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婚約パーティー

「ねえアントニオ、いつまで拗ねてるの?」


 私はベッドで毛布を頭からかぶって顔を見せないアントニオを指先でつついた。婚約パーティーの予行演習を終えたあと、侍女から報告をもらって仕方なくアントニオの私室に駆けつけた。


「拗ねていません、体調が悪いのです」


 口調だけは丁寧になったアントニオだけど、我が儘なのはどうにもなっていない。


「侍医には診てもらったそうじゃない。問題ないんでしょ」

「その後にお腹が痛くなりました」


 私は嘆息と共にベッドの端に腰を下ろす。ドレスはもう着替えて動きやすい近衛騎士の制服だ。


「ああ言えばこう言うアントニオ」

「私はそんな変な長い名前じゃありません」

「じゃあアントニオ・ソネス・ディランドラ殿下」


 私は正式にアントニオの名を呼んだ。アントニオはルカルディオ陛下と養子縁組を済ませ、今や皇子となっている。だから今の私は、本当は殿下と呼ばなきゃいけない。私はまだ陛下の婚約者の身だから。


「気持ち悪い呼び方はやめてくれますか? サーラ」


 アントニオが毛布を剥ぎ取って不満そうな顔を出した。殿下呼びは断固として拒否されるので、アントニオ対サーラという戦いが続いている。あんまり親子関係にはなれていない。


「じゃあ聞いて。アントニオ。人の苦手なこととか、経験がないことを見つけたら嬉々として馬鹿にするのはもうやめて。わかってもらいたくて、予行演習からアントニオを外したの」

「もうわかりました」


 唇を尖らせるアントニオは、がんばって怒りをおさえているようだった。


「それは良かった。パーティーにはアントニオと歳の近い令息や令嬢も呼んだから、良いお友達を見つけてね」


 アントニオは私の心を覗くように、透明感のある翡翠の瞳でじっと見つめてくる。


「そんな急に仲良くなれません。ご存知の通り、私は気難しいんです」


 アントニオは気難しいというか、周りに大人ばかりの閉鎖的な環境で育ったせいかバランスが悪い。奥底の感情は子供なのに、表層は大人みたいになっている。


「やってみなきゃわかんないわよ。とにかく、アントニオには絶対、歳の近い友達が必要よ」


 そういう私も親しい友達はいなかったが、双子の弟がいた。ルカルディオ陛下も2歳下の弟ジルがいた。そういう刺激が必要かなと思う。


「サーラ」

「うん?」


 にじにじとアントニオが近寄ってくる。そのまま腰に抱きつかれ、膝枕の体勢になった。もう12歳なのにどうかと思うが、育児本には甘えてきたときには甘やかすといいと書いてあった。私は形のいい頭を撫でてやる。アントニオは気持ち良さそうに目を細めた。


「私は友達はいらないです。サーラがいれば」

「それじゃダメなんだってば」


 こんなかわいいことを言ってくれるのも今だけなんだろう。ちょっと絆されてしまう。



 ◆



 3日後、予定通りに私とルカルディオ陛下の婚約記念パーティーが開かれた。


 私と陛下の入場は一番最後なので、控室で陛下と水晶を眺めていた。水晶には魔法がかかっていて、ホールがここから見えるようになっている。

 続々と、招待客が係の者に名前を読み上げられて入場するので私が顔と名前を覚えるチャンスだ。


「うーん、それにしても人数が多いですね。頭がいっぱいになってきました」

「皆、サーラの顔を拝みたいんだろう。サーラがいかに美しく、優雅であるか見せたいが見せたくない妙な気分だ」


 陛下は悩ましげに眉を寄せる。今日のルカルディオ陛下は、金髪を全部後ろに流して麗しい白い額を全開にしている。衣裳も豪奢で、赤地に金の刺繍だけどその派手さに負けない顔の力がすごい。


「はあ……女性の招待客が拝みたいのは陛下のお顔だと思いますよ。すっごい遠くから仰いでいた陛下を拝見できるのですから」

「まあ、今までは私が主催でも女性客を後ろに下がらせて壇上から挨拶するだけだったからな」


 長く患っていた女性嫌いは、陛下の生活のあちこちに不便を強いていた。そこにするっと取り入って婚約した私がどんなものか、確かに見たいのかもしれない。私が別の立場ならそうだろう。招待客はすでに興奮した様子で盛り上がっていた。


 だけど今、真横から突き刺さる熱い視線よりはどれも大したことなさそう。誰より私に興味を持ってくれてるのは陛下かもしれない。


「陛下、水晶を見なくていいんですか? 陛下も夫人や令嬢の顔と名前はあまり一致してませんよね?」

「ああ……サーラが綺麗すぎて」

「えっ?!」


 ちゃんと会話が成り立ってないのに、陛下は大真面目にそう言った。


「か、顔が赤くなっちゃうので今はやめてくれますか? もうすぐ私たちの出番です」


 大まかには爵位の低い方から高い順番で入場する。今はベラノヴァ団長のご両親、ベラノヴァ侯爵夫妻が入場していた。


「わかった。愛してる」


 本当にわかってるのか不明なことを陛下は言う。丁度外からノックがされて、準備を促された。



「サーラ・フォレスティ令嬢、そしてルカルディオ・アレッサンドロ・ディランドラ皇帝陛下のご入場です!」


 入場係の大声で、私たちは大きな扉をくぐった。ホールを埋め尽くす貴婦人の色とりどりのドレスは、本当に花のようだ。紳士の皆さんももちろんいる。


 陛下が簡単な挨拶を述べて、歓声や拍手を受けながら、微笑みを浮かべて階段を降りる。キョロキョロしてられないのでどこにお父様とお母様がいるか確認できなかったが、多分喜んでくれているだろう。


 あとは自由にご歓談の時間になった。お酒も用意されてるので、子供たちは別のホールに連れて行かれる。

 アントニオと歳の近い令息令嬢はみんな素直そうで可愛らしいものだった。


 侍女や騎士をつけているのでいきなりはケンカにならないだろうし、上手くやるのよ、とアントニオの後ろ姿を見送った。


「この度は、ご婚約おめでとうございます。心からお祝い申し上げます」


 早速話しかけてきたのは、ベラノヴァ侯爵夫妻だ。夫人はベラノヴァ団長と同じ、褐色の肌に銀髪をしている。大陸の東部の人なんだろう。ベラノヴァ侯爵は、鷲鼻で厳めしい顔だった。そんな人が私に深々と頭を下げる。


「サーラ様、愚息が大変お世話になっております。本来ならばもっと早くにお詫びに参るべきでしたが――諸々の事由により遅れましたことをお詫びいたします。サーラ様と陛下の寛大な采配により、今も愚息は名誉ある近衛騎士の団長職にあるのです」


 ベラノヴァ侯爵は遠回しに、息子である団長の過去の事件を謝っていた。団長がサーシャに呪いをかけて、私がそれを解くために魔法で潜入した。


 まだ月日は浅いのに、ずいぶん昔の話に感じる。色々ありすぎて、直接会うのが遅れたのもしょうがない。


「いえ、こうしてご挨拶頂けましたからもう十分です。団長には私こそ、日々お世話になっています。これからは気兼ねないお付き合いをお願いしますわ」


 私は直接的でない水に流しますよ的な台詞を考えながら喋る必要があった。へりくだりすぎでもいけないし、偉そうぶってもいけないから難しいところだ。


「もうそれはよい。ベルトルドは団長として素晴らしい働きをしてくれている。これからも侯爵夫妻、ベルトルドともよい付き合いを望む」


 陛下が威厳たっぷりに団長の名前をあえて呼んで働きを誉め、話を締めた。ベラノヴァ侯爵夫妻が前を辞していく。


「ベラノヴァ侯爵は元老院では最も有力な議員のひとりだ。サーラとサーシャが大ごとにせず許したことで、実は私も助かっている。私の通したい政策に協力的になったんだ」


 陛下が私だけに聞こえるよう囁いた。

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