ルカルディオ陛下の誕生祝賀会
こういうのって、迷うほど渡しにくくなる。でも、あのサーシャが出来映えを褒めてくれたじゃない。私は勇気を出して、ドレスのひだの隙間のポケットに手を伸ばした。完成した刺繍のハンカチはここに入っている。
「陛下。実は陛下への贈り物、ほかにもあるんです」
「それはいつ授与してくれるんだ? ファンファーレは鳴るのか?」
ルカルディオ陛下は、冗談まじりに鮮やかな緑の瞳を輝かせる。
「サーラから貰えるのなら何でも嬉しい。招待客全員に自慢しよう」
私は取り出しかけた手を止める。陛下はやるといったらやる有言実行のお人だけど、招待客全員に私が刺繍したハンカチを自慢するのは勘弁して欲しかった。
「他人に見せるものではないというか……」
こんなことなら定番すぎるけど、袖口に付けるカフリンクスにしとけば良かったと後悔する。でも、ジルに頼んで陛下が今持ってるカフリンクスを見せてもらったら、腐る程持っていてやめてしまったのだった。陛下は本当に何でも持っている。
「サーラ?」
黙ってしまった私を、心配そうに陛下が覗き込んだ。よし決めた、夜に二人きりで渡そう。陛下の指先にそっと触れて、私は微笑んだ。
「ここで渡せるものではないので今夜、私の部屋に来て頂けますか?」
「なっ……?!」
陛下が目を最大に見開いた。何をそんなに驚いてるの――ちょっと考えた私は、慌てて打ち消すように手を振る。
「違いますよ!! ちゃんと物ですから! 小さい物、物質!! 生きてない物ですから!」
必死に言葉を並べて誤解を解こうとする。手とか握っちゃダメなやつだった。これだと本当に、贈り物は、私、みたいな意味合いになっていた。羞恥で顔が熱くなる。
「あ、ああそうか。何だろうな。楽しみにしている」
「大したものじゃないですけど、ほかの人には見られたくなくて」
「変な勘違いをしてすまなかった」
「いえ、私が変な言い方をしてしまったんです」
陛下といつものグダグダをやっていると、側仕えのバレッタ卿が赤い切れ長の目を更に細め、ため息をついた。
「陛下、そろそろ出席者の方にご挨拶の時間では?」
「わかった」
庭園の会場中央にある、薔薇のアーチで飾られた壇上に陛下は進んだ。拡声魔法を用い、簡単な挨拶を始める。ディランドラ帝国の繁栄はそなたらの忠誠あってこそとか、そんな内容だ。
「はあ、やっぱり陛下は立派で格好いいですね。私には勿体ないくらい……」
朗々と響く陛下の美声にうっとりして、隣にいるバレッタ卿に半分ひとりごとのように呟いた。話す内容を書いた紙などを用意せずとも流暢に、ごく簡単みたいに陛下は語られるが、全然簡単なことではない。
「サーラ様と陛下はとてもお似合いですよ」
「そう言ってくれます? 詳しくお願いします」
バレッタ卿は鋭く見えがちな目を柔和に細めた。最近知ったけど、バレッタ卿は既婚者で子供もちゃんといる。それを知ってからは、バレッタ卿に妙に父性を感じていた。
「似ているところと、真逆なところが丁度良く噛み合っています。つまり、性格の相性がとても良いですよ」
「本当ですか! 陛下をよくご存知のバレッタ卿にそう言ってもらえると嬉しいです」
陛下がお話中なので小声にしているけど、跳ね回りたいくらいに気持ちが弾んだ。
「……と、思うことが夫婦には大事だそうです。私もそう思い込んで、妻と何とかやっています」
「ええっ」
バレッタ卿のいらぬ付け足しに、私はがっかりした。
「前から思ってましたけど、バレッタ卿はほんと、物事を教えるときに説明が少なすぎたり、多すぎたり極端ですよね」
「あ、いや。本当に相性は良いと思ってますよ。たまにもどかしくなりますが」
「――集まった皆に、帝国の歴史を彩る新しい魔導兵器を発表しよう」
私とバレッタ卿がおしゃべりしている間に陛下のお話は進行し、予定通り大事な発表に差し掛かっていた。庭園の垣根の向こうから、巨大な土人形の軍団が行進してくる。
人々は驚きと称賛の歓声をあげた。一部の気の弱い夫人などは、夫にしがみついた。
土人形は、だいたい大人の男性くらいの身長だが、二足歩行でバランスを取るために下半身ほど太くなっている。全体的には四角形を組み合わせたような、直線的な形をしていた。この方が量産しやすいからだ。
これはそもそも、アントニオの侍従となったミロが魔法の基礎を開発したものだ。今はミロの手を離れ、ベラノヴァ家から正式に上申され、帝国の魔導師が研究して形にした。これは炎とか水を出したりするのとは全く別種の、新しい魔法だった。
「魔法の性質は呪いに近いものだが、穴を掘るなど単純な命令を下せるので鉱山など危険な場所に利用する予定だ。もちろん、有事の際には兵士の代わりにもなる」
陛下は淡々と皆に、魔法の有益性を説明する。
「この土人形の魔法は、希望があれば貴殿らに伝授する。存分に領地の開発に使うとよい」
陛下を称える貴族たちが、拍手喝采を送る。私も誇らしい気持ちで拍手をした。帝国で最も尊く、偉大なルカルディオ皇帝陛下は貴族たちが相手でも誕生日にはむしろ分け与える立場にある。
「ただし――」
皆の盛り上がりを手で軽く制し、ルカルディオ陛下の緑の瞳が昼日中であっても妖しく光る。その途端、土人形はどさどさと音を立てて崩壊を始め、砂の山と化した。
「私の聖顕の瞳の前では、これらは全くの無力である。そのことは肝に銘じるように」
陛下の権威を存分に示し、貴族たちの万が一にもの叛意に釘を刺してお話は終わった。これも大事なことだ。
――ちなみに、この魔法の基礎を考案したミロ本人はフリフリドレスのかわいらしい人形を動かして、友達にして遊んでいたそうだ。アントニオがこっそりと教えてくれた。
ただし、普通の人形まで動かせる魔法は危険すぎるので、部外秘の禁術になった。ミロはちょっとかわいそうだけど、二度とその魔法は使わないと両親立ち会いの下、誓約書にサインをした。
それらを知っているアントニオは、ミロを煽って勉強や剣術に意識が向くよう上手に挑発した。多分、以前にルカルディオ陛下にやられたことを学習して応用しているんだろう。本当に子どもの成長は目覚ましいものがある。最近のミロは、人形はかわいがるだけにして普通の勉強をがんばってくれているし、競うようにアントニオ自身も勉強に対して熱心になった。
新兵器という、重大な発表を終えたあとは平和的にパーティーが続いた。
ベラノヴァ団長とジータが揃って私と陛下の前にやって来て、婚約を報告したりした。ほとんどの貴族が集まっているのをいいことに、それぞれの両親の顔合わせを済ませてしまったという。要領のよいことだ。
庭園に特設したダンスフロアでは、ジルがかわいらしい令嬢と踊り狂っていた。
ジルが設営を担当してくれた部分だ。ジルの魔力が続く限り決して溶けない氷のダンスフロアとなっていて、ジルは一日くらいなら余裕、と言っていた。薄青く透明な氷の奥底には色とりどりの花が咲いて、幻想的な光景だ。
氷が溶けて水にならないから表面は普通の床のようにサラサラで滑らないが、みんな始めの一歩は恐々と踏み出す。
「あの令嬢は見かけない顔だが、ジルについに好みの女性が見つかったのか」




