結婚式 1
結婚式のために1年かけて作られたドレスは、帝都で一番の仕立て師、トスカーニによるものだ。
彼が抱える大勢の針子が最高のシルクタフタに、真珠、クリスタル、宝石などを大量に縫い付け、金糸で刺繍を施した。
引き裾はトスカーニのこだわりで帝国の歴史上最も長いらしい。そこに施された刺繍には執念が感じられる。皇室の紋章、フォレスティ家の紋章、それから縁起のいい花や鳥などが描かれている。ハンカチひとつでひいひい言っていた私にはとても出来ない。
お化粧やコルセット、パニエなど長い下準備を終わらせてからそのドレスを私は着た。
そしてアップにしたカツラをつけ、ぎっしりダイヤが詰まったティアラをつける。ティアラにも部屋の外まで伸びていきそうなベールがくっついていた。
金銭的な価値と物理的な重さを全身に感じながらも、胸を張って大きな鏡で私は自分の姿を確認した。昨夜、サーシャが顔を丁寧に冷やしてくれたこともあって顔は腫れていない。
「みんな、綺麗にしてくれてありがとう」
自然と笑みが浮かぶ。前は自分の容姿に対して卑屈になることもあったけど、今は悪くないように思える。どんな姿でも、ルカは手放しで褒めてくれるという確信があるかもしれない。
みんなを代表して、ジータが一歩前に出た。
「勿体ないお言葉です。サーラ様はいつもお美しいですが、今日のサーラ様は特別に美しくて、私たちはお手伝いができて光栄でしたわ」
「ジータの日頃の指導のおかげね」
ジータは私の肌などの美容面について、厳しく指導して世話をしてきてくれた。肌など遠目から詳細はわからないけど、自分に向き合う時間を毎日少しでも取るのはいいことだと今は思う。
「サーラ様は陛下がお見初めになる程、着飾らなくてもお美しい方ですがどなたよりも心が美しいと存じ上げております。そんな方が外側を磨けば、内側から美しさが滲み出るのは当然のこと。きっと、今日パレードでサーラ様を拝見する帝国民は夢中になるでしょうね」
「褒めすぎよ」
「褒めすぎではありません。ねえみんな」
そうですわと侍女たち全員が一斉に唱和した。ジータにすごく統率されている。
ベラノヴァ団長と婚約して以降、ジータは人をまとめ上げるコツを団長から教わったのか、統率力が上がった。ジータ本人も生き生きとしている。お付き合いは順調なんだろう。
着替えが完了してから、生家からの最後の贈り物、ブーケを渡しにお父様とお母様が訪れた。白と黄緑の爽やかな色合いのブーケだ。
二人とも入室前から泣いていて、私のドレス姿を見てもっと咽び泣いた。胸が熱くなるけど昨日のサーシャで耐性がついていた私は、何とか泣かず、化粧を崩さずにいられた。
式を行う大聖堂に移動するため、二人は早々に部屋を出る。次にゆっくり話をできるのはいつなのか。
それからルカがやって来る。ルカは、ジルとアントニオを連れていた。昨夜の話し合いは無事に終わったらしく、ジルは吹っ切れたような、一段大人になったような顔をしていた。
そして何といっても、ルカが煌めいていた。紺地に金糸の肋骨飾り、肩章など伝統的で抑えめの衣裳なのにルカが着ているだけで価千金になっていた。赤いサッシュと金冠は皇帝の証であり、これ以上似合う人を私は知らない。
アントニオはルカをそのまま少年にしたみたいに相似していてるので、ルカと揃いの衣裳がかわいらしかった。
皇族3人を前に、侍女たちは畏まって頭を下げるが、ルカはすぐに楽にさせた。顔を上げた侍女たちは一様に彼らの格好よさに頬を染める。
「サーラ、本当に美しいな。予想以上だ。サーラが何かの間違いで人に生まれた奇跡に感謝したい。女神や妖精であっては、如何な私でも結婚できない」
ルカは、熱い眼差しで私を見つめた。褒め言葉は私の予想以上だった。
「陛下こそ、今日は格好よすぎて眩しいですね」
「そうか? 嬉しくて、内側から何か溢れてるかもしれないな。なぜなら、今日はついに最愛の人と結婚できるのだから」
「もう……」
にこっと笑うルカに胸が高鳴ってしまう。控えめに言って、ルカははしゃいでいる。かわいすぎ。
ベラノヴァ団長とバレッタ卿、サーシャも入室してきて一礼をした。式典用の、飾りの多い近衛騎士の制服を着ている。ベラノヴァ団長が近衛騎士団を代表して挨拶をした。
「今日の良き日を迎えられましたことを、心よりお祝い申し上げます。我々一同は細心の注意を払い、恙無く式典を行えますようお守り致します」
「ああ、頼んだぞ」
ルカが鷹揚に頷いた。帝国民の多くは皇帝ルカルディオ陛下の治世を評価しているし、結婚を祝福してくれるけれど、中には良からぬ考えの人もいる。
ただ目立ちたいとか、自分の不幸や怠慢をルカのせいにしたりとか。だから近衛騎士団や、王宮騎士団、帝都警備隊など警備体制は厳重に敷かれている。
私たちは王宮から皇室の馬車に乗り込み、結婚式を挙げる大聖堂へと移動を始めた。前後左右を馬に乗った近衛騎士が警護する。
沿道には既に多くの人が集まり、祝福の温かな声が耳に届いた。同乗しているバレッタ卿が切れ長の目を細くする。
「皆、陛下とサーラ様の御結婚を喜んでいますよ」
「ありがたいことです」
「サーラ様は古くから皇室に仕えたフォレスティ家の方ですから、国民も安心しているのでしょう」
「ええ」
昨年夏には、ニヴェスリア元妃による反乱があった。彼女は、先帝陛下に征服された元カルタローネ国の王女であったからと表向きには思われている。実際には様々な愛憎があったようだ。
「私は決して陛下を裏切りません。陛下に騎士の誓いを捧げた身ですから」
「そうだったな」
ルカが小さく笑う。私が騎士の誓いを捧げたのはサーシャの姿ではあったが、あれは不変の誓いとして、心に刻まれている。
「懐かしいですね。それに、婚約期間中のサーラ様の働きもあり、国民人気は高いのです。やはり私の目に狂いはなかったと自負しております」
バレッタ卿の赤い瞳が潤んでいた。彼は、最初の頃から私を応援してくれていたので私もぐっと来るものがある。
もっとも、婚約期間中の働きは一年ほどなのでまだはっきりした成果はない。地道に養護院で炊き出しを行い、経済的支援と横領がないかの指導がせいぜいだ。医療保険はまだ法案を通ったばかりで、施行されていない。
ただルカが、帝都に既にある公立病院に私の名前を冠してサーラ記念病院、としたのが結構効いたかもしれない。生活困窮者の治療費は、保険制度が始まるまで支払いを猶予している。
到着した大聖堂前にも、大勢の人々が集結しているのが馬車の中から窺えた。聞こえてきたのは、おめでとうとかディランドラ帝国に栄光をとか、お祝いの言葉だ。
待機していた近衛騎士団が、馬車の扉前に整列する。楽隊による祝福のファンファーレが吹かれた。
大勢に見守られながら――警備兵も含め――ルカのエスコートを受けて馬車を降りた。引き裾はこの日のために選定された、貴族家の10歳前後の子息や令嬢が持ってくれる。
大きな飾り扉をくぐり、大聖堂へと入場した。




