけではないといったところか。
子どもなのだ。彼は。
まっすぐ走ってぶつかって、転んでから後悔する。
愛すべき愚かさだが、子どもの目を覚まさせるのも大人の役目だろう。
「二人を呼び出せ」
王子の命令に頷く騎士の後ろで、賢者は一人我関せずという態度を貫いた。
まったく、柄ではないのだ。人のお節介を焼くことなんて。




