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ダンスの合間に

 ホールの中央に進み、ダンスの始めの型を取る。右手を繋ぎ、左手をサーシャの腕に添えた。


「演奏お願いします」


 今日はバレッタ卿がピアノを弾き、ベラノヴァ団長がヴァイオリンを担当する。すぐに二重奏の美しい調べがホールに響き渡る。


 ゴツい体型をしていても、名家の令息であるふたりは楽器も堪能なようだ。


 曲に合わせ、自然と体が動きだす。私とサーシャも、みんなの前で踊るのでここ数日、紫水晶宮で夜な夜な練習をした。サーシャと踊るのはいつも楽しい。自分の体が延長してふたつの体になったみたいに、気の向くままに動くし、動かせる。


 目が合えば大体わかるのは双子あるあるかと思ってたけど、これは『魅了の瞳』がお互いにあるからだ。言葉を覚える前の赤ちゃんの頃を思い出しそうなくらい、無邪気にただ踊っていられる。


 そういえば、私たちは言葉を覚えるのが遅かったとお母様が言っていた。気持ちが伝わって、返ってくるのが楽しいのだから仕方ない。


 私とサーシャは段々興が乗り、ここはもっと踏み込みたいとか、スピンターンしちゃえとか。ついつい色んな技を組み込んだ。


「……とまあ、こんな感じです」

「はい」


 曲の終わりに、私とサーシャは気取った礼をした。陛下とジルは熱心に拍手をくれる。バレッタ卿とベラノヴァ団長も、演奏で気持ちを伝えてくれた。


「素晴らしい。始めから終わりまで、一幅の連続した絵画かと思ったぞ。もしダンス大会を開いたらお前たちが優勝だ」

「うん。見てるだけで楽しかった。でも明らかに初心者向けじゃないよ。あと、僕にはやっぱり無理!!」


 ジルがいやいやと首を振るが、すぐにサーシャがジルの手を取った。


「そんなこと言わずに、僕と踊ろう? 僕は女性役も得意だから」

「サーシャはまだいいけど、僕は知らない女性とそんなに密着したくないんだよ!」


 ジルは、実は女性を嫌いになってしまっている。以前の陛下のように吐いて倒れるほどではないが、結婚適齢期の女性が近づくと物陰にかくれてしまう。まるで神経質な猫みたいだった。


 それというのもジルが出所不明の侍従から皇弟となり、玉の輿を狙った多くの侍女たちに迫られたからだ。気軽に挨拶や世間話をしていた侍女が手のひらを反すように態度を変え、好きでもないのに愛してると囁かれるのが嫌でしょうがないとのことだった。


「んーでもジル好みの人がパーティーにいるかもしれないし、踊りのひとつくらい覚えておいて損はないよ」

「いいよ、僕は生涯独身で過ごすんだ」


 ジルはブツブツ言いながらもサーシャにお願いされて最初の型になった。私も陛下と手を取り合う。背中に手を添えられて妙な感覚がした。


「あれ? なんだか……」

「どうした? おかしいか?」

「いえ、合ってます」


 サーシャ相手には何も感じなかったのに、こんなに密着するんだっけと照れが来てしまった。陛下が急に男っぽく感じてしまう。


 サーシャと比べちゃいけないけど陛下は背が高く、組んだときにもう違う。それに肩幅や胸囲がしっかりした威厳ある体格だ。勇ましさと知的さが共存する眉、私を愛おしげに見る瞳。あまりに近く思えて、私は耳が熱くなってきた。


「家族以外と踊るの初めてだからか緊張します」

「家族以外の、サーラの最初で最後のダンスの相手だと思うと嬉しいな」


 陛下は誇らしげににっこり笑った。私にもうほかの男と踊るなと遠回しにおっしゃっている。絶対ダメというルールはないけど、ルカルディオ皇帝陛下が言うのなら、たった今厳格なルールとなった。


 そういう陛下は子供時代にちょっとは誰かと踊ったんだろうか。そこまでは嫉妬してもしょうがないので、私は深呼吸をして陛下の瞳を見つめる。


『魅了の瞳』さえあれば、ダンスを教えるのはすごく簡単だ。いちいち右、左、とか口に出して言わなくてもいい。瞳に魔力を込めて考えるだけで素早く伝わる。


 演奏が始まり、揃って足を踏み出す。


「……ほとんどもう覚えました?」

「サーシャに嫉妬したからな」


 陛下の手先に、確かな陛下自身の意思を感じた。冗談っぽく笑っているけど、根が深そう。


「弟ですよ」

「あまりに通じ合っているから」


 陛下は目の前で踊って見せただけでほとんど覚えていた。下手だから恥ずかしいとか言ってたのに、流石の陛下だ。あまり指示は必要なかった。次第に私は、しっかりと支えてリードしてくれる陛下に身を任せた。


「でも、陛下は全部わからないところが謎めいていて、ドキドキしていいかなと思います」

「そうか」


 私とは育ちも考え方も全然違うから、もっと知りたい。私は独占されたいし、私も陛下を独占してずっと踊っていたい。


 陛下のステップが少しずれたので、私は瞳に魔力を込める。


「ふっ」


 自分が間違えたのがおかしかったのか、陛下が顔を赤くした。そういうところがかわいい。


「ダンスとは素晴らしいものだな。私もこれからもずっと、サーラを独占したい」

「……私も?」


 ぶわっと汗が噴き出る感覚がした。


「今、私の気持ちまで一緒くたに伝えてました?」

「かわいいからもっとやって欲しい。うむ、私はダンスについて全て忘却した。私の手足はサーラに任せる」

「ダメです! ちゃんと思い出して下さい!!」


 息は上がってないのに心臓は忙しく働いていた。後半はグタグダになったまま、1曲が終わってしまう。



「すごい、初めてなのに僕にも踊れた。サーシャって、魅了の瞳ってすごい」


 ジルとサーシャ組もちょっと興奮した様子で息をついていた。


「楽しんでもらえた?」

「うん、楽しい。ねえサーシャ、また魔法で女装しない?そして僕のパートナーになってよ。短時間でいいなら幻覚魔法、いいのあるよ」

「悩むなあ。ペネロペと踊る約束してたけど」


 変なことを言い出すジルだけど、サーシャは満更でもない顔をした。確かにサーシャのドレスを着たい欲を満たす好機ではある。


 でも婚約者のペネロペを放ってドレスを着てジルと踊ってていいものか、果てしなく疑問だ。付き合い始めたばかりで男友達との遊びを優先する男は最低ともいう。


「出来たらそれやりたい……でも僕は挨拶回りのお役目があるから、ごめんねジル」


 ぐぬぬ、と悩んだ末にサーシャは苦々しく断った。いいぞ、弟。


「そうだよね、フォレスティ家の跡継ぎだもんね」

「うん。でもパーティーはこれから多いし、何回かに一回は休んでも大丈夫かな?」

「本当? そしたらさ……」


 ジルとサーシャは何だか盛り上がっているので、任せることにした。


「見守ってやろう」


 陛下は遠い目をした。私もそんな顔をしてるだろう。


 そのあとは軽食をつまみながらみんなと段取りを確認したり、お話をして盛り上がった。婚約パーティーは3日後だ。

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