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 いつも旅の仲間と過ごす噴水の淵に腰掛けながら、グレンはため息をついた。


「まーた何か悩んでるのかい」


 顔を上げると、グレーディアが腰に手を当て呆れたように立っていた。


「大した事じゃないんだ」


「またそんな事いって。しょうがない奴だね」


 グレーディアはグレンに近づくと、そっとグレンの頭を抱きしめた。


 厚い胸板に抱きしめられて、グレンは涙目になりそうになった。


 そっとグレーディアを押し返す。


 いつもと違う反応にグレーディアは驚いた。


「どうかしたのかい」


「大した事じゃないんだ」


 うん。大した事じゃない。


 野郎に抱きしめられたり、キスされたりするのはとてつもなく嫌だっていうだけだ。


 たとえそれが大切な仲間とのスキンシップだとしても、どうしても受け入れる事が出来ない。


「グレーティア、あのさ」


 訝しむ仲間に申し訳なくて、グレンは事情を打ち明けようかと思った。

 でもなんと言ったらいいのだろう。

 いまのグレーティアは、均整のとれた逆三角形のマッチョにしか見えなくて、ムキムキの胸筋ではどうしても安らげない。

 スキンシップにしても、肩を抱き合うとかならともかく、厚い胸板に抱きしめられるのはどうしても受け入れられないんだ、とは、情けなくて言葉に出来なかった。


 いつか、ちゃんと話すから、と弱々しく言うグレンに、納得は出来ないものの、あんまり思い詰めるんじゃないよ、と言ってバシッと背中を叩くグレーティアの気遣いに、グレンは頭が下がる思いだった。




 中庭から回廊をぼんやり見ていると、いつもと同じ時間にフィリアが通りかかった。


 手を振ると、フィリアも気づいて手を振り返してくる。


 ドレスを着た華奢な少年に笑いかけられて、グレンの胸が高鳴った。


 嬉しいけれど泣きそうになる。


 あの夜、グレンは自分に好意を持つ人が男に見える薬を飲む事を選んだ。


 フィリアが少年に見えるということは、フィリアがグレンに好意をもってくれているということだ。

 もしフィリアが少女に見えたら、グレンは別の意味で泣くことになる。


 理屈では分かっていても、少年に笑いかけられて胸が高鳴る自分は、とても気持ち悪かった。


 うん。大した事じゃない。


 好きな子に婚約解消されることに比べれば、全然大した事じゃない。


 でも仲間達の柔らかい胸が熱い胸板に変わってしまったり、愛しい少女が少年になってしまうのは、とてもとても不幸なことだった。


 これがフィリアの復讐なら、グレンを知り尽くした的確な罰だったと思う。


 それでも忙しい合間を縫っていつもこの回廊を通りグレンに手を振ってくれる少女が、グレンはとても愛しかった。






「これで宜しかったのですか」


 いつもと同じような情景でありながら、パーティメンバーとは距離を置いているグレンが、フィリアに泣きそうになりながら手を振る様子を見て、侍女のネリアが不愉快そうな顔をした。


「ネリアは不満そうね」


「浮気というのは一生治りません。いまは大人しくしているようですが、いつまで続くかわかったものではないかと」


「そうね。でも人の気持ちは変わるものだし。

 グレンがいつまでも私を好きでいてくれるのかも分らないわ。

 案外、すぐに音を上げて私から離れてしまうかもしれないし」


 それはないだろう、とネリアは思った。

 グレンのフィリアへの執着は、恐ろしいほどだった。


「それに婚約者でなくなるのなら、グレンの人間関係に私が口を出すいわれはないわ。王宮を出てしまえば、グレンは自由になることも出来るのだし」


 出来るならそれを選んで欲しかった、ともフィリアは思う。

 あれだけ冷たくされれば、普通はどこかで心が折れるものではないだろうか。

 再会して感じた事だが、グレンには王宮は似合わない。


「お嬢様はグレン様をお好きだったのではなかったのですか」


「好きよ」


 その時だけ、フィリアは弾けるような笑顔を浮かべた。


「あのね。本当は私、死んでいたの。王宮を魔将軍が襲ってきた時、グレンの目の前で。

 助かったのはプリシラ様が神に祈りを捧げ奇跡の御業を使って下さったからなの。

 あの時の事、グレンは責任を感じているんだと思うの。

 そんな必要ないのにね」


 その話は、現場にいた者達の胸に納められたのだろう。ネリアは知らなかった。


「だから私から離れて自由になって欲しかったの。グレンは馬鹿よね。わざわざ窮屈な道を選ぶなんて。

 でもね。いつか許し合えればいいとも思うの。一緒にいるのにいがみ合うなんて、とても詰まらない事だわ」


 そうは言ってもいがみ合うのが人間だ。

 特にフィリアやグレンの二人のように、考え方の規範が違う二人なら。


「それにね。賢く振る舞って破滅するより、こういう時は馬鹿なくらいの方がいいのよ。私、グレンと殺し合いたくなんてないもの」


 確かにあのまま二人が平行線を辿ったままだったら、それぞれの主張を押し通すため戦う事になったかもしれない。

 舌戦で済むならいいが、勇者PT vs 聖女PTの争いなど起きたら、噂好きな貴族も巻き込んで王宮が崩壊してしまうかもしれない。


 それでもお嬢様は甘すぎます、と、割合さっぱりした様子のフィリアの姿に、侍女は深くため息を吐いた。

 まあ、敬愛するお嬢様がそれで幸せになれるというなら、ネリアに文句はないのだが。


 空は快晴で、大陸を襲った未曾有の災厄など、なかったかのように思える。


 このまま勇者が浮気心を出すことなく、落ち着いてくれる事を、ネリアは空の向こうにいるかもしれない神に祈る事にした。





ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

これにて二人の喧嘩は終わります。


結末には賛否両論あるかと思いますが、考えた結果、当初の予定通りこんな感じのところに着地させることにしました。

色々と力不足で、ご期待に応えられず申し訳ありませんでした。


ブックマーク、評価、感想など、たくさんの応援ありがとうございました。

とくに感想では、様々な視点からの鋭いご意見が多く、とても勉強になりました。

また続きを楽しみにして下さっていて、とても励みになりました。

最後まで辿り着けたのは皆様のおかげです。




この後、おまけがあるのですが、ご都合主義を全開にして乙女の夢(笑)っぽいものを詰め込んだので、甘いのがお好きな方向けのものになっています。

本編にもあまり関係ない内容ですし、普通に読むと「あんだけ騒いでこれかよ!」となるのではないかと思いますので、気が向いた方だけご覧いただければと思います。

ほんと、ちょっとしたオマケ程度のものなので。


作者名から活動報告を見られるようにしました。

今はちょっと終わってほっとして気が抜けているのですが、一息ついたらいままで言えなかったネタバレ?を思う存分書こうかと思っているので、気が向いた方はお付き合いください。


皆様、本当にありがとうございました!


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