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プレゼント

 部屋の光量は落としてあるのに、眩しそうにルカルディオ陛下は私を見つめた。


「サーラはやることなすこと全部がかわいすぎて困るな。今日は本当にありがとう。サーラのおかげで、とても楽しい一日を過ごした。今までで一番幸せな誕生日だった」

「いいえ、私こそ、陛下の誕生日をお祝いできて本当に嬉しかったんです。お祝いできるって、いいものですね」


 私は陛下にソファを勧め、並んで座る。先に用意しておいたハーブティーからは、桃と林檎の香りがしていた。サーシャに分けてもらったもので、いつもペネロペとこれを飲みながら甘い時間を過ごしているらしい。確かに甘々な雰囲気が漂う。


「それでですね。陛下を呼びつけておいて大したものじゃないんですけど、心ばかりの、というか一応、心だけは込めた贈りものをご用意しましたので、どうか受け取って下さい!」


 私はあまり意味のない長口上の末にやっと、クッションの裏に隠しておいた薄い箱を取り出し、陛下に差し出した。中に刺繍のハンカチが入っている。


 祝賀会でさりげなく渡すなら剥き出しで良かったけど、ここまで来ると何か箱に入れなきゃいけない感じがしたので、手持ちの箱に入れた。


 赤いビロード張りで、四隅に彫金があしらわれている。最早、箱の方が原価が高い。というか元々は陛下に頂いたネックレスが入っていた箱だ。でも陛下は信じられないくらい大量にアクセサリーをくれるので、恐らく箱までは覚えていない。


「ありがとう」


 やっぱり箱に見覚えがないらしい陛下は大事そうに箱を受け取り、膝の上に乗せ、慎重に開封の儀に至られる。私は緊張で汗をかき始めた。


「これは……!!」


 陛下が驚きの声をあげる。独特の光沢がある赤いビロードの箱の中央で、白いハンカチがそれなりに映えていた。金色の糸でルカルディオ、と刺繍してある部分が見えるように折り畳んである。


「こんないいものを貰っていいのか?」


 顔を上げて、私を見つめる陛下の緑の瞳が揺れていた。凄絶に喜ぶ演技が上手いとかではなく、本当に喜んでくれているように思える。


「はい。使って頂けると嬉しいです」

「いや、勿体なくて使えない。国宝にしよう」

「ご冗談を」

「冗談ではないぞ。だが肌身離さず持っていたいし、額縁に入れて見えるところに飾っておきたくもある。どうしたらいいんだ」


 飾るのはやめて欲しいけど、陛下は壊れものに触れるようにそっとハンカチを広げた。ルカルディオ・アレッサンドロ・ディランドラという長い綴りのお名前が飾り文字で刺繍してある。一緒にハンカチを見ていたら、不意に陛下の頬を涙が一筋流れ落ちた。


「陛下?」

「サーラは忙しいのに、こんなに時間のかかるものまで……どうして、こんな……」

「そこまでのことではありませんよ」


 何だか、今まで一枚もハンカチをあげなかったのが悔やまれるくらいに喜んでくれている。私は陛下の手からハンカチを取り、彼の涙を拭こうとした。


「だめだ! 汚してはいけない」


 陛下は素早く私の手首を掴んだ。そしてハンカチを再び取り、丁寧に畳んで箱に収めてしまう。箱をテーブルの中央に鎮座させて、陛下は満足そうに笑った。


「ハンカチは使うものですよ」

「いいんだ」


 荒っぽく涙を袖でゴシゴシと涙を拭う陛下に、私は胸が高鳴った。こんな仕草の陛下は初めてで、ワイルドというか、子どもっぽいというか、この姿を見られただけでご褒美だ。


「貰ってばかりでは気が済まない。お返しをしなくてはな。サーラ、何か欲しいものを言ってくれ」

「いいんですか?!」

「もちろんだ。この世で最も愛しい人に尽くすために、私はきっと生まれたのだ」


 深呼吸をした陛下は、更に嬉しいことを言ってくれる。私が欲しいものは――いつだって陛下に決まっている。さて、どのくらい要求しても許されるのかな?


 私は腕を組んだり、首を捻ったりしてしばらく悩んだふりをする。交渉術として、こういうのはすぐに言い出しちゃダメらしい。


「うーん、色々ありますけど」

「何でもいい」

「じゃあ陛下、今夜はここにお泊まりになって下さい、それでいいです」


 私はギリギリのところを攻めてみる。ハーブティーに口をつけていた陛下は、ぐっと喉を詰まらせた。噴き出さないのは流石だ。


「……いいだろう、私に二言はない」

「やった、すっごく嬉しいです」

「泊まるだけだからな!」


 陛下の顔は真っ赤だったので、私はそれ以上何も言わなかった。――でも泊まるだけなんだから! みたいなのって普通は女性側が言うものな気がした。



 ハーブティーを飲み終わった私と陛下は、部屋の奥にあるベッドに移動する。ベッドは二人で寝て十分余裕があるくらい大きいし、枕もたくさんある。それに私も陛下も湯浴みを終えて寝間着だったから、何も障害はなかった。


 以前、1度だけ陛下と添い寝はしたけど、あれは陛下の出血大サービスで、それ以降は皆無だったから私は浮かれていた。私だって淑女として自重はする。でも、チャンスは逃さぬのだ。


 うっすら顔が見える程度に魔導ランプの光量を落とし、仰向けに横になった陛下の胸に遠慮なく密着して、頬擦りをした。昼間に着ているような豪奢な衣裳ではないので肌触りがよく、布地の向こうにしっかりした筋肉も感じられる。


「幸せ」


 さりげなく深呼吸して、陛下から出ている何かを吸う。陛下からしか吸収できない、私の生命維持に必要なものがここにある。


「そうか」


 次第に大胆になった私にスンスン吸われても、陛下は雄大な山のように動じなかった。動かざること山の如し、のような。前もそうだったけど、添い寝すると動かなくなってしまうのはなぜなんだろう。


「陛下、そんなに緊張してなくても」


 存分に堪能してから、枕に肘をついて私は問いかける。陛下は眉を寄せ、苦悩の表情を浮かべた。


「こういうとき、どうしたらいいのか私はわからないんだ」


 困らせちゃった。反省しつつ、私はかわいこぶることにした。


「そんなの、陛下の好きにして下さい」


 かなりがんばって私は恥ずかしい台詞を言う。


「……だ、だめだ! そんなにかわいくされると、我慢しきれなくなる。私はサーラに対して、間違った欲望を抱いている」

「間違ってませんよ」

「間違ってるんだ」


 私はその欲望の意味するところを、まあアレかなあと予想した。陛下は女性嫌いを克服したけど、未だに少し潔癖なのかと心配になる。


「教えて下さい、どんな欲望なんですか?」

「聞きたいか」

「はい」


 私の寝室は、俄に聖堂の告解室のような雰囲気になった。私も陛下も、ベッドの上に膝を折って座り、向かい合う。


「では言うが、私はサーラを」

「はい」

「――閉じ込めたいと思っている。宮殿の奥深くに閉じ込め、私だけが触れられるようにしたい。侍女さえも近付けさせない。サーラにとってこの世で唯一の生き物になりたい。サーラの心に浮かぶ者は私だけにしたい」

「そうなんですね……」


 予想の斜め上をいく陛下の願いに、私はそうなんですね、以外の言葉を失くした。


 ――でも、そういえば最初にキスしたときも陛下はそんなことを言っていた。あれって冗談じゃなかったんだ。


「すまない、私はまともじゃないんだ。私を嫌いになったか?」

「そんなことないですよ」


 陛下の手を握って、安心させようと私は試みる。驚きはしたけど、全然嫌いになんてならない。


「思想と実行の間には、遥かに高い壁があります。閉じ込めたいと思っていても、陛下は私にいつも優しくて、自由にやりたいことをやらせてくれてるじゃないですか。陛下は偉いです」


 唇を噛みしめ、陛下は俯いた。私は繋いでいる手を軽く引っ張ってこちらを向いてもらう。


「私がどこかに行きそうで、陛下を不安にさせてるせいもありますか? 私は陛下を置いて、どこにも行きませんよ」

「だが、サーラはいつまで経っても、二人きりのときでも敬語をやめてくれない。そして私を名前で呼ばない」

「それは……」


 陛下の低い呟きは、ぐっさり私の胸に突き刺さった。何てこと。私の言動に責任があった。陛下にそんな思いをさせてたなんて、知らなかったでは済まされない。私が陛下をねじ曲げていたんだ。


「サーラが親しげに話す者全てに妬いてしまう」

「ごめんなさい」

「いや、私の態度に問題があるんだろう。私がいつも偉そうだから」

「11歳で陛下は即位されたんです、仕方ないですよ。私は陛下の……ル、ルカの話し方好きです」

「私も、敬語であってもサーラの話し方は好きだ。そもそも声の響きが好きなんだ」


 結局いつものグダグダになってしまい、私と陛下――ルカは目を見合わせた。苦笑するが、問題は何も解決していない。


「提案があります」

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