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誤解

 ハンカチを受け取りきつく握りしめると、ジータは震える唇を開いた。


「サ、サーラ様は……」

「ええ」

「いいですわね、何もかも順調で、みんなに愛されて」

「えっ?」


 ジータの言葉は、深く私の胸のうちを抉った。覚えがある感情だからだ。


「私なんて……どうせ誰も……」

「そんなことないでしょう。みんなジータのこと好きよ」


 そうよそうよとタマラとクレオも慰めようとするが、ジータは顔を覆って泣くばかりだ。


 そうして、タマラとクレオに救いを求めるように見つめられる。ここでは私が主導権を持ってるから仕方ない。何か、女社会の面倒くささを感じてしまったが私はおくびにも出さないよう顔を引き締めた。


「ジータと二人にしてちょうだい」


 私はみんなに部屋を出てもらうことにした。困ったときはとりあえずこれだ。会議も大体終了している。


 タマラにミルクと砂糖たっぷりの紅茶を持ってきてもらうよう頼み、扉を閉めきる。部屋はジータのすすり泣きだけが響くようになった。


「……」


 言葉もなく、ジータの横に腰かける。


 私だって、かつては弟のサーシャが羨ましくて、自分は取るに足らないどうでもいい存在だと、こっそり枕を濡らした夜もある。


 でもそれは子供の頃の話だ。成長してからも地味に劣等感はあったが、何だかんだ頑張ってればいいこともあるよ――と気楽な励ましが、さっきは喉元まで出かけたのだ。


 それを冷静なもうひとりの私が、あんまりにも調子に乗った発言だと諌めた。ルカルディオ陛下といい感じだからって、乗りに乗ってジータを知らず知らずに傷つけてたんじゃないの、と。


 考えてみたら調子に乗ってたかもしれない。女の子の涙はすごい武器だ。何もかも私が悪かったと謝りたくなる。


 やっとのことで湯気の立つ紅茶が届けられ、泣き続けるジータに勧めた。


「ほら、ジータ。温かいものを飲むと気持ちが落ち着くわ。カップを持つだけでもいいから……」


 私がジータにかけられる言葉は、そんなものだった。


 自分の分を飲んでいると、やがてジータも泣き腫らした顔で一口、飲んでくれた。


 もう少し。気の強い彼女が、考えをまとめるのをじっと待つことにした。ここで私が偉そうに何か言えば、間違いなく反発されるだろう。子供でもない、老齢でもない、年齢の近い女子が一番気を遣うなと知る。


「……突然失礼しました、サーラ様。もう大丈夫ですから、行って下さい」

「気にしないで。どうしたのか教えてくれるまで私はここを出ないわ」


 落ち着きを取り戻したジータは謝罪をしてきた。この後は医療保険について関係閣僚との打ち合わせだけど、昼食を抜けば間に合う。私は糖分補給にともう一口、甘い紅茶を飲む。


「……私、サーラ様に嫉妬していましたの。ルカルディオ陛下がいながら、ベラノヴァ団長と浮気するなんてと。しかもそれを陛下がお認めになるなんて。あまりにやり手過ぎますわ」

「ぐっ……!」


 私は紅茶を喉に詰まらせる。


「なっ、何を、言ってるの?!」


 噎せながら何とかそれだけ言う。熱く喉が焼けたし、気管も焼けた気がする。


「だってそうじゃありませんの?!」

「誤解、誤解にも程があるわ」


 まだ噎せながら、私は理解した。そういえば紫水晶宮に寝泊まりしているジータやほかの侍女たちに、ベラノヴァ団長と出かけた夜のことを詳しく説明してなかった。


 だって私は子供じゃないし、いちいち『ベラノヴァ団長とダンジェロ宰相閣下のとこに行ってくるね』なんて言う必要はない。私の警備責任者はベラノヴァ団長だから、団長さえわかっていればいいと思っていた。


「もしかして、私が陛下とケンカした挙げ句、見せつけるみたいにベラノヴァ団長と飲み明かしたとでも? そして、こんな風に浮気されたくなければ言うこと聞きなさいと陛下を脅したとでも思ってるの?」

「そうですわ」


 絶句とはこういうことを言うんだろう。私は口を閉じられずにジータの充血した目を見つめる。


「そうね、私が悪かったわ。説明しましょう――」


 私は事細かにダンジェロ宰相閣下の仕組んだ一幕を説明した。今後は彼女たちにも行動を伝えようとも決意する。



「――そうだったのですね。宰相閣下は流石でいらっしゃいますわ。ベラノヴァ団長とサーラ様は以前から親密ですし、陛下でさえ騙されてしまうのもわかります」


 すっかり涙が止まったジータは、感心したように何度も頷く。そういえば、ジータは最初から私とベラノヴァ団長の仲を疑っていた。


「私とベラノヴァ団長はそんなのじゃないんだけど」

「でも、ベラノヴァ団長がサーラ様を見る目付きはいつも特別に優しいのですわ。私を見るときとは違って……」


 またジータの目が潤み出して、私はおや、と思う。


「ジータはベラノヴァ団長が好きなの?」


 顔を真っ赤にして俯いてしまったジータだけど、その反応は完全に黒というか、ベラノヴァ団長を好きだと認めていた。


「……申し訳ございません、侍女の仕事に私情を持ち込んで取り乱してしまって」

「いいのよ。そんなこともあるわ」


 ほとんどの原因はベラノヴァ団長と知って私は気が楽になった。ついつい声が明るくなる。


「ベラノヴァ団長が私を、なんて絶対ないから大丈夫よ。実は、詳しくは言えないけど、私と団長とサーシャの三者間の揉め事が過去にあったのよ。それで逆に親しく見えるだけ」

「サーシャ様と……」


 一見すると虫も殺せなそうに穏やかなサーシャが関わっていると聞き、ジータは目を丸くする。


「ちなみにジータは、団長のどこが好きなの?」


 ジータと団長は、私の周りでしょっちゅう顔を合わせる。でも基本的に睨み合って口も聞かないから仲が悪いと思っていた。好奇心だけで私は聞く。


「理由なんて自分でもわかりませんわ……ただ彼を見た瞬間、胸が高鳴ったのです。後はもう全部が好きで」

「わかるわ。私も陛下を見たときにそう感じたもの」


 女同士は面倒もあるけど、恋のお話は最高に良いものだ。私は全力で同意する。


「で、でもだからこそ、ベラノヴァ団長と親しげなサーラ様が羨ましくて……今までごめんなさい。私、サーラ様にきつく当たってきました」


 照れながら必死に伝えようとしているジータが急にかわいく思えてきて、私は彼女の手を取る。


「全然気にしてないわ。ジータに対してきついなんて思ったこともないし」


 嘘だけど、これはついていい嘘だ。ジータのことがわかった気がする。ジータは、極度の恥ずかしがり屋なのだ。きっと、思っているのと逆のことを言ってしまうタイプだ。


「ありがとうございます。でも、このことはどうかベラノヴァ団長には絶対に言わないで下さいませ。もう取り乱したりしないと約束しますからどうぞ放っておいて下さい」


 私の心を読んだようにジータは釘を差してくる。勘が鋭い。


 そうは言っても私の周りで睨み合っているだけでは、二人の仲は何年経っても進展しそうになかった。


「ねえジータ。ジータはベラノヴァ団長を嫌いじゃないって伝えるくらいはいいでしょ? 今のままじゃ誤解されてるわ」

「それは多分そうですけど……」

「任せて、上手く伝えるから」

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