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外伝 ジルの年末

ジルの一人称となっております。

 それは一年の終わりが迫った、冷えた朝のことだった。僕は遅い時間にようやく、皇帝と皇后の共用執務室に入る。と、皆は出払っていてサーラだけがそこにいた。


「おはよう、ジル」

「おはよう」

「もうすぐ星夜祭ね。ねえジルは、子どもたちにあげる今年のプレゼントはもう考えたの?」


 僕に問いかけるサーラは、僕が寝坊したことなど全く気にしていないようだった。むしろ声はうきうきした調子で、紫の瞳は星のように輝いている。


 星夜祭とは、年の終わりの日に帝国で行われる年越しのお祭りだ。一年間、人々を見守った星々が空から降ってくるという言い伝えを元に、盛大に花火をあげる。だからみんなで夜更かしをして、子どもは一年の成長を祝ってプレゼントをもらう、とても楽しい日だ。


「もちろん。とっくに手配して、隠してあるよ」


 僕は胸を張って答えた。なお、この場合の子どもたちとは、僕と血縁関係にある子どもではない。僕が面倒を見ている子どもたちだ。


 僕はあまり政務が得意ではないけれど、皇弟としての権力と、ありあまる富、それから魔法の知識を持っている。何か世の中の役に立てなければと魔法学院を創設した。


 魔力の高い子どもたちが、安全に魔力の使い方を学べるようにだ。サーラは『魅惑の瞳』という、魔力によって対象者を操るとんでもない能力を持っている。ただ生来の魔力が少ないので、ほとんど発動せず、悪影響はなかった。


 だけど、世の中には危険な状態のまま、特殊能力を持っている子どももいるかもしれない。貴族なら、周囲も魔法知識が多いし、守ってやれる。でも例えば農村の子どもだったりすると魔獣が寄ってくるからと、わざわざ帝都に捨てられたりすることもある。


 だから僕は、貴族や平民の身分を問わず、平等に学べる環境を作っている。平民や、親がわからない子どもについては、僕が後見人として衣食住の費用を出していた。その子どもたちにあげる年末のプレゼントの用意も、大事な役目だ。


 サーラは皇太后として、政務も慈善事業を行っているから、よくこんな話をするようになっていた。僕なりに、少しだけ胸を張って話せるのは嬉しくもある。


「ジルは自分にはだらしないのに、プレゼントはちゃんとしてるのね。すごい」

「ふふん、本当はまめな男なんだよ」


 僕はわざとにだらしなくしている金髪を、ちょっとかき上げた。自分で言うのもなんだけど、僕はかっこいい。焦点をずらすようにして、サーラから出る温かな炎を視認した。僕の瞳は特殊で、こうして他人の心に宿る愛情を、炎のようなものとして見ることができる。いつも通り、大きな大きな、親愛だ。ああ好かれてるなあ、って安心する。


「僕は、子どもたちの普段の生活の様子を学院の教師たちから聞いて、それぞれに合うプレゼントを用意してるんだからね」

「偉いわ。私なんて、自分の子どもに何をあげたらいいかわからないのに」

「いや……クロエとネーロは何でも持ってるからね。仕方ないよ」


 僕は愛しい姪と、甥たちを思い浮かべた。僕の最愛の兄ルカと、大好きなサーラの間の双子の子どもたち。僕も目に入れても痛くないくらい、かわいがっている。みんなで甘やかした結果、何でも持っている有り様だ。


「もう靴とか服くらいよね。これはサイズが変わってくれるから」

「すくすく成長してくれて、嬉しい限りだよ」


 クロエが『大きくなったら叔父様と結婚する』なんて度々言ってくるのが困るくらいだ。帝国法で叔父と姪は結婚できないと教えると『じゃあ帝国法を変えればいいじゃない』なんてワガママも愛らしい。

 しかもネーロまで『叔父と甥も結婚できるように改正しよう』なんて言い出すから、おかしいったら――


「ジル、そんなにあの子たちのことでニヤニヤするんだったら、今年こそ星夜祭を一緒に過ごしましょうよ」

「うーん、それは遠慮しとく」

「遠慮しなくていいのに。ルカも喜ぶわ」

「そうだろうけど、ひとりも静かでいいものだよ」


 僕は、頑なに首を振った。


 以前は何気なく一緒に過ごしていたけれど、二人に子どもたちが生まれてからは、僕は別行動をするようになった。僕の父、ファウスト先帝が首都の街中に持っていたこじんまりとした家が、聖夜祭の日の居場所になった。ルカが大好きだからこそ、ルカが作り上げた家族だけで過ごしてもらいたい。


 僕は、ルカとサーラの優しさに甘えて幸福を享受しているだけの、ダメな大人だから。結婚して自分の子どもを持つ勇気もなく、甥と姪で心を満たしている罪悪感を、年に一度くらいは噛みしめなきゃ。


 そのとき、か細い声が扉の外からかかり、サーラの侍女、クレオが入室してきた。いつ見ても細面の、小柄な人だ。量の少なそうな飴色の髪は広がることなくまとめられ、目は斜め下に伏せられている。


「サーラ様、今年の医療保険機構の、報告書を持って参りました」

「ありがとう」


 クレオは、サーラの侍女をつつがなく務め続けている。同時に侍女になったジータやタマラはさっさと結婚したというのに、クレオは縁談を断り続けていて、僕と同じ独身だ。


 年末最後だからなあと、僕は、瞳を使って彼女の愛情を確認することにした。きちんとサーラに忠誠心を持っているか、心配なのだ。クレオは、誰に対しても炎がすごく小さい。いわゆる、淡白な人だ。


 それでも主であるサーラには好意を持っているようだけど、僕なんて、ほとんど関心を持たれていないから、覗くのは少し勇気がいる。だって道端の石ころ程度にしか思われていない。


 まあ、きちんと社会生活をしているんだし、勝手に覗いてる僕がやらしいだけなんだろうけど。もう出会ってから6年も経って、顔馴染みなんだから、もう少し親しみを持ってくれてもいいのに。


「えっ?!」


 僕のすっとんきょうな声に、クレオの視線が僕に向いた。赤い瞳は、魔力の少ない証だ。でもそれより、クレオからどこかに伸びる真っ赤な炎が僕の視界を埋め尽くしていた。冷淡で、冷静で、物静かなクレオが、誰かに対してものすごい強い愛情の炎を宿していた。


「どうしたの?」


 サーラが心配そうに訊ねてくるので、僕は慌ててお腹を押さえた。


「お腹が痛くなっただけだよ!」


 お腹というより胸が痛いけど、僕は執務室を飛び出した。なぜか知らないけど、裏切られた気分だ。クレオは独身仲間だと思っていたのに。



 ◆◆◆


 それでも慌ただしい年末の空気が、すぐに色んなことを忘れさせてくれた。


 いよいよ聖夜祭の日の朝、僕は子どもたちへのプレゼントを馬車に積み込み、皇宮を出ようとしていた。そこに、半泣きで走るクレオが通りかかった。皇后の侍女とは思えぬ取り乱しようだ。


「クレオ? 待って!!」


 僕は彼女を呼び止めた。クレオは粉雪がちらちら降っているこの天気で、汗までかいて息を切らせていた。


「どうしたの?」

「ジルベール殿下、申し訳ございません、今急いでおりまして」

「僕が手伝えるかもしれないから、話してよ」


 僕は困っている人を放っておくなと父さんから言われて育った。この間はクレオに勝手に失望したけど、今は関係なかった。

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