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13 王宮の事情

「おや、殿下。いつの間にお帰りになったんですか」


 トトの転移魔法で王宮に戻った二人は、手分けして情報収集に当たった。

 騎士はフィリップに話を聞きに行き、王子は王宮の状況を把握するため、自分の執務室へ向かった。

 執務室の主が不在であっても、ここでは彼の側近達が彼の代わりに仕事を回している。

 王宮内外の情報収集もその一環で、『大喧嘩』というほどの何かがあったのなら、噂ぐらいは拾えるだろう、と顔を出したのだ。


 案の定、王子の執務室には、側近の青年がいた。


「用事があって戻っただけだ。すぐあちらに戻る」


「ああ、なるほど」


 それだけでなんの用事か分かったのだろう。

 意味ありげに笑われて、イラっとした。


「お前のそういう所は本当ムカつくな」


「いやいや。失礼いたしました。

 殿下が仕事を置いて戻る理由など、一つしかございませんでしたな」


 嫌味な物言いに、王子がふん、と鼻をならす。

 大変いけ好かない事に、嫌味な態度に腹が立っても、この男は欠点を補う程に優秀なのだ。


「もういい。勇者の事だ。どうなっている」


 相手にするのも馬鹿馬鹿しいので、端的に用件を告げる。


「一言で申し上げて、カオスです」


 嫌な予感に頭を抱えたくなった。




 部下から大体のいきさつを聞いた王子は、なんともいえない微妙な顔をした。


「なんだってあいつはそんな事したんだ。フィリアを待つにしたって、王宮でまでパーティメンバーで固まってる事はないだろ」


「命の危険がおありだったからではありませんか?」


「ここは王宮だぞ」


 側近は呆れた様子を見せた。


「残念ながら、勇者の力を恐れている者は、殿下の想像以上におります」


 彼らにしてみれば、勇者を殺せなくてもいいのです。

 命を狙われた彼が、怒って人を殺してしまえば、それを理由に危険な者として排除出来る。

 そう、考える者もいるのですよ。


 と説明されて、王子は盛大に舌打ちした。


「クソだな」


「ここはそういう場所ですし、魔将軍襲撃の折に、勇者の破壊力を目撃した者も多いですから」


 魔将軍襲撃の折、堅牢な王宮を破壊した勇者の力は、王宮の一部の者を恐れさせた。

 普段戦に出ることなどない、暴力を知らない彼らは、恐怖したのだ。


 あれは、制御できない異質な力ではないか、と。


 彼らの恐怖はある意味で正しい。

 勇者の力とは、人に理由の無い恐怖を与えるほど、異質なものだからだ。


 魔族の攻撃にさらされた前線や、魔族の襲撃を受けた南方地方では希望の光として受け入れられた勇者の力だが、王宮での受け止め方は大分違っていたということだ。


 勿論、そんな貴族ばかりではないのだが、困ったことに、そんな貴族が権力を握っている場所が、王宮なのだ。


「聖女様がご帰還なさるまでは、勇者様もピリピリしておりましたしね」と彼は続ける。


 よほど鈍感な者でない限り、なにかが恐ろしいと感じて勇者達のいる中庭には人が近寄らなかった。

 逆に監視の目や殺意などは堆く積みあがり、勇者達がたまり場にしていた噴水付近は魔窟のように一種異様な状態だった。


 そこに、聖女が帰って来た。


「聖女様が戻られた後は、殺気が緩和されたので、ホッとしました」


 恐る恐る勇者を見ていた周りはほっとしたかもしれないが、聖女からすれば魔窟を押し付けられていい迷惑だったのではないだろうか。


「あいつは単純だからな」


 だがフィリアと再会して、グレンは本当に肩の力が抜けたのだろう。

 その結果がグレンの暴走というのは、どちらにとっても気の毒な事でしかなかったが。


 聖女が近くにいれば、勇者の力も抑えられる。

 周囲を恐れさせる程の力を放っていたというのなら、グレンは力の制御が上手くいっていなかったのだろう。


 勇者の力が制御し難いものだというのは、魔将軍襲撃の折のグレンを見ていたので分かる。

 聖女が側にいれば、その力が抑えられ制御が容易くなる事も。


 あの時、勇者の力に呑まれて暴走しかけたグレンを救ったのは、聖女の存在だった。


 浄化の力がどう働くのか、詳しいことは分からない。

 だが聖女の側では、勇者や魔族などの人とは違う力を持った存在は、その力を抑えられるようなのだ。


 瘴気で変質した魔物もその一環で、聖女が側にいる時は戦闘が楽だった。


 フィリアと会って、グレンは力の暴走を怖がらなくてもいい、という意味でもホッとしたのかもしれない。

 別の意味では大変な暴走をしでかしたが。


 まったく、頭の痛いことだ。


 情報を整理するように王子はしばらく考え込んだ後、側近をひたと見つめた。


「貴族内の反対勢力をなんとか出来るか」


「やはりお二人を庇うのですか」


 王子にじろりと睨まれて、側近は肩を竦めた。


「そう怒らないで下さい。殿下らしい選択だとは思いますよ。ですが」


 珍しく言葉に詰まった側近が唇を舐める。緊張しているのだ。


「人に、畏怖と闇雲な恐怖を齎す。あれは、危険な力ではありませんか」


 緊張しながらも言葉を搾り出した側近を眺めていた王子の顔から表情が消えた。


「なるほど。お前でもそう思うか。

 確かに、勇者の力は危険なものだ。

 だが裏を返せば、我々の使っている力と、なんら変わらない」


 おもむろに、王子は手のひらに蒼い炎を灯した。


 魔法ではない。

 彼らの知っている魔法に、このような力はない。

 見ているだけで恐怖を掻き立て不安を呼び起こす、勇者と同じ力だ。


「これは?」


 側近は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 普段飄々として口の減らないこの男にしては珍しく、緊張しているらしい。


「やり方さえ分かれば、誰にでも使える力だ。ただ人の身には毒になる」


「毒、ですか?」


 怖ろしい力だ。

 だが多少危険でも、強力な力が手に入ると分かれば人は手を伸ばさずにはいられない。

 勇者と同じ力が手に入るというなら、危険でもその魅力に抗えないものは多いだろう。


 蒼い炎に魅入られた側近の前で、王子は手のひらを閉じ、炎を消した。


 力の残像を追うように王子に責める視線を送りかけて、側近は束の間呆然としてから、ホッとしたように息を吐いた。


 その様子を確かめてから、王子は話を続ける。


「瘴気に冒された遺体を見た事があるか」


「はい。人があの様な姿になるなど、むごい事です」


「人がこの力を使えば、行き着く先は、あれだ」


 側近は息を呑んだ。


「でも勇者は…」


「剣に護られている。だからこそ、西方教会の勇者なのだ」


 西方教会の勇者の剣に護られ、人ならざる力を手にした少年。

 その意味に、側近は気づいた。


 大きく息を吐き出し、嫌な考えを追い払うように頭を振る。


「とても、私には抱えきれない秘密ですね」


 生贄なのだ。彼は。

 魔王を倒し、大陸から魔族の脅威を排除するため、差し出された哀れな生贄。


 いくら剣の護りがあるとはいえ、人を化け物に変える毒とともに人ならざる力を与えられた少年の身が、いつまでも無事であるとは思えなかった。


 勇者に対してはなんの情も持たない側近だったが、哀れみから彼にわずかな同情を感じた。


 その心の変化を見ていた王子は、口元だけで小さく笑った。

 そして大げさな身振りで側近に近づき、その目を覗き込む。


「当たり前だ。極秘事項だぞ」


「なぜ、それを私に」


「秘密を漏らせば首が飛ぶ。この意味が分かるか?」


 してやったりといった顔の王子を見て、側近はハメられた事に気づいた。


「まんまとハメられたということですか。分かりました。働きます。首は大事ですから」


 ハメられて王子の言うなりになるのは悔しかったが、首が掛かっていては仕方ない。

 側近は王子に力を貸すことに決めた。

 たがその前に、確かめたいことがある。


「ですが、一つだけよろしいですか?」


「なんだ」


 生贄となった勇者は気の毒だ。

 だがあの怖ろしい力が彼らに向かないと、無条件に信じることは出来なかった。


「危険は、ないのですか」


 側近の真摯な問いかけに、王子は表情を改めた。


 人は、謀だけでは動かない。


「勇者が魔王を倒した暁には、王家が責任を持ってこれに報いる。

 勇者と王家の間に交わされた誓約だ」


 力強く、王子は告げた。


「王家が、あれを危険なものにはさせない」


 彼の誇りにかけて。


 それに、と王子は険しかった表情を少し和らげニヤっと笑った。


「あの力を病に例えるなら、治るさ。その為の研究を、大賢者がしている」


 なるほど。

 見かけはどうあれ、王子は王家の義務を理解している。

 側近は恭しく頭を下げた。


「委細、お任せください。私は殿下の剣です」


 主が主としての責任を果たすというなら、その言葉を信じるのは臣下としての義務でもあった。


「任せた」


 彼の働きにより、まもなくグレンの失脚を狙っているらしい貴族のリストが王子の元に届けられた。





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