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カミラ・ココシーニ伯爵夫人

「ちょっとアントニオ」

「先にミロに庭園を案内してやります。覚える必要があるでしょう?」

「……じゃあ任せるわ」


 私は、ある程度アントニオの自主性に任せることにした。だってアントニオはよく見たら、怒ってるのではなく張り切って興奮していた。初めての弟分的存在が嬉しいのかもしれない。


「ミロ、ついて来い」

「は、はい!!」


 ふたりは子犬のように元気よく駆け出していった。秋の陽光がキラキラ眩しくて、私もあんな風だったなと遠い昔を思い出す。


「では、どうぞおかけになって」


 そしてベラノヴァ団長とその妹のカミラ・ココシーニ伯爵夫人という、謎面子の奇妙なお茶会が始まろうとしていた。


 席に着く前に、ココシーニ伯爵夫人は、すっと私の前に歩み出て優雅に礼をした。


「この度は、不肖の息子ミロを皇子殿下の侍従にお引き立て頂き、心より感謝申し上げます。また、次期皇后陛下たるサーラ様の、初めてのお茶会にお招き頂いて光栄の限りですわ」


 ココシーニ伯爵夫人は、30代らしい落ち着きと社交慣れした親しみやすさを持っていた。ベラノヴァ団長の妹なので、褐色の肌や銀色の髪は同じだが顔つきは似ていない。目鼻立ちは控えめで、体も華奢な人だ。


「大切なご令息をお預かりするのですから、このくらいは当然のことです。ココシーニ伯爵夫人とは、これから是非仲良くなりたいと思っております」


 彼女は、身分は伯爵夫人だけど結局ベラノヴァ侯爵一族の人なので、社交界で顔が広いという。私も少しは人脈が欲しい。


「まあ、ありがとうございます。サーラ様につきましては、兄から素晴らしい方だとずっと伺っておりました。本当に、サーラ様がルカルディオ陛下のお心を射止められたのも当然ですわね。こんなにすてきな方なんですもの。私のことは、どうか名前でお呼び下さい」

「ありがとうございます。カミラ夫人」


 私とカミラ夫人は、微笑みあってから着席した。ベラノヴァ団長と違って、癖のない話しやすい人だ。団長はカミラ夫人の横に座る。なお、事前にそうしてとお願いしてあるからだけど、団長は護衛の任務中だから座らなくていいと固辞して、なかなか面倒だった。


 侍女たちによって紅茶が注がれ、それらしくなってきた。ひとしきり紅茶や茶器などを褒め称えたカミラ夫人は、笑顔をおさめる。


「それで、サーラ様は私に何をお求めでしょうか」

「はい?」

「どうぞ何でもおっしゃって下さい。兄の一件に続き、ミロの不祥事まで揉み消して下さったサーラ様には、ベラノヴァ一族で総力を持ってお力添え致します。これは父のベラノヴァ侯爵の意向でもあります」


 重々しく語るカミラ夫人の後を引き継ぐように、ベラノヴァ団長が口を開く。


「陛下の寵愛を受けていらっしゃるサーラ様に手に入らぬものはないと存じますが、我が一族独自の方法がございます。私がお傍で見ている限り、サーラ様はこのところお悩みの様子です。ぜひ打ち明けて下さい。もちろん、法には触れないやり方で行いますから、罪の意識を感じる必要はございません」

「いえ、私が何かして欲しくてミロを侍従にした訳ではないのですが……」


 私はとんでもないことを言っている兄妹の顔を交互に眺めた。ベラノヴァ一族こわい。


「それでは私たちの気が済みません。人助けと思って、どんな小さなことでもおっしゃって。サーラ様の憂いを晴らして差し上げたいのですわ」


 しかしカミラ夫人は3人の令息と1人の令嬢を持つ母だけあって、細いのに貫禄がある。私は言われるがまま自身の中の憂いを探した。


「ではカミラ夫人のお友達を紹介して下さると助かります。恥ずかしながら、私はろくに社交界に出ていなかったので親戚と、家庭教師をしていた教え子しか親交がないのです」


 私の侍女たちが喜ぶので、たまにはお茶会を開きたい。でも実家のフォレスティ家筋の人ばかり宮殿に呼ぶと感じが悪そうだから、やるなら幅広く呼ぶべきだろう。


「それなら、サーラ様にぴったりの令嬢や夫人を紹介いたしますわ。でも、それだと私の利益になって困ってしまいますわ。ほかにもどうぞ、おっしゃって」


 ほかの憂いと言えば、最近の私とルカルディオ陛下の仲だろう。陛下はいつも蕩けるように優しい。けれど、政務が絡むと見えない壁を感じてしまう。


「陛下と……」


 言いかけて、私は喉にものが詰まったように声が出なくなる。やっぱり、これは時間がかかっても私と陛下の間で解決したい。カミラ夫人が首を傾げる。


「陛下とのことでお悩みなのですね? わかりますわ。どんなに尊いお方で敬愛申し上げても、ときには価値観の相違に悩んでしまいますわよね」

「いえいえ。何でもないです」


 何も言ってないのにカミラ夫人は図星をつきすぎて胸にぐさぐさ来るが、私は必死に否定した。


「女同士ですもの、教えて下さればいいのに」

「本当に大丈夫です。あっ、そうです。私とダンジェロ宰相閣下との仲を取り持ってくれますか? 私は彼に嫌われているようで、ほとんど話をしたこともないのです。陛下の父親代わりのような方ですから、お近づきになりたくて」


 私は苦し紛れに宰相閣下の名前を出した。カミラ夫人は愛想よく笑う。


「あら、そうなのですね。こんなに理想的な次期皇后のサーラ様に冷たく当たるなんて、宰相閣下はどうしたのでしょうね。お任せ下さいね。ダンジェロ宰相閣下と父は、長く親交がありますもの。ねえ、お兄様も閣下とは親しくしていらしたわよね?」

「宰相閣下には子供の頃から良くしてもらっていますし、今も勤務外に話をすることがあります。全く、そんな事で悩むのなら、早く私に相談して下されば良かったのに」


 ベラノヴァ団長まで快活に笑った。良くあることだけど、貴族世界は狭いようだ。


「ほかはございませんの?」

「私はもうほかに悩みはありません。それより、ミロが悩んでいそうなことを教えてもらいたいだけです」

「あら……」


 カミラ夫人は肩をすくめ、庭園に目をやった。アントニオとミロはまだ戻ってきそうにない。


「もちろんお話しますわ」


 カミラ夫人は、やはりミロが三男で爵位が継げないとわかり始めたことが悩みの原因だろうと語った。


 それはカミラ夫人にはどうしようもないことだ。子宝に恵まれるのは素晴らしいことだけど、ほとんどの貴族家の長男以外の男子は、苦悩を抱える。なぜなら自分で職に就いてがんばって稼いでも、爵位による領地収入とは桁が違うからだ。


「ミロは我が子ながら魔法の才能があり、兄妹の中では一番賢いかと存じます。それでもミロの兄やベラノヴァ家の当主に尽くさなければならないことに、鬱憤があったようです。要は、ベルトルドお兄様がいけないのですわ」

「は?」


 突然カミラ夫人に横目で睨まれ、ベラノヴァ団長は驚いていた。


「ベルトルドお兄様みたいに、いつまでも結婚というお役目も果たさずに問題を起こしても尚、長男だからと許されて、当然のように爵位を継ぐつもりの人が憎いのでしょう」

「いや、それは……サーラ様の前で言うことじゃないだろう」


 珍しくしどろもどろのベラノヴァ団長がおかしくて、私は笑いを噛み殺した。

ご覧いただきありがとうございます。

年内に終わらせたかったのですが、筆が遅くて無理でした。

でもあと少しで終われる予定なので、来年もお付き合い下さると嬉しいです。

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