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誓い

 反乱の後処理に追われる忙しい日々が続いたが、どうにか時間を捻出して、私たちは先帝陛下の眠る霊廟を訪れた。


 私とルカルディオ陛下、異母弟ジル、その母で元輝石の魔女エメラルダスという顔ぶれだ。もちろん護衛としてバレッタ卿とベラノヴァ騎士団長もいる。


 霊廟は実は帝都から近くにある。帝都民の墓地の最奥に聳えるなだらかな山、その頂上に悠然と構えられていた。神殿かと思うくらいに大きい。


「やっと正式に来させてもらえて嬉しいわ」


 元輝石の魔女、エメラルダスが感慨深そうに霊廟を見上げた。魔女をやめ、魔力を使い切ったエメラルダスは一時期衰弱して大変だったそうだが、今はすっかり落ち着いた。くっきり皺はあるけど、きれいなおばあちゃんといった雰囲気になっている。この外見が本来の年齢なんだろう。エメラルダスは決して教えてくれないけれど。


「僕はルカと一緒に毎年来てたけど」


 ジルはエメラルダスに寄り添い、体を支えている。


「そうよ。ジルが全然気をきかせてくれないから」

「母さんなら不法侵入できると思って」

「おほほ……」


 エメラルダスは初めてみたいな顔してたけどそうでもなかったようだ。


 ルカルディオ陛下は墓守に、馬車に積んで運んできた薔薇の木について指示していた。『ニヴェスリア』という名前を冠した赤い薔薇で、紅玉宮に植えられていたものだ。ニヴェスリアは庭師にそんなものまで作らせ、植えていた。


「片隅に移植しておいてくれ。花に罪はないし、そのくらいなら父上も受け入れてくれるだろう」

「かしこまりました」


 ニヴェスリアの遺体は火葬され、海へと流された。これは、罪と苦しみからの解放という目的だ。だから花を植えるくらいしかできない。


 エメラルダスがちらっと薔薇を見て言う。


「私も死ぬまでには、ファウストの好きだったユリの新しい品種の開発をしますわ。だから私が死んだら、そのユリを片隅に植えて頂けるかしら?」

「うむ。エメラルダスには、もっと良い待遇を考えておく」


 陛下とエメラルダスは、打ち解けて話す仲になった。親類も既に亡くしている陛下の良き相談相手になっている。


 色々と話しながら霊廟内部の階段を降り、地下の棺の安置所までやってきた。騎士の石像に守られているが、たったひとつの黒い棺がそこにあった。この横にはもう誰も来ない。


「ファウスト……」


 エメラルダスは沈痛な面持ちで、棺に白いユリの花を手向けた。


「私もすぐにそちらに行くから、待っててね」

「僕としては長生きして欲しいけど」


 ジルが空気を読まずに、大きな目を細めた。


「あのねジル。本来、親はいつまでも長生きしてないのよ」

「まだまだ元気だよ母さんは。昨日だって、僕より多いくらいに食べてたし」

「ファウストの前で何てこと言うのよ!」


 親子の気軽な会話は、きっとファウスト陛下がいるときにもあったんだろうと想像してしまう。でもルカルディオ陛下の胸中は複雑じゃないかと振り返るが、陛下は嬉しそうに笑っていた。


「エメラルダス。あなたが父上の人生に居てくれて良かったと思う。私に父上の話をもっと聞かせて欲しい」

「ええ……陛下がお望みならそうします」


 エメラルダスは恥ずかしそうに、細くなった肩をすくめた。


 私もエメラルダスが、ジルがいて良かったと心から思う。そうじゃなかったら、今のルカルディオ陛下はいない。きっと凍り付いた心の持ち主になっていた。


 ひとつひとつの行動の何が良かったとか悪かったというのは、そのときには残酷なほどわからない。生き残った者の責務として、考え続けるだけだ。少しでもより良い方向へ進めるように。


 私は棺の前で誓った。ルカルディオ陛下は、私が必ず精一杯の力で守ります。だからファウスト先帝陛下は、安心して眠って下さいと語りかけた。


 ◆



 そうこうしてるうちに夏は過ぎ、秋になった。


 領地で優雅に、領地経営という名のバカンスを過ごしていた貴族たちが帝都に戻り、社交シーズンとなる。色々あってかなり遅れたが、私とルカルディオ陛下の婚約記念パーティーが開かれようとしていた。


 しかし、問題があった。


 ひとつは陛下がダンスに自信がないこと。なんでも完璧にできちゃう陛下だが、11歳で女性嫌いを発症した陛下は、もちろんずっと踊らなかった。習ったもののほとんど忘れたそうだ。


 もうひとつは、私のパーティーの経験が、子供のときの1回だけということ。色々あって両親はそれ以降パーティーへの参加を禁じてしまった。その分、家族だけのパーティーをやってくれて、家族で踊って楽しんでたので気にしていなかったけど。


 主役の陛下と私がそんな調子なので、予行演習をすることになった。ちなみにアントニオには散々バカにされたので、アントニオは外した。




「いいねそれ! サーラに似合ってる!! かわいいよ」

「そう?ありがとう」


 私の着替えが終わった頃に覗きに来たサーシャが、華やかなドレスを見て興奮して両手を広げた。サーシャはかわいいものが大好きだ。本番にも着る予定のこのドレスは、陛下の瞳に合わせた翡翠のような青緑で、織り込まれた特殊な繊維が滑らかな光沢を出している。


 サーシャも私と同様にパーティー初心者なので、一緒に予行演習をする。お父様が正式に伯爵から公爵になったので、サーシャは将来の公爵だ。私の弟としても、次期公爵としても、パーティーで顔を売る必要がある。


「うん、ほんっとすごくいいよ!! いいなあサーラは。男装も女装も似合って。僕はもうドレスが似合わないから」

「サーシャ……」


 ほとんど恨みがましいことを言わないサーシャが、珍しく羨望をそのまま口にするので私は困ってしまう。子供のときは私のドレスをそのまま着れたが、騎士としてがっちりした体格の今は貸すこともできない。


「まあ、今は僕がかわいいって思ったものはぜーんぶペネロペが着こなしてくれるんだけどね?ああ、ペネロペにもこんなドレスをプレゼントしなきゃ」

「あ、そうなの……」


 何てことはない、結局サーシャの婚約者のペネロペ自慢になったので私は肩の力が抜ける。同情や責任を感じたのを返してほしかった。


 下らないお喋りは止まなかったが、サーシャにエスコートされて、本番で使う中央ホールに入った。


 中は信じられない程広く、頭上にはいくつものシャンデリア、壁面には金の燭台が煌めている。幾何学模様の描かれた床は、隅から隅まで艶々に磨き上げられているのが観察できた。


 待っていたのは、陛下とジル、ベラノヴァ団長とバレッタ卿だけだからだ。陛下は不慣れなダンスを大勢には見られたくないそうで必要最低限の人しかいない。


 私を見て、陛下は眩しそうに翡翠の瞳を細めた。実際に眩しいのかもしれない。ドレスも光っているが、更に陛下からプレゼントされた大きなダイヤモンドたっぷりのネックレスやイヤリングをつけている。これがまた、シャンデリアの光を反射していた。


 陛下は顔を赤らめて、満足そうに吐息をこぼす。


「眩しいくらいに美しい。出席者はみなサーラの美しさに目がつぶれてしまうかもしれないな」

「そんなに誉めてくれて、照れてしまいますね」


 私はそんな危険な兵器ではない。目がつぶれるとしたらこのネックレスとかのせいじゃないのと思ったが、陛下が幸せそうなので深く突っ込まなかった。


「ではまず私とサーシャで踊って、お手本をお見せしますね」

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